「みんな、名簿を作るので、お姉さんたちに、お名前教えてね」
野営用大天幕(ゼーゼマンキャラバンで使っていた)の中で攫われていた女の子たちからヴィオレッタお嬢様が、一人一人の名前を聞いて大福帳に書き留めていた。
ゴブリンプリンスの洞窟を殲滅した後、女の子たちを収容してシムナさんたちが待機している街道まで引き返し、周辺の木を伐採して下草を刈りちょっとした広場を作って、天幕を建てたのだった。
暗闇の中での作業を覚悟していたけれど、サラお嬢様の上級生活魔法の照明が、夜間道路工事の照明よりも明るく辺りを照らし、安全な作業ができたのだった。
しっかりと建てられた小型のサーカス小屋のような形をしたゼーゼマンキャラバンの野営用大天幕は学校の教室ほどの大きさがあり、助け出した女の子たち三十五人と救出隊十人が十分横になれる広さがある。
グランドシートこそないけれど、枯れ草や枯葉を敷詰め、その上に厚い絨毯を敷いて地面からの寒さを防でいる。
それは、キャラバンの旅で何度も繰り返したの野営の知恵だった。
「寒くない? はい、お名前ありがとう。……あなたは?」
ヴィオレお嬢様が毛布に包まった女の子たちの間を回り、やさしく声をかけ名前をきいてゆく。
女の子たちが思い思いにくるまったり被ったりしている毛布は、オドノ商会と冒険者ギルドが用意してくれていたものだ。
一刻も早く森から出で帰りたいだろうに、女の子たちは誰一人として不平をこぼさない。
「夜の移動は、危ないのでございますよ。申し訳ございませんが、我慢してくださいませ」
エフィさんが温かいお茶を配りながら、女の子たちに謝る。
「そんな! ゴブリンから助けていただいただけで感謝しなくちゃなのに、我慢なんて!」
女の子たちは一様に、救出されたうえ温かい毛布とお茶をいただいていることに感謝しこそすれ、一晩ここで過ごすことに文句を言う子はいなかった。
あの、ゴブリンプリンスの傍にいた、エルフの容姿にゴブリンの肌の女の子は僕の鑑定で、幻惑魔法で状態異常【容姿改竄】がかかった状態だったことがわかった。
すぐさまエフィさんの付与魔法で幻惑魔法を解除すると、どこからどう見ても、疑いようのないエルフの女の子になったのだった。
その子も、いま、毛布にくるまって、エフィさんからお茶を受け取って、口をつけている。
「よし、っと! こんなもんかな」
ひとかかえほどある大きな寸胴鍋をかき回していた僕は、その中のものを僕のメスキット(携帯食器)に少しだけ取り、味見をして思わず口角を上げ頷いた。
僕はこの巨大寸胴鍋で、材料現地調達の野趣溢れるシチューを作っていたのだった。
シチューは、食物が持っている栄養を無駄に捨てることなく全て食べつくせる優れた料理法だ。
ゆうべカルボナーラに使った牛の乳と、パルメザンチーズをマジックバックに入れておいて正解だった。
「ヴィオレ、サラ、エフィさん! お願いします」
「「「はいっ!」」」
三人が大きなトレイに器を山積みにして持ってくる。
「ほいっと!」
トレイに並べた器に大鍋でじっくり煮込んだシチューをたっぷりと盛り付ける。
「どうだ? どうだ? あたいが狩って来たオーク! 美味くなったか?」
「私が採って来たキノコや芋はどうかしら?」
ルーデルとリュドミラが器を突き出して聞いてくる
「いやあ、ルー、リューダ! さっきから天幕に充満しているかぐわしい香りでおわかりになりますでしょうに」
「そうよ、ルー、リューダ! 今日もハジメはおいしいものを作ったわ!」
サラお嬢様がまだ食べてもいない料理の出来を断定した。
こういうのはちょっとプレッシャーだな。
信頼されるのはうれしいけど。
僕は黙ってルーデルとリュドミラの器に、たっぷりとオークと森の幸のクリームシチューを盛り付ける。
「はい、こちらもどうぞ」
いつの間にか、僕の隣にヴィオレッタお嬢様が立って、これも焼きたてホカホカのパンを差し出した。
「シチューを煮込んでいる脇で、何か捏ねてると思ったら、これだったのか!」
「んんんん~ん! 街のパン屋で買うものよりいい匂いだわ」
「煮込みに少し時間がかかると思ったからね。一緒にパンを作ってたんだ」
僕は、寸胴鍋の脇においてある三個の鋳鉄の大鍋を指差した。
と、ごくり! と、いう、ツバを飲み込む音がそこここから聞こえる。
ぐぎゅるるるるるるううううううううう! と、いうお腹の虫の大合唱付だ。
「遅くなってごめんね! さあ、みんな、どうぞ! このお姉さんたちが取ってきてくれた森のもので作ったシチューと、焼きたてのパンだよ!」
僕の呼びかけに、ひとクラス分の女の子たちの明るい声が返って来て、僕の前に様々なヒト種が入り乱れ集まった。
「ああん、さっきからとってもいい匂いがして、おかしくなりそうだったの」
「あたしも、がまんできなくって!」
「ねえ、ねえ、いっぱいたべていい?」
「さっき、おじいさんにもらったポリッジもおいしかったけど……」
「すぐ、おなかすいちゃってたの!」
「いっぱいあるから大丈夫慌てないで! もちろんおかわりもあるからね」
「はい、どうぞ。このパンもおいしいわよぉ!」
エフィさんから器を受け取り、サラお嬢様から匙を受け取って、僕が器に溢れるくらに盛って、ヴィオレッタお嬢様が暖かでフカフカのパンを手渡す。
席に戻って女の子たちはシチューがたっぷりと盛られた器を置いて、じっと見つめる。
気が早い何人かの子は、席に戻るが早いか匙を器に突っ込んですくい取り一口ほお張る。
「「「あ!」」」
しかし、周りの子が他の子が帰ってくるのを待っていることに気がついて、慌ててシチューが入った器を置いて真っ赤になる。
そして、全員にシチューとパンが行き渡ったのを確認してエフィさんが胸の前で手を組んだ。
「では、みなさん、材料を取ってきてくれたお姉さんたちと、作ってくれたお兄さんに、そして全てに感謝していただきましょう!」
「「「いただきまあああああす!」」」
天幕どころか、森中に響渡るような声。
そして、数瞬後。
「「「おいしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」」」
四十五人分の歓喜の声が森中に響き渡ったのだった。
17/09/19 第73話~第77話までを投稿いたしました。
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