「まんまと、あなたの手の上で踊らされていた気がするのだけれど? シムナ」
「正直言って、ここまで上手に踊ってくれるとは思っていなかったわ」
「へえ、あたいたちを嵌めといてそれかよ?」
大爆笑の渦が引いて営業を終了したヴェルモンの街の冒険者ギルドのギルドマスター執務室。
そこで、僕たちはマスターシムナから、僕たちが演じた、
『ヴェルモンの街の領主辺境伯にして侯爵のご令嬢、ニーナ・マグダレナ・フォン・フォーフェン様救出劇』
の、演目解説を聞いていた。
領主様方には、僕の服があまりにもみすぼらしい(と、いうより全裸)ので、後日改めてお招きに預かるということで、どうにか納得していただいてお帰りいただいた。
「と、いうことは、シムナさん、ニーナ様がゴブリンにさらわれたってことをご存知だったってことですか?」
「ええ。あの子は王都で騎士団の一隊を率いている父親の代わりに、領主である祖父の名代で領内を視察しているの。女の子なんだからそんなことしなくたっていいのにね。つい、三日前、ニーナが訪れていた村がゴブリンの集団に襲われて壊滅したの、お供をしていた数人の兵は数に圧されて皆殺し……村がどうなったかは分かるわね。かろうじて生き残った村人が知らせに来たの。ニーナと村の女の子たちがさらわれたって。それなのに、あの坊やときたら、孫娘の捜索救助に出兵するどころか、周辺農村の警備の強化に兵力を割くなんてことしやがって……、強がりもたいがいにしろっての」
あんな武辺を絵に描いたようなお爺さんを坊や扱いか……。シムナさんっておいくつ?
「で、わたしたちが冒険者登録をしたのをこれ幸いと、領主からのクエストをでっち上げて、貼り出した」
「あの坊やにはでかい借りがあるのよ。知ってるでしょ、ルーとリューダは」
「ああ、あれか、南の邪竜をやったときのあれかぁ」
ルーデルが遠い目をする。
「あなたがらしくもないドジ踏んだときね」
「そうよ、あの坊やが王命で騎士の一隊を率いてあたしたちと合同で邪竜を討伐したときのあれよ」
シムナさんが顔を真っ赤にして俯いた。
よっぽど恥ずかしいことなんだろう。ここは、スルーだ。
「でも、ゴブリン五十体討伐を十件なんて、他の冒険者がばらばらに受けたら……」
「それは、ございませんですよハジメさん」
僕の疑問をエフィさんが否定する。
「ええ、そうですね。ゴブリン五十体なんてクエスト、F級やE級の冒険者が二週間くらいかけてゆっくりやるものですものね」
さすが、ヴィオレッタお嬢様は冒険者を護衛に雇っていた商隊の元番頭さんだ。冒険者のことにも詳しい。
「クエストの成功報酬に加えて、五十体分の駆除報酬もFやEにとっちゃそれなりだからな、普通はF~Eが一~二週間くらいかけてこなして、一ヶ月は遊んで暮らすな。BやCでも四~五日はかかるだろ」
「そうね、五十体討伐を一日でなんて、FやEじゃ逆立ちしたってできやしないのだわ。クエストの難易度はAからS級ね」
「だが、A級S級の連中はこんなクエスト受けやしない」
「難易度の割りに、A級S級にとっては報酬がしょぼしょぼでございますからねぇ」
「ですね、報酬ランクはC級ですものね」
「そんなものを十件あったって、誰もやらないのだわ」
「ええ、F級免許のくせに、中身はSSSが二人もいて、現役B級の僧侶が在籍しているわたしたちを除いては……。ですね」
「おまけに、全員ダブルで女神の祝福もちなんて他にある?」
シムナさんが肩をすくめおどける。
「あとよぉ、シムナ。おまえ、情報屋いじったろ。まあ、たしかにあるけどな。大量発生期にゃ一日二日で拠点が膨れ上がるなんてこたあよ」
「でも、せいぜい一が二になる程度なのだわ。キャプテンの拠点がメジャーの拠点になることなんて例外中の例外なのだわ」
マスターシムナが執務机から立ち上がり、僕たちが座っている応接セットの前に幽鬼のようなという表現がぴったりな足どりでやって来る。
そして……。
「ごめんなさいッ!」
頭の位置はそのままに飛び上がって膝を折りたたみ、こちらの世界でも有効に機能しているニュートンさんが発見した法則にしたがって、正座で床に着地したのと同時に額を床に叩きつけた。
実に見事なジャンピング土下座だった。
「マニーに借りを返したかったのは事実。それに、ニーナをゴブリンどもになんて絶対に許せなかった。周辺の村から行方不明になった女の子の捜索依頼も何件も来てたけど、そんなの、誰も請けやしない」
「救出ミッションなんて、ただでさえ難易度B~Sランクだからなぁ」
「村中から金掻き集めても、報酬ランクはせいぜいDぐらいにしかならないのだわ」
シムナさんが額を床に擦りつけ体を震わせている。
ああ、この人、すんごく長生きして、世の中のいやなことたっくさん見てきてるはずなくせに、とんでもなくお人よしで、めっちゃ正義感が強いひとだ。
「あのう……シムナさん、頭を上げてください」
額を真っ赤にしたシムナさんが僕を見上げる。蛇足だが僕は未だ変態スタイルのままだ。
「その……」
「わ、ばか、ハジメやめろ!」
「救出依頼ってどれくらい来てるんですか?」
僕が発した言葉にルーデルとリュドミラが盛大にため息をついた。
「ちょ、ちょっと待って!」
シムナさんが飛び上がり、伝声管に飛びついた。
「カトリーヌ! まだいる? 誰か、誰か!」
ものすごい慌て様だ。
「は、はい! カトリーヌです。どうしたんですかシムナさん」
「もももも、持って来て! 報酬ランク不足で受けられなかったクエストの申し込み書。全部!」
え? なんか、すごい方向に向かってる気がするんだけど。
「はあ、やっちまったなぁ……。まあ、こうなると思ってたけどな」
「ヴィオレッタ、一月後には、私たちの屋根は星空決定よ」
「うふふ、ハジメさんがそう決めたのですもの私は依存ありません」
「えへへへッ、キャラバンでのじゅくは慣れっこだからへいきだよ!」
「非才はもとより台下の思し召しに従うが喜びでございますゆえ」
みんな、なんか諦めきって和気あいあいとした雰囲気を漂わせている。女性のこういう態度って一番怖い。僕、きっと、たった今、核地雷踏んだに違いない。
数分後、カトリーヌさんが書類の束を抱えてやってきた。
「ここ一年の未達成の依頼書と報酬不足で受け付けできなかった申込書です」
ぱっと見た感じ、百件は下らない気がする。
「「「「「はあぁ……」」」」」
みんながいっせいにため息をついた。
「みんな、ごめん! どうか、僕に力を貸してください。お願いします。たぶんリューダが言う通り一月後には、あのお屋敷を出ることになるだろうけれど僕は、僕は……」
僕はみんなに頭を下げる。
「ハジメ! わたし、あいすくりんが食べたい!」
「私は、おとといのプチミートパイがまた食べたいです」
「台下ぁ、非才は、また、厨房特権に預からせていただきたく……」
「あたいはハジメの料理とエールがあれば、まあ、いいや」
「もっと、いろいろあるのだわよね。あなたが作れるすてきな料理」
僕はとんでもない地雷を踏んでしまったような気がした。
でもそれは、なんとなくだけど、とても気持ちよく爆発に巻き込まれるような気がする。
あくまでも気がするだけどね。
「そうだね、まだまだたくさんあると思う。みんなに食べてもらえる料理」
とりあえず思いつくのは、サラお嬢様にはアイスクリンはもちろんだけど、ホイップクリームと果物でケーキを食べていただきたいし、ヴィオレッタお嬢様の好みが餃子なら、焼売や春巻きも食べていただけるだろう。
エフィさんには、うん、厨房特権、多々ありますよ。
ルーデルにはエールに合う肉料理、モンスター肉の角煮とかしょうが焼きとかどうだろう、ああ、B級グルメバラ焼きもいいかもしれない。
リュドミラはこの世界に無いものならなんでも食べてくれそうだ。
南方航路の発見で香辛料が手に入りやすくなったんなら、カレーがお安くできるに違いない。
ああ、そうだ、僕がこっちに来る前に、お嬢様たちは遥か東に旅をしていたんだった。後でカレーの存在を聞いてみよう。
それから、生食が可能なものが判明したら、カルパッチョから始めていずれは刺身やお寿司ってのはどうだろう。
初めはドン引きだろうけれど、ウマイことがわかれば虜になること間違いなしだ。
そのことは数多くの外国人旅行者が日本食にハマッた前例があるから絶対イケる。
あ、そうなると、醤油が必要だな。
醤油は作れるだろうか? あと、できれば味噌もだ。
作り方は……うーん朧げだ。
でもチャレンジする価値はある。
そしたら、天ぷらやすき焼きだって夢じゃない。モンスター肉のすき焼き……うはあぁ!
それから、それから、あれだ、あれ!
ラーメン! だ!!
僕は、こっちに来てからずっと、ラーメンを食べることの可能性について考えてきた。
ルーデルにモンスター肉の可能性を聞いて、より、その想いが強くなった。
モンスター食材で採ったスープでラーメン! モンスター肉のチャーシューがのったラーメン! はううううううッ……。
考えただけで、口の中に唾液が溢れ、うっとりしてしまう。
「「「「「ハジメ!」」」」」
あ、しまった。
僕はよだれを手で拭い、ジト目で僕を見ているみんなに笑う。
「モンスターいっぱいやっつけて、おいしいものをいっぱい食べよう!」
「「「「「「「おおおおおおおおおッ!」」」」」」」
ん? 雄たけびあげている人が若干多い気がするけど……。
まあいいか!
おいしいものは、人数たくさんで食べると、もっとおいしくなるからね。
これは、僕がこっちに来て学んだ初めてのこと。
みんなで食べればおいしさ十倍! ってね。
あ、それはそうとして、僕は、いつまでこんな露出狂みたいな格好してなきゃいけないんだろう?
「あのう、僕、そろそろ服を買いに行きたいんだけど」
古着屋なら、まだ、開いているはずだ。
「ぷッ! きゃはははッ」
「まあ! すみませんハジメさんすっかり忘れてました」
「おおう、非才、すっかり台下のそのお姿になれておりました」
「……っくはははははッ!」
「あなた、今日の一日をほとんどその格好だったから、誰も違和感を感じてなかったのだと思うのだけれど」
ヴェルモンの街の冒険者ギルドは、再び爆笑の渦に飲み込まれたのだった。