冒険者ギルドの前で僕らは散開して各々の任務へと向かう。
リュドミラとヴィオレ様は街の西端にある貧民街へ、サラ様とエフィさんは馬車を借りて、近場の村々へ、そして僕とルーデルは街から遠くにある村々へと向かう。
「ねえ、ルー、地図で見ると、エルベの村って、街から東の森までの距離の三倍くらいあると思うんだけど?」
「いいところに気がついたなハジメ! それが、あたいとお前が一番遠くまで行く理由さぁっ!はいっ! グラーニ!」
ルーデルが馬車を牽いている馬の名を叫び一鞭当てる。
ぶるるっ! ひゃひひひぃんっ!
グラーニと呼ばれた馬は縦に頭を振り、ぐんっと加速する。
馬車が大きく揺れるかと思いきや、意外にもほとんど揺れがない。
そういえば、ガラガラと車輪が回っている音はするものの、地面を転がっているような音がしない。例えば小石を跳ね飛ばす音とかだ。
「ま、待てよ!」
僕は馬車から乗り出して車輪を見る。
ガラガラと回転はしているものの、地面から土ぼこりが舞い上がっている様子がない。
「って、ことは……」
御者台に頭を出してをグラーニを見る。
たしかに、蹄が地面を叩く音はする。だけれども、地面を蹄が踏みつける振動が伝わってこないし土埃もたっていない。
それから推測できることは……。
「宙に浮いてるのか?」
「こんなの、ヴィオレたちには見せられないからなぁっ! っはははぁっ!」
グラーニが牽く馬車のスピードがまた上がる。
いつしか、馬車は道を外れ、無人の野を最初に訪れる村へと最短経路を猛スピードで駆けて行く。
このスピードなら確かに僕ら請け負った十件全部回っても、昼過ぎまでに待ち合わせ場所に到着するにちがいない。
「ハジメ! サヴォワの村が見えてきたぞ! 道に降ろすからな」
馬車のスピードが緩まって、地面を走る振動が伝わってくる。
東の森の外縁部の村のひとつ、サヴォワの村に到着した。
僕らの馬車が村の中央の広場に入ったところで僕は馬車から降りる。
腰の雑嚢から依頼申し込み書を出して、記入された内容を確認する。
そして、近くで僕をものめずらしそうに見ている少年に尋ねた。
「冒険者ギルドから依頼されて来た冒険者のハジメといいます。ヴァルジャンさんの家はどこかご存知ないでしょうか?」
僕は、相手が子供だからといって、馴れ馴れしく話しかけられない。
人見知りだってこともあるけれど、ガキのころ大人に馴れ馴れしく話しかけられてムッとしたことがあるからだ。
そのとき僕は馴れ馴れしく話しかけてきた大人に、僕の親兄弟でもないくせに馴れ馴れしくすんなよと思っていた記憶がある。
だから、僕は仲良くなるまでは礼儀を守って話しかけることにしている。
「おれはラウール。ヴァルジャンさんの家ならそこの宿屋だぜ」
少年は自分の名を答え、広場沿いの一軒の宿屋を指差した。
「ありがとう。これはお礼です」
僕は少年の手に白銅貨を二枚握らせる。
「ついてきなよ。ヴァルジャンさん呼んでやるよ。でも、ヴァルジャンさん、さいきんふさぎこんでるから会ってくれっかどうかわかんねーぜ」
少年は宿屋に向かって走り出す。僕は、少年を追いかけて、依頼人ヴァルジャンさんの宿屋へと向かった。
「おはようございます、ヴァルジャンさん。僕は、ヴェルモンの街の冒険者ギルドのマスターシムナから依頼されて来ましたC級冒険者のハジメといいます」
薄暗い宿屋の奥から呻き声のような中年男性の声が聞こえてくる。
「C級だって? 救出ミッションはB級以上じゃないとできないから、金が足りないって門前払いくったんだぞ!」
うわあ、半切れだ。まあ、気持ちは分かる。
「えーっとですね、はい、すみません。ギルドの規則上そうすることしかできなかったんです。だもんで、遅ればせながら、僕らが派遣されて来たわけなんです。僕らのパーティは免許上はC級ですけれど、元SSSが二人と現役のB級が一人所属しています。SSSの二人は借金で奴隷落ちしていたために免許更新できなくて、Fからやり直してC級になったばっかりなんですよ」
「じゃ、じゃあ、コゼットをコゼットを助けに来てくれたっていうのか?」
「はい、そのために来ました。ですから、コゼットちゃんが攫われた場所と、状況を教えてほしいんです」
「わ、分かったちょっと待っててくれ」
そういって、ヴァルジャンさんは右足を引きずりながら奥へ引っ込むと、お金がぎっしりと詰まった麻袋を抱えて戻って来た。
「こ、これが、ウチの今ある全財産だ。金貨五十枚分はあると思う。あと、この宿屋を売れば金貨三百くらいにはなるはずだ。それで、どうか、コゼットをおおっ!」
「あんたぁっ! 冒険者が来てくれたって?」
バゲットが入った籠を抱えた女性が駆け込んできた。ここのおかみさんなんだろう。
「おはようございます! C級冒険者のハジメといいます」
「おう、ファンティーヌ ! 鑑札はC級だが中身はSSSてえお方たちがコゼットを探しに行ってくれるってよ。だから、今、前金を……」
「ああ、それはいりません」
「へ?」
ヴァルジャンさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「それに、この宿、売っちゃったら、コゼットちゃんが帰ってきても暮らすところがなくなっちゃうじゃないですか。それじゃだめです。その、麻袋のお金で十分です。無事コゼットちゃんを連れ帰れたら、そのお金を、ヴェルモンの冒険者ギルドに払ってください。僕たちはギルドから報酬をもらうことになっていますから」
僕は、きょとんとしているヴァルジャンさんに告げる。
「い、いや、だが……」
「じゃあ、こうしましょう。昼過ぎにもう一度来ます。そのときまでにキッシュを十二人前作っておいてくれませんか? それを前金代わりにいただきます」
「あ、ああ、いいけど、あんた、ウチの名物がキッシュだって知ってたのかい?」
おかみさんが目を丸くして僕に聞いてくる。
「ええ、ヴァルジャンさんが書いた申込用紙の端っこに、受付の人が書いたんでしょうね、サヴォワ村の宿屋『ファンティーヌ』の名物のキッシュは自家製のベーコン、ソーセージと近くで取れたキノコがいっぱいでおいしいってメモ書きがありました」
「ああ、ああ、そうだとも、ウチのキッシュはここらで一番だとも。コゼットは、そのキッシュに使うキノコを採りにいって攫われたんだ……」
ヴァルジャンさんが俯いて肩を震わせる。
ルーデルが僕の肩を掴んで頷いた。
「ヴァルジャンさん。こちらは、ウォーリアヘア(戦士兎人)のルーデルっていいます。二つ名は『地獄のサイレン』。ルーデルが言うにはコゼットちゃんはまだ生きています。きっと助け出しますから、キッシュをたくさん作っておいてくださいだそうです」
「な……んだ……って? 地獄のサイレンだって? おお、そうだ、あんただ本当に地獄のサイレンだ! 死んだ親父がよく話してくれた、若いころ領主様について南の邪竜討伐に行ったときの話に出てきた地獄のサイレンの姿に瓜二つだ」
「ああ、思い出した。レッドバロンの部下に宿屋の倅がいたっけ。でもたしかそいつの宿屋の名物はキドニーパイだって聞いたぞ?」
「あははは。本当だ、本物の地獄のサイレンだ。キドニーパイが名物だったのは俺の婆さんが作ってたヤツだ。そんなこと知ってるのは、もうこの村にだってそんなにいねえのに……」
思わぬところで本人確認が取れてよかった。
「頼む、ほんっとうに頼む! どうか、コゼットを助けてやってくれ」
「はい、さっきも言いましたけど、僕たちはそのために来ました」
僕は、ヴァルジャンさんの手を取ってコゼットちゃんを連れ戻すと約束したのだった。