「お、帰ってきたな」
ルーデルが森の奥を見る。
僕も森の奥に視線を向ける。
リュドミラとエフィさんが駆け戻って来る。
「いやあ、参りましたのでございます」
息切らせて、エフィさんが喘ぐ。
「ちょっと、面倒なことになっているわね」
野外食堂に到着するなりリュドミラとエフィさんが、偵察の結果を一言で表す。
「今すぐにでも救出作戦を開始しないといけないわ」
いますぐだって?
「今夜にもオルギオが始まるわ」
「なんですって? オルギオっていったら、プリンスがキングに陞格する寸前の乱痴気騒ぎのことですよね!」
リュドミラが告げたオルギオという言葉にヴィオレ様が仰天する。
「なんだよ! もうそんなとこまできてんのかよこの森のゴブリンパレードは」
「もう一年くらいは猶予があると思っていたのでございますが……」
「……獣人か!」
「ええ、そうね、間違いないのだわ」
「この国に、獣人の集落があったなんて聞いたことないぞ!」
「ええ、元々獣人はヴルーシャやファロンデとかの北方諸国に多いのでございますが……」
待て待て待て! オルギオ? 獣人? 何がどうなってる?
「あ、あの、それって……どういう……」
いや、待て僕。疑問に答えてもらうよりもまずは、現状の把握だ。ネタ明かしは後でやってもらおう。
「その、オルギオってのが今夜始まりそうだから、今すぐ行動を起こさないといけないんだね?」
リュドミラが僕を見て笑う。
「ええ、ええ、そうなのだわ。オルギオが始まってしまったら、今つかまっている女の子たちはみんな確実ゴブリンどもの苗床になってしまうのだわ」
「わかった。すぐに救出を始めるとして、その方法を考えよう。偵察結果を教えて」
リュドミラとエフィさんは顔を見合わせて笑う。
「へえ」
「はははっ、さすが台下でございます」
「もっと慌てるかと思ったのだけれど」
「ハジメ、歴戦の軍師みたい」
「うふふっ」
いや、十分慌ててます。
慌てているからこそ、優先順位をつけて絞り込もうとしているんです。
ネトゲでイベント最終日にやり残したことを全部やろうとして、あれもこれもと欲かいて、結局何もできなかったことが何回もあるからね。
こういうときは、やらないことを決めて時間を稼ぐもんだ。
今は、事情の説明をきくことがやらないことだ。何でそうなったかなんて全部終わってからゆっくり聞けばいい。
今やるべきことは、捕まっている女の子たちの救出だ。その方法の検討だ。
「拠点の数と捕まっている人数、それから、拠点の構造が知りたいんだけど」
「敵の数はよろしいのでございますか?」
「そうですね、捕まっている人のところにいる看守役の数くらいは知っておきたいですけど……。救出作戦中はできれば一回も戦わない方向でいきたいですね」
ルーデルが口笛を吹く。
「分かりました。では、非才の方面の偵察結果から……」
そうして、リュドミラとエフィさんの偵察結果の報告で分かったことはこうだ。
ゴブリンの群は、現在ゴブリンプリンスが率いる本隊とメジャーが率いる群が三個。
メジャーの拠点にはそれぞれ五人ずつ捕まっている。
本隊に捕まっているのは十九人。
「全部で三十四人で間違いない?」
「ええ、間違いないわ」
単純に考えればクエスト依頼申し込み書十五件分に加えて十四人だ。ああ、エルベ村のヤンさんのとことかは姉妹で攫われてたっけ。
「ヴィオレ、申し込み書で姉妹とか、複数人の捜索って……」
「エルベ村のヤンさんのところだけですね」
ヴィオレ様が大福帳をめくりながら教えてくれる。
「……ってことは、後は依頼の申し込みさえ出ていない被害者……つまり、壊滅した村から攫われてきた女の子たちに……、昨日助け出した子みたいなエルフとかかな?」
「ああ、それと、あたいたちみたいな獣人だろうな」
「で、ございます。非才の方面、メジャーの拠点洞窟二箇所で人間が二、狼人が五、兎人が二でございました」
「わたしの方はメジャーの拠点に人間が一、狼人が四で、本隊に人間十八とエルフが二だったわ」
本隊に捕まっているのが人間とエルフばかりなのは、戦闘要員よりも本部要員の拡充のためだろう。
「最近、ヴィステフェルトやヴルーシャ、ファロンデから獣人がパージ(追放)されているという噂を耳にしましたのでございますが……どうも、そこから攫われてきているみたいでございますね」
「国を追い出されて、国境地帯に広がってる、この、東の森にいつの間にか獣人が村を作ってたってこと?」
サラ様の言葉にみんなが頷いた。
「特に、狼人族の多くがこの森のヴィステフェルト、ヴルーシャ、グリューブルムの三国国境地帯に住み着いているという噂でございます」
「狼人族は元々孕んでから半年で六人産むからな、群の頭数がすぐに膨れ上がる」
「ゴブリンの種だと三ヶ月で生まれるのだわ。しかも成長は通常のゴブリンより少し遅い程度で、並みのゴブリンよりも屈強なの。もちろんメスが産まれる数は半数以上なのだわ」
なるほど、獣人が母の場合は早くたくさん強いの(ハイゴブリンとでも呼称するか)が産まれてくるわけか。ゴブリンのメスも爆発的に増殖することになるわけだ。
ゴブリンのメスが爆発的に増えたら、その三ヶ月後には妊娠可能になって更に一月後にはゴブリンを大量に産むわけだよな。
「獣人があちらこちらから、この森に集まって来たときに、運悪くゴブリンプリンスが生まれて、獣人の女の子達が大勢攫われてきた。だから、通常のパレードよりも、群の大規模化が加速しているってことだね」
「ご名答だ、ハジメ。ちなみに、こんなにも大規模に獣人が苗床にされたことなんて未だかつてないことだ」
泣きっ面に蜂的な状況なのか……。
「あと、それからなのだけれど……」
リュドミラが、更なる厄介ごとを話し始める。
「捕まっている女の子たちは、全員が自力で立つこともままならなくなっているのだわ」
「なっ! 足の腱を切られてるの?」
「いえいえ、薬でございます。ゴブリンの仔を孕ませやすくする薬があるのでございます」
「それを飲まされると、副次効果で酩酊状態に陥って自力で歩けなくなるのだわ」
なるほど、ゴブリン謹製の排卵促進剤みたいなもんか。
キメセクで異種族強制妊娠なんてどこのエロゲだ!
最短で三ヶ月後には、獣人の女の子からハイゴブリンと指揮個体にゴブリンのメスが産まれ、ゴブリンの量産体制が整い始める。
そうしているうちに人間の女の子やエルフの女の子からも指揮個体やメスゴブリンが生まれて鼠算式に個体数が増え、軍団が形成されていくって寸法か……。
「きのうみたいに、助けた女の子達に自力で走ってもらうことはできないってことか……」
かといって、拠点をいちいち殲滅するにはたぶん時間が足りない。
いくら僕のレベル39のポーターの能力でも、女の子五人分の重量を支えることはできても、五人の女の子を抱えたり背負ったりして走るのは、嵩張って無理だろう。
「そのゴブリンの妊娠促進剤の副作用を無効化できればいいわけだよね。解毒剤か解毒魔法は使えないかな?」
「非才の解麻痺毒薬はおそらく効くと思われますが、今日は余り持ち合わせがありません。材料も持って来ておりません。予見できることでしたのにすみません」
エフィさんがすまなそうに肩を落とす。
「あの……私の魔法ならたぶん大丈夫だと思うんですけど……」
ヴィオレッタ様がオズオズと手をあげたのは、今にも泣き出しそうなエフィさんを慰めようとしたそのときだった。
17/09/14 第63話~第67話までを連投させていただきました。
毎度、御愛読、まことにありがとうございます。