「ぜーっ! ぜーっ! あ、あぶなかったぁ!」
辺りにたちこめる肉が焼け焦げる臭いの中、僕は何とか焼失から守り通した服を抱きしめていた。
予備の服を用意していなかったことに気がついた僕は、サラお嬢様が、『土砂降りの炎プリヴェーゴ・ファイラ』をの呪文詠唱を完成させたのと同時にサラマンダーマントのフードを被り、大盾に身を隠してうずくまったのだった。
傍から見たら、それはまるで亀が甲羅に手足を引き込んだ状態にそっくりだったろう。
うずくまった僕に殺到してきたゴブリンが、サビサビの剣や棍棒を力任せに大盾に叩き付ける音がおっかなかった。
「殲滅確認! この辺りゴブリンは一匹残らず駆除したようです」
ヴィオレ様が索敵魔法で周囲に脅威がないことを確認する。
僕の周囲には炭化したゴブリンの死骸が二十体近く転がっていた。
「うしッ! 腹ごなしも済んだし、リューダとウィルマが帰ってくるまでおやつにしようぜ!ハジメ、なんか持ってんだろ」
「そうだね、お茶ならすぐに淹れられるし、クケートもあるよ。でも、その前にこれを処理した方がよくないか?」
僕はゴブリンの焼死体を指差す。
「なあ、ハジメぇ、お前が持ってるものはなんだぁ?」
ルーデルが犬歯を見せて微笑む。
それは、あからさまに悪人の笑顔だった。
わかってるさ、僕が持ってるのは本来的に穴掘りの道具だ。
「は、ハジメ! 穴ならわたしが掘るわ」
サラお嬢様が地面に魔法陣を描きながら、歌うように呪文を唱える。
『掘削』
あっという間に詠唱を完成させ、杖で地面を突く。
ボコン! っという音とともに地面が陥没して、ゴブリンの死体が十数体がそこに落ち、
傍に土の小山ができていた。
「すごいです! サラ!」
「えへへ、初級生活魔法だからたいしたことないわ」
ほんのりと頬を朱に染めてサラ様が照れる。
僕は、野外食堂に戻り、腰の雑嚢型マジックバッグからクケートと携帯ケトルに小型魔道コンロを取り出す。
クケートというのは元の世界のクッキーにあたる焼き菓子で、小麦粉を卵とバターと牛乳で練った生地をオーブンで焼いたものだ。砂糖は高価で庶民がおいそれと買えるものではないから、一般的には蜂蜜を甘味料として使っているみたいだ。
よく、市場で野菜売りの農家が野菜や卵と一緒に売っていて、杏や木苺、葡萄などを乾燥させたものや、スライスアーモンドとかクルミを練りこんだりと、村や家庭ごとに様々な味が伝承されていてバリエーションが実に豊富だ。
そして、値段も十枚入りの小袋で白銅貨三枚ととてもリーズナブルだ。
僕は市場で野菜を買うときに、見かけたら一緒に買って、雑嚢に入れている。
こういうときのためにね。
「お湯は私が用意しますから」
ヴィオレ様がコンロにセットしたケトルの蓋を開け、水魔法で生成した水を注ぐ。
「魔石の炎魔力足りてる? 足りなかったら私が入れるわ」
「お茶の葉っぱ、おいておきますね」
僕はテーブルにお茶っ葉が入った麻袋を置く。
「さて……と」
手袋をしっかりとはめなおし、腕をまくる。
サラ様の魔法で地面に掘った穴に、落っこち残ったゴブリンを片っ端から穴に放り込んでゆく。
「ヴィオレ、ボディカウントしますんで記録お願いします」
ふつうは、戦果確認のために、討伐証明部位を採らなければ、駆除討伐したと見做されないけれど、今回は、特例として、申告した数の分、駆除及び討伐報酬が支払われることになっている。トロフィー採取にかかる時間も惜しいという、マスターシムナの事情から今回限りの特別措置だ。
水増しし放題だけど、そんなことをしたって、きっと、目先の得にしかならない。
「十六、十七、十八……っと。全部で十八匹ですね。耳、鼻や骨を採らない分楽だなあ」
「そうですね。はいっ、ゴブリン十八匹。東の森入り口、正午過ぎ…っと」
ヴィオレ様が雑嚢から大福帳みたいなものを取り出して、数量、場所、時間を記録する。
まだ、太陽は真上から少しだけ下がっただけだ。元の世界の時間なら午後二時過ぎくらいだろう。
「じゃあ、僕はこいつで埋めますんでヴィオレは、お茶しててください」
そう言って、僕はシャベルで、穴の脇の小山から土をすくって穴に放り込んでいく。
「ん?」
なんか、軽い……な。
不思議シャベルにかかる土の重さに違和感を感じた僕は、自分を鑑定してみる。
【状態】
名 前:ハジメ・フジタ
異 常:無し
性 別:男
年 齢:25歳
種 族:人間
職 業:冒険者 Lv.23
職種:ポーターLv.39
HP :223/223
MP :∞
攻撃力:326
防御力:∞
力 :240
体 力:250
魔 力:∞
器用さ:220
素早さ:310
運 :∞
スキル:絶対健康 常時全回復 鑑定(限定解除)鑑定妨害(状況:虚偽情報表示)
耐 性:病(無効)毒(無効)眠り(無効)麻痺(無効)混乱(中)恐怖(小)
ショック(大)
火属性攻撃(無効)水属性攻撃(無効)風属性攻撃(無効)土属性攻撃(無効)
電属性攻撃(無効)
光属性攻撃(無効)闇属性攻撃(無効)即死性攻撃(無効)
火魔法攻撃(無効)水魔法攻撃(無効)風魔法攻撃(無効)土魔法攻撃(無効)
光魔法攻撃(無効)闇魔法攻撃(無効)
その他:女神イフェの祝福、女神ルーティエの祝福
うお! なんてこった、昨日一日で、レベルが20以上も上がっている。
元々高レベルだったポーターのレベルもかなり上がっていた。
そのおかげもあってか、いやきっとそのおかげなんだけど、ゴブリンを放り込んだ穴を埋め戻す作業は、実に短時間……体感で十分もかからなかったと思う……で、終わることができ、僕もお茶とクッキーを楽しむことができた。
でも、こんな大量殺戮の後に、アフタヌーンティーを楽しめるなんて、僕は、自分の正気を一瞬疑う。
そう言う感情は、一度湧くとじわじわと後か後から際限なく湧き続け気分が落ち込んでくる。
「ハジメさん?」
「ハジメ?」
ヴィオレ様とサラ様が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「あ、いえ、何でもありません」
僕は、どうしても、自分が産まれて育った元いた世界の常識や、感覚をまだ引きずっているようだ。
元いた世界でさえ時代や、地域によって人の命の軽重があった。敵の生命なんてそれこそ羽毛よりも軽い時代もあったし、現代でさえそんな地域は山ほどある。
『人の命は地球よりも重い』なんて、おためごかしもいいところだなんてことは頭では分かってたつもりだ。
「ハジメ、お前、ゴキブリ潰してそんなに落ち込むのか?」
ルーデルのいうことはもっともだ。
ゴブリンは僕たち人間にとって絶対の敵だ。畑を荒らす猿や猪、鹿よりもタチが悪い絶滅させるにふさわしい絶対的な有害種だ。
だが、やつらは人間には及ばないとはいえ、知性がありコミュニケーション手段があり、社会を構築している。
「ハジメ?」
俺の方を見ているサラお嬢様の心配そうな顔に、昨日ゴブリンメジャーの穴で見た食べられかけの女の子が重なる。
腹の中がかっと熱くなり、何かが煮えたぎる。
そうだった。俺は何を忘れているんだ。これは、生存をかけた戦いだった。
「ハジメさん。ハジメさんは間違ってませんから」
ヴィオレッタ様が微笑む。
「ハジメ……」
サラ様が微笑みかけてくれる。
そうだった。俺は、この笑顔を護りたいんだった。