辺境最大の街ヴェルモンのゲートをくぐった僕らの馬車は、衛士詰め所に誘導され、全員降ろされた。
そして、ニーナ姫様たち僕らがゴブリンの拠点洞窟から助け出した女の子たちと僕たちは隔離された。
まあ、そうなるよな。僕らが連れて来たお姫様はどうやら行方不明だったようだから、僕らに誘拐犯の嫌疑がかかってもおかしくはない。
農家の娘風の子達にしたって、捜索願が出されているかもしれない。
だけど、今の僕らにはのんびりと取調べを受けている時間は無い。
歯軋りをして、衛士に飛び掛りそうなルーデルを、エフィさんととサラお嬢様が必死におしとどめている。
「あ、あの……僕たちちょっと急いでるんですけど」
いよいよもって、時間的にヤバイ。もうすっかり日が落ちてしまっている、あと、一刻だ。
ここから、冒険者ギルドまでは十分もかからないけど……。
「きさまらの事情など考慮するわけ無いだろ。自分がどういう立場にあるか分かるな」
「はあ、お姫様誘拐の嫌疑でしょうか?」
「わかってるならよし……で、だ。どうやって助け出した?」
え? この人何か矛盾してない? 僕らにお姫様誘拐の嫌疑かけといて、どうやって助け出した?
「私がご説明いたしましょう」
ヴィオレッタお嬢様が取り調べの衛士の前に進み出て微笑んだ。
「こんばんはハンスさん」
「あ、あれ、やっぱヴィオレッタさん? いや、見違えた。なんとも勇ましい格好だね。え? じゃあ、このパーティーはゼーゼマンさんとこの……。あ、申し遅れました。ゼーゼマンさんお亡くなりになったそうで……。お悔やみ申し上げます。俺もゼーゼマンさんにはよくしてもらってたからね」
ヴィオレッタお嬢様が僕にウィンクする。
「ハジメ走って! ギルドについたら真っ先に、受付の記録水晶に手をのせるのよ!」
リュドミラが叫ぶ。
「了解ッ!」
衛士詰め所を飛び出した僕の後ろからルーデルの声が聞こえる。
「馬車ギルドの後ろに回しとくからな!」
僕は手をあげて応え、ギルドに向かって、夕暮れの人ごみをほぼ全裸姿のまま全速で駆けるのだった。
「はあ、はあ、はあ、ひい、ふう……」
「ほ、ほんとうにやっちゃったんですかぁ?」
カトリーヌさんはいまだ信じられないといった面持ちで、記録水晶に手を置いている僕をまじまじと見ている。
「そうだ、やっちまったんだよなぁ。カぁットリーヌちゃーん、たぁのしい残業タイムの始まりだぜぇ!」
僕の後ろから、ルーデルのドヤ声が聞こえる。きっと、表情も第六天魔王真っ青のドヤ顔に違いない。
「証明部位は、裏に回してある馬車の中にあるわ。ここに持ち込んだんじゃ受付を塞いじゃうと思ったのだけれど、余計なお節介だったかしら?」
意地悪という行為が嬉々とした笑顔を浮かべているといった態で、ルーデルとリュドミラが受付カウンターの中のカトリーヌさんを抱き寄せている。
「はあ、はあ、まにあったの? ハジメって、脚速いね」
「はひ、はひ、こ、こんなに走ったのは、初級神職学校の実習でコボルトに追いかけ回されたとき以来でございますよう」
その後ろでは、サラお嬢様とエフィさんが息せき切ってくず折れていた。
ヴィオレッタお嬢様は、衛士詰め所で、まだ、事情説明をしているんだろう。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
樽から飛び出した海賊人形のようにカトリーヌさんが立ち上がり、奥へと駆けていこうとする。
「あー、チョイ待ち!」
それを呼び止めて、ルーデルが何事かを言おうとしたとき…。
「あらぁ、存外、かかったわね。おやつ前には帰ってくると思ってたんだけど」
執務室の伝声管で聞いていたんだろうな、ヴェルモンの街の冒険者ギルドのマスター、シムナさんが階段を下りてきた。
「いろいろとね、あったの。想定よりもたくさんいたものだから。おまけに、キャプテンの穴倉だと思っていたら、メジャーだったり」
「へえ」
「驚かねえな。ま、当然か。あとよ、その、メジャーの穴がな、厄介なオプション付きでな」
「大変だったわねえ」
マスターシムナはニヤリと口角を上げる。
あ、ひょっとして……。
「はあ……、ハジメ、よおっく憶えておくといいのだわ。腹黒い女ってこういう笑い方をするのよ」
うん、そうだねリュドミラ。君もこういう笑い方するよね。
「やっぱりか。シムナぁ……」
ルーデルが犬歯が目立つ歯を見せて、剣呑な雰囲気を纏う。
「冒険者ハジメ殿はおられるか!」
ルーデルとマスターシムナがメンチを切り始めたそのとき、ギルドの扉が勢いよく開けられて、二メートルはあろうかという筋骨隆々の壮年の男性が数人の兵士とともに入ってきた。
前田慶次が金髪碧眼になったら、かくありなんといった風体の人だ。
警備隊長かなんか、お偉いさんみたいだ。
そんな人が僕みたいな解放奴隷なんかに何の用だろう?
ひょっとして、全裸みたいな格好で街中を駆けた咎で首を刎ねに来たとか?
いや、そんなことぐらいでわざわざ隊長なんて方が、御自ら来るわけないか。しかも、僕の名前の後に殿がついていたし。
「領主様!」
カトリーヌさんが黒ひげの海賊人形のように飛び上がって姿勢を正す。
え? 領主様だって?
「あら、マニーお久しぶり」
「ようレッドバロン」
「あらあら、ディアブロルージュのご登場なのだわ」
「ゲッ、地獄のサイレン、スタンレーの魔女!」
領主様から、初めて冒険者ギルドに来たときのマスターシムナと同じ反応が返ってきた。
ルーデルとリュドミラは、どうもあちらこちらで悪名を轟かせているみたいだ。
「うふふふ、地獄に悪魔と魔女が参集して何がはじまることやら」
「「「白い死神が言うな!!」」」
ああ、やっぱりか。
皆さん物騒な二つ名持ちでしたよ。
「で、辺境伯閣下が、何用でかような所へ御自ら?」
ダークエルフなのに奇妙にも白い死神と呼ばれるシムナさんが領主様に笑いかける。
さっき、リュドミラが言った、腹に真っ黒な一物がある笑い方だ。
「ああ、そうであった、冒険者のハジメ殿がこちらにおられると聞いて、是非、当家にお招きして粗餐をと、な。で、ハジメ殿は……」
そこにいる、領主様とお供の兵隊さんたち以外の皆さんの視線が僕に集まる。
やがて、その視線に気がついた領主様と兵隊さんたちの視線も、ほぼ全裸に近い僕を捉えた。
兵隊さんたちから吹き出し笑いが聞こえる。
「き、貴君が冒険者ハジメ殿か!」
ほぼ全裸の僕の姿を気にする様子を微塵も見せずに、領主様が地響きを立てるように大股で僕に近づいてくる。
そして、鼻先を僕にくっつけるようにして目の前に立ち、顔を真っ赤にしてぶるぶる震え始めた。
うわぁ、これ怒ってる? ニーナ姫様から変態がいるから討伐してきてとか言われて来たとか?
どうしよう?
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