「できた!」
負い紐を二本首にかけ背負子を背負い、束ねてあるロープを解く。
「じゃあ、エルフの君、背負子に乗って。前を向いてだよ。リューダ、エルフの子が乗ったら、縛りつけて」
僕は正座をして、リュドミラにロープを渡す。
エルフの子がおずおずと背負子に乗る。
「君、ちょっと我慢してね」
身なりのいい子の頭と足から負い紐を通して、腋と膝裏に掛ける。
リュドミラが背負子に乗っているエルフの子と身なりのいい子ごとロープをぐるぐると巻きつける。
ゴブリンのしゃがれ声がもうすぐ背後に迫っている。
「ハジメ!」
ロープの端末を手渡される。
「おKッ!」
端末同士を本結びで結んで立ち上がり、僕は駆け出す。
「二人ともしっかりつかまってて!」
返事の代わりに女の子たちの細い腕が僕の首にしっかりと巻きついた。
既に僕はトップスピード(積載状態での)に乗っている。
「ふんんんんッ!」
数瞬後、後ろから、いくつものゴブリンの断末魔が聞こえてきた。ルーデルとリュドミラが無双をしているに違いない。
こんな状況でも呻き声ひとつあげない女の子たちに、僕は驚きつつも感心していた。
「偉いぞ二人とも!」
励ます意味合いもこめて、二人をほめた僕だったが。
「「ふんッ!」」
「ポーターごときに」
「人間ごときに」
「「ほめられたって嬉しくない」」
「ぞよ!」
「わッ!」
と、いうあまりにつれない返事が返ってきたのだった。
「すみません、お嬢様方、もうすぐ出口です。今暫しの我慢を!」
そう、答えた僕に、僕に背負われ、抱きかかえられているくせに、偉そうなことこの上ないお二人は。
「「わかればいいの、以後、気軽に声を」」
「かけるでないぞ!」
「かけないでよね!」
と、答え、フンスと荒く鼻息を吐いたのだった。
後ろからは絶え間なくゴブリンの断末魔が聞こえる。
「あ……」
進行方向に光の点が現れた。
「お嬢様方、もうすぐです!」
あ、しまった。気軽に声かけるなって怒られる!
「「うわあああああっ!」」
身構えた僕をよそに二人が歓声を上げる。
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様のお声が、進行方向から僕の名を叫ぶ。
数瞬後、僕は頼りになるお二方と合流する。
「「ノーマは? マリアは?」」
僕の後ろと前から二人の女の子が、お嬢様方に同時に問いかける。
「ええ、無事でございます! 外でお二人のことを待っております。強ぉい僧侶が傍についておりますから大丈夫でございます! お二人ともよくぞ耐えられました」
ヴィオレッタお嬢様が答える。なんか、偉い人を相手にしているみたいな話し方だぞ。
「そうか、重畳である。ヴィオレッタ・アーデルハイド、セアラ・クラーラ、久しいの」
「はい、姫様、お久しゅうございます。三年前のお誕生日の園遊会以来でございます」
サラお嬢様が答える。
ええッ!? 姫様だって?
って、今はとりあえずおいといて、ここからの脱出が先だ。
「お話は、後でゆっくりとするとして、早くここから出ましょう。じき、ルーとリューダも追いついてくるはずですから」
「そうですね、ハジメさん! では、後ろは私とサラが護ります」
「まかせて! ハジメ!」
まったくもって、ウチのお嬢様方は男の僕なんかよりもずっと頼りになる。
お二人に殿をお任せして、僕は再び駆け出す。出口までは、後、数十メートルだ。
「かーッ! キリねえぞ!」
「あなたが両断したあれ、やっぱりメジャーだったようね!」
「そうだな! くそ、兵力四倍じゃねーかよ!」
「もともと、あなたのネタだったと思うのだけれど、ここがキャプテンの拠点だっていうのは」
「あたいが情報屋から、このネタ買った時にはキャプテンの拠点だったんだよ!」
「はあ、ゴブリンパレード(大量発生期)の最中にはよくあることなのだわ。拠点が一日二日で増強してることって」
「ってことは、やっぱり、後、キャプテンが二~三体はいるってことか! くそ!」
ルーデルとリュドミラが、なにやら言い争いしながら駆けて来る。
断片的に聞こえてくる内容からして、この拠点がルーデルが得ていた情報よりも巨大な群だったということらしい。
たしか、ルーデルは、兵力四倍って言ってたから、キャプテンの群が少なく見積もって概ね百二十体として、その四倍……四百八十体?
おいッ! この洞窟拠点だけで、今日受けたクエスト完了じゃないか! しかも、後キャプテンが二三体いるって?
「お、どうした? ハジメ、立ち止まって。何か問題……、お、サラにヴィオレ……」
「丁度いいと思うのだけれど」
「だな、おし、ヴィオレとリューダはお嬢ちゃんたちを担いで脱出しろ。あたいとハジメとサラはここでひと仕事だ!」
「了解よ、ハジメ、お嬢ちゃんたちを降ろして」
僕はいわれた通りに、ロープを解いてエルフの女の子と、ウチのお嬢様方に姫様と呼ばれた身なりのいい女の子を降ろして、ヴィオレッタお嬢様とリュドミラに託す。
「お嬢ちゃん! ひとつ確認したいんだけど、さらわれて来た子でお嬢ちゃんたち以外に生きてる子は……」
ルーデルが身なりのいい子に尋ねる。リュドミラの偵察情報との照らし合わせだ。決して、リュドミラの偵察能力を疑っているわけじゃない。作戦を立てる将校の基本だ。
大分前に読んだ軍記ものの小説にそんな記述があったことを思い出す。
「おらぬ……」
姫様と呼ばれた女の子は顔を歪めて答える。
「妾たちを含め、全部で九人が捕まっておったが、彼奴等め、仔を孕めるようになっている娘以外は皆……」
姫様と呼ばれた女の子のとエルフの女の子の双眸から、大粒の涙が溢れ零れ落ちる。
ギリッ! と、いう歯がなる音が頭蓋骨に響いた。
最初に潰した枝分かれの小ホールで見た骨の山を思い出して、歯軋りをしていたのだった。
「そうか、わかった。つらいこと思い出させたね。ごめんよ」
ルーデルは二人を優しく抱きしめた。
「じゃあ、いくわね」
リュドミラとヴィオレッタお嬢様が女の子たちを背負って走り出した。
げぎゃぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!
耳障りなしゃがれ声の群がすぐに迫ってきた。
僕は地面に盾を突き立てる。
「サラ! 壁」
「わかった!」
僕の目の前に天井まで届く壁が地面から突き出して、坑道を完全に塞ぐ。サラお嬢様の土魔法だ。
「ハジメ! サラの詠唱が完成したら、壁崩すからな!ゴブリンが飛び出してくるから踏ん張れよ!」
肩越しに、サラお嬢様を見る。お嬢さまは何事かを唱えながら、空中に紋様を描き始める。
ぐぎゃぁッ!
がん! ごん! と、突如現れた壁に激突するゴブリンたちが立てる音が壁越しに聞こえる。
「呪文が完成するぞ! 踏ん張りどこだぞハジメ! 男を見せろ!」
「おおうッ!」
ルーデルの檄に、鼻息荒く盾を支える。
数瞬後、突如僕の目の前の壁がガラガラと崩落する。僕の方には砂粒ひとつ落ちてこない。 全部ゴブリン側に崩れ落ちたのだった。
「うわあッ!」
よく振って栓を抜いた炭酸飲料のように、僕の目の前にできた岩の小山を乗り越えゴブリンたちが飛び出してきて、それぞれが手にしたポンコツな武器で僕に飛びかかってきた。
ゴン、ガン、ガン! 地面に突き立てた大盾にゴブリンたちが武器を叩き付ける。
「ハジメ! ごめんなさいッ!」
サラお嬢様の声に振り向く。
ルーデルに抱えられて、お嬢様は既に洞窟の出口に差し掛かっていた。
え? 僕はおいてけぼり? ってか、また、囮?
「灼熱の炎よ全てを焼き清めよ! 煉獄!」
サラお嬢様の描いた魔法陣から白熱した炎が噴出し、あっという間に洞窟が炎でいっぱいになる。
まるで、洞窟の壁や地面を燃やしているように炎はものすごい勢いで奥へと燃え広がってゆく。
「うわわわわわ! わあああああああああああッ!」
リュドミラからもらったサラマンダーのマントのおかげで僕自身は焼けない。焼けないけれど、だんだん息苦しくなってくる。
「くそ、酸欠か!」
洞窟の中で僕が見た最後の風景は、サラお嬢様の火炎魔法で焼かれていくゴブリンたちだった。
そこここから聞こえてくるゴブリンたちの耳障りな断末魔を子守唄代わりに、意識が薄れていく。
あ、スキル【絶対健康】って、窒息系には有効なんだろうか?
17/09/06 第43話~第47話まで投稿いたしました。
御愛読誠にありがとうございます。