「なんだこりゃ?」
「ルー、リューダ! 君らが持ってきた情報にはゴブリンプリンスってあったと思うんだけど?」
「教団の閉架書庫の史書にもこのような事例はございません!」
「こんな……こんなことって……」
ゴブリンプリンスの本営洞窟の最奥の大広間。
そこここに、ゴブリンがだらしなく転がって寝息を立てている。
そんな大広間のさらに一番奥で僕らを待ち受けていたのは、僕が想像していたゴブリンの総大将とはあまりにもかけ離れた存在だった。
最初の救出作戦を成功させた僕たちは、その後、何の問題もなく予定通りに女の子たちを助け出し、メジャーの拠点を潰していった。
周辺警戒及びサラお嬢様の警護は 助け出して女の子たちに付き添っていたいと、馬車『ガンマ』に残ったシムナさんの代打にゲリさんに入ってもらい、事なきをえた。
「自分なんかでお役に立てるとは思いませんが、宜しくお願いします」
と、謙遜するゲリさんに、リュドミラから聞いたゲリさんはフェンリルとだって戦えるという話をしてみた。
「いやあ、とんでもないっす。今まで1836敗してます。それもフレキと二人がかりでですよ」
と、いう答えが返ってきた。
「フェンリルと戦って、生きてるだけでもたいしたものだと思うのだけれど」
というリュドミラに。
「あざっす!」
といって、ガチガチになって気をつけしていたのがなんとなく犬っぽくて可愛い感じがした。
そして、全部のゴブリンメジャーの拠点洞窟から攫われた女の子たちを全員助け出し、ゴブリンを殲滅した僕らは、日が暮れて月もだいぶ高くなったころ、ゴブリンプリンスの本営洞窟に到着したのだった。
「じゃあ、打ち合わせどおりにいきましょう! 日も暮れてゴブリン以外のモンスターの活動も活発になってくる時間帯です。行動は必ず三人以上で気をつけていきましょう」
空気穴を一箇所残して塞ぎ、残った穴に僕が待機。
『モルフェオの吐息』を焚き、洞窟に充満させる。
今日何回もやった手順を繰り返す、規模が今日一番大きいけれど。
「ハジメさん! 変です。洞窟内の最奥部で、まだ活動している反応が二つあります」
出入り口を密閉した岩壁に手を当てて、洞窟内を魔法で検索していたヴィオレッタお嬢様が叫んだ。
「え? それって、『モルフェオの吐息』が効いてないってこと?」
「もしくは……私と同じ……」
「ヴィオレと同じ中和魔法を持っている可能性ね」
「ゴブリンにも稀に魔法を使う個体が発生することがございますが……」
「お? やるか? ゴブリンプリンスと。久しぶりだぜ」
『モルフェオの吐息』を中和する魔法を持っているなら、それ系の薬剤散布等は何をやっても無駄だろう。
そんな高等な回復系の魔法を持っている治癒師がいるなら、エフィさんの付与術で行動を阻害したとしてもすぐに解除されるだろう
「ヴィオレ、その二体以外に活動を再開し始めた適性存在は?」
「変化ナシです。いまだ二体のみです。他の二百は完全に活動を停止しています」
二百という数からするとキャプテンが指揮する規模だ。
どうやら、予想通り親衛隊はまだ中隊規模から少し上なだけだったようだ。
「ヴィオレ、変化は?」
「ナシ! 未だ活動状況にあるのは二体のみです」
と、いうことは、いよいよ耐性か中和魔法持ちの線が濃くなってきたようだ。
この状況はこれ以上ここからでは動かしようがないんじゃないだろうか。
なら、できることは、突入して戦うか放置するかだ。
今はまだ充満している『モルフェオの吐息だが』いずれ香気は薄れ、何日か後にはゴブリンが目を覚まし活動を再開するに違いない。
やるなら……。
「やるなら今だぜハジメ」
みんなの顔を見回す。
一様に口を真一文字に引き結んで頷いた。
「社長とゲリさんは予定通りここでサラと待機をお願いします。サラはいつでも魔法を撃てるようにしといてください。いざという時はサラの魔法が頼みです」
「了解よ、ハジメ!」
サラ様がふんすと鼻息荒く胸を張る。
「では、行きましょう! サラ、お願いします」
サラお嬢様が岩壁に手を触れ、呪文を唱え壁を土くれに戻す。
そして、ルーデルが風魔法で風を起こしを洞窟を換気する。
「突入! 途中の部屋もくまなく検索していきましょう!」
意を決して、僕たちはゴブリンプリンスの本営洞窟に突入したのだった。
玉座ともいえる高いところから僕らをみつめている四つの瞳。
そいつらは、どうやってか、『モルフェオの吐息』の香気の作用から逃れ、身を寄せ合って僕らを待っていたようだった。
恐怖に震えているようにも見える。
「あなたたちにお願いがあります」
高いところから僕たちを見下ろしている二人のうち一人が口を開いた。
その耳は、昨日助けた女の子のうちのひとりと同じ、実に特徴的なものだった。
僕ら救出隊のメンバーにも同じ耳を持った人がいる。
その人は今、街道で待機している馬車で助け出した女の子たちに付き添っている。
だが、僕らに呼びかけてきたその声は声変わりしかけの男の子の声だった。
なるほど、このエルフの男の子が中和魔法持ちだったのか。
そしてもう一人。
僕らに語りかけてきたエルフの男の子に寄り添って震えている小柄な女の子。
「ヴィオレ、あの子たち以外に動いている存在は?」
「ハジメさん! あの子たちと私たち以外にいません」
「ゴブリンプリンスはどこだ? リューダ、お前、ちゃんとここ偵察したのかよ」
「したわ、したけれど……ごめんなさい。この状況は見落としがあったようなのだわ。私が偵察したときにはたしかにゴブリンプリンスを視認したと思ったのだけれど……。そこに転がっているメジャーをプリンスと勘違したみたいね。あのエルフの男の子は確認していないわ」
リュドミラが見落としをしたなんてことはにわかに信じられないが、現実にはここにこうしてエルフの男の子ともう一人……というべきかもう一体というべきか……。
それはエルフと同じ形の長耳だったが、隣に寄り添っているエルフの男の子とは肌の色が違っていた。
その肌の色はゴブリンの肌の色と酷似していたのだった。
だが、そのゴブリンの肌の色をした小柄な女の子は、ゴブリンと言い切るにはあまりにも美しすぎる特殊個体だった。
「史書にはございませんでしたが……」
「ああ、神話、伝説にはあったな」
「私、おとぎ話でしか読んだことありません」
どういうことだ?
エルフの容姿にゴブリンの肌?
これはゴブリンプリンスじゃない。
「ゴブリンプリンセス?」
僕は目の前の事実を口にしたのだった。