「ヴィオレ、それは……?」
「私、いくつか解毒魔法を習得していまして、かかった毒の種類で使い分けするんですけど、体内の薬効を全て無効にするというのも習得してまして……」
「なんと、ヴィオレは中和魔法を習得されておられましたか!」
エフィさんが感嘆した。
「それを使えば、女の子たちの解毒は可能なんですね」
「ええ、ただ……」
「魔力量の問題でございますか?」
エフィさんがニコニコとヴィオレッタお嬢様に尋ねる。
「ええ、私の魔力量では、五人分がせいぜいだと……」
「それならば、非才謹製の魔力回復薬『魔女の黄金水パイン味』で完全回復できますでございますよ。幸い『魔女の黄金水』はプラム味を三十個にバンブー味を二十個、パイン味を五個持って来ております」
「それって、昨日わたしがもらったやつ?」
そういえば、昨日エフィさんがサラ様に飲ませていたのは『女神の聖水』とかいったはずだ。
「いいえ、サラ、こっちはですね、魔力回復に特化した薬なのでございます。昨日サラに差し上げましたのは万能回復薬なのでございますよ。飲めば疲労や魔力を回復し、ふりかければ怪我の治療薬になるという代物なのでございます。昨日差し上げたのはその中でも一番お手ごろ価格のものだったのでございますよ。ちなみに今日は『女神の聖水』は並を三十個に中を二十個、上と特上をそれぞれ十個ずつ持参しております」
なるほど、エフィさんの腰周りはやっぱり薬品庫だったって訳ですね。
「じゃあ、次は助け出した女の子たちの輸送方法だね。僕らの馬車には十五人も乗れないだろから……」
僕は考え込む。今から街に取って返して馬車を雇って戻ってこれるのは夕方になってしまうだろう。
せめてもう一日あれば……。
「シムナに応援を要請するわ。馬車を手配してもらうのだわ」
そう言ったとたん、リュドミラが二人になった。
「「「ええええええっ!」」」
僕たちの仰天を尻目にリュドミラの分身がろうそくの炎を吹き消したようにふっと消えた。
「空蝉の術よ。空中のマナを凝縮させてわたしの情報をコピーしたものなのだわ。空間時間にとらわれないから任意の場所に出現させることが可能なの。メッセンジャー代わりに重宝するのだわ。今、シムナの執務室に出現させたところよ。ふん、あの子驚きもしないわ。さっさと用件を言えですって」
「なら、オドノ商会のジジイにも出張ってもらうってのはどうだ? あそこの馬車なら静かだし何より速い……そっちはあたいがやろう」
ルーデルも、空蝉の術で分身を作る。
「そうね、オドノ社長なら安心だわ。せっかく助け出した女の子たちをニンレーの奴隷市場に持っていかれたら元も子もないもの」
おいおい、それって、運送屋が荷物を横領するってことだろ?
「で、ございますね。辻馬車や駅馬車の御者が強盗団と繋がっているなんてことはよくあることでございますからね」
なんてこった。僕は唖然とした。それって、雲助ってヤツじゃないか! せっかく苦境から助け出された女の子を、奴隷に売っ払って儲けようなんてことを考えるヤツがいるのか!
ほんっと、この世界の為政者、すなわち領主や国は何してるんだ?
「ハジメさん……」
ヴィオレ様の心配そうな声にはっとして、僕はリュドミラに尋ねる。
「リューダとルーががあの社長さんと知り合いなのは知ってるけど、いきなりそんなことお願いしても無理じゃないか?」
僕の問いかけにルーデルは、僕の肩を抱いて言った。
「ハジメ、ウチの馬、グラーニな、あそこの馬の子供だ」
僕は息が詰まる。
「それから、ウチの馬車はね、昔、ヨハンがオドノの社長から譲り受けたものなのだわ」
「ええっ! じゃ、じゃあ、あのオドノ商会の馬って、す、す、すれ、すれ……」
スレイプニルと言いかけた僕の目の前に角笛が差し出された。
「これはね、あそこの社長が残った片目と引き換えにしても欲しがっている角笛なのだわ」
「かかかかっ! 奢るなぁ リューダ! なら、あたいもだ」
ルーデルがマジックバッグから豪壮な槍を取り出した。
「これはな、あたいがあのジジイから賭けの戦利品として奪った槍だ。持ってても使い道ないし重いだけだからな。返してやるか」
「あわわわわわわ! ルー、リューダ、それは、それはぁあああっ! ぎゃ、ぎゃ、ぐ、ぐん」
僕は、エフィさんの口をふさぐ。
「エフィさん。とても立派な角笛と見事な槍ですね。古物商ならこういうすばらしい骨董品は一度は扱ってみたいものでしょうね」
僕は、その角笛と槍が何なのかわかってしまった。
だから、僕と同じようにわかってしまったエフィさんの口を封じた。
そして、あの社長が何者なのかもわかってしまった。
どうして、女神様方と平気で接することができていたのかもそれで納得だ。
そして、それは口にしてはいけないことだということも。
僕はわかってしまったのだった。
「は、はひ、そっそそそそそっ、そうでございますね。こんな国宝級のお品はそうそう出てくるものではせん。さすがは、元SSS級冒険者のお二方でございます。ものすごい冒険の後、手に入れられたのでございますね」
ヴィオレッタ様もサラ様も、突然湧いて出てきたお宝に唖然呆然としている。どうやらこの二つが本当は何なのかまではお分かりになっていないようだった。
よかった。
「うふふ、こんなお宝、わたしたちだって、これだけしかもってないのだわ」
「ああ、だけどな、これチラつかせたら、すっ飛んでくるぜあのジジイ」
そうだろう。きっとそうだろう。
「と、いうわけよ。シムナ頼んだわ」
リュドミラが自分の目の前でオーケストラの指揮者が演奏を終わらせるときのように腕を振って握りこぶしを作った。
「これで、シムナがオドノ商会の社長を連れて飛んで来るわ」
「オドノのジジイもだ。いまからお茶を一服する間に来るってよ」
そうなんだろう。例えじゃなく、そうなんだろう。
よし、これで、輸送手段は確保できた。
次は、拠点攻略法だ。
いかに戦闘を回避して女の子たちを救出するかだ。
「拠点のゴブリンをどうにかして行動不能にできるのが一番なんだけど……」
昨日みたいにゴブリンを殲滅しながらじゃ時間がかかりすぎる。
オマケに今日は、ヴィオレ様の魔法やエフィさんの回復薬が必要だから、突入する人数が多い。
したがって、隠密行動は無理だと考えていたほうがいい。
「ハジメさん、行動不能にさせるといいますと?」
エフィさんの問いに答える。
「眠らせるとか、麻痺させるとかですね」
「ふうむ、非才の付与術に眠りや麻痺はあるにはあるのでございますが、いかんせん超小型ダンジョンともいえるゴブリンの拠点を、まるまるひとつ制圧できるほどのものではございませんし、ちょっとした衝撃で術から醒めてしまう可能性がある不安定なものでございますから……」
エフィさんが再びがっくりと肩を落とす。
「ねえ、ウィルマ、お薬は?」
サラお嬢様が首をかしげて優しげに微笑む。
「わたし、お父様に聞いたことがあるの。人を眠らせたり痺れさせたり、殺したりするお薬があるって。ウィルマはお薬を作るのが得意なんだから、できないかしら?」
「あ……」
サラお嬢様の一言に、エフィさんの頭の上に明るい電球が灯った。
「ええ、ええ! できますとも! ありがとうございます、セアラ・クラーラ! そうでした。非才、ルーティエ教団随一の調剤施療神官でもありました! ドラゴンでさえ殺されても三日三晩眠り続ける超強力睡眠麻酔薬が作れ……あ……ません……」
エフィさんの頭の上の百ワット電球が光り輝いたのも一時、またまたエフィさんは夕方の朝顔のようにしぼんでしまった。
「できません! 材料が足りません! たったひとつ、絶対必要なものが無いのでございます。持ち合わせもなければ、いつ入手できるかも全く分からないのでございます。ケニヒガブラの毒袋付きの牙なんてこの三百年で一度しか市場に出たことございませんから」
絶望のあまりエフィさんはワンワンと泣き出した。
「あ……」
「ああっ!」
「へえ……」
「あら!」
ヴィオレッタ様、サラ様、ルーデル、リュドミラが一度に僕に注目する。
こんなに女性の視線を浴びたのって、死んだときに緑の割烹着のお姉さんたちに見つめられたとき以来じゃないか?
「あ、あのう、僕、それ、持ってます」
僕はオズオズと手を挙げたのだった。
お待たせいたしました。