森の入り口付近での、初めての戦いの後、僕らは2~3匹の小グループのゴブリンとの散発的な戦闘を何度か繰り返しながら森の奥へと進んでいった。
そして、僕の感覚で一時間ほどでかねてからルーデルが目をつけていたと言う洞窟に到着する。
特Sレベルの隠密および索敵スキルを持つリュドミラが洞窟内に潜入して、内部をくまなく検索して敵の数と洞窟の構造を把握する。
リュドミラが持ち帰った情報を元に、サラお嬢様の土魔法で外部に繋がる出入り口の全てを塞いで最大級の火炎魔法を放り込むといった作戦でゴブリンの小規模集団(40体程度)を殲滅した。
残った僕らの役目は、リュドミラが偵察に出ている間と、サラが呪文を完成させるまでの間、周囲を警戒するというじつに簡単なお仕事だった。
だけど、正直、僕はこのやりかたは、あまり気持ちがよくない。
かの大戦で、どこぞの正義の味方を気取ったジャイアンみたいな合衆国の軍が、どこぞの芋のヘタみたいな貧乏小国相手にさんざっぱらやってくれやがった手法だからな。しかも、軍民無差別にだ。
だけど、今はそんなことを言っている場合じゃないことはわかっている。だから、僕の感傷なんてものは天袋にでも突っ込んでおくことにした。
サラお嬢様が『土砂降りの炎』を洞窟に放って、僕の感覚で五分くらいたったころ、おもむろにヴィオレッタお嬢様が、出入り口を塞いだサラお嬢様謹製の土壁(コンクリート並みの硬さだ)に、手のひらを当てる。
「どう? ヴィオレ」
リュドミラの問いに、ヴィオレッタお嬢様がこくんと頷いた。
「大丈夫、敵性存在は殲滅できているわ」
お嬢様が探知魔法で、洞窟内を探ったのだった。
「うしッ! じゃあ、サクッとトロフィー(討伐証明部位)を取ってくるか! サラ、頼む!」
「はぁい!」
サラお嬢様が、手刀を切りながら、ひゅッと口笛を吹くように短く息を吐き出す。
すると洞窟を塞いでいたコンクリートみたいな土壁が砂みたいに崩れ去る。
びゅおおおおおおッ!
「「「「「「うわわああああッ!」」」」」」
洞窟の中を覗き込む僕たちを押すように中に向かって風が吹き込む。
あ、やばいこれは、アレが来る!
「みんな避けろ!」
俺は叫んでヴィオレとサラを抱えてマントに包み込んでうずくまる。
どんッ!
洞窟から炎が噴出した。所謂バックドラフトってヤツだ。
「あちちッ!」
噴出した炎が俺の後頭部を焦がす。が、当然、即座に回復する。
「ハジメ! ヴィオレ、サラ! 平気?」
リュドミラが心配そうに駆け寄って来る。
「ああ……リューダに貸してもらったマントが早速役に立ったよ。みんなは?」
「はいッ! 大丈夫ですハジメさん!」
「うんッ! ありがとうハジメ」
「大丈夫だよ。あーびっくりした」
「ははッ、さすがに非才も肝をつぶしました。しかし、今の爆発、よく予見できましたねハジメさん。さすがでございますよ」
エフィさんの賛辞に思わず顔が赤くなる。
「いえ、元の世界の火事場では、まま、ある現象だと知っていたので……」
耳まで熱い。褒められ耐性は、残念ながらイフェ様の祝福でも付かなかったらしい。
「あ、あの……う、ハジメさん、そろそろ……」
僕の胸の辺りからヴィオレッタお嬢様の声が聞こえる。
「ハジメぇ……」
困惑したような、サラお嬢様の声も聞こえてくる。
あ、僕はマントの下はすっぽんぽんだった。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
僕は二人から飛び退いて額を地面にこすり付けるのだった。
洞窟の中は酸鼻を極める有様だった。
あるいは炭化するほどに焼かれ、あるいは酸欠でもがき苦しみ。洞窟の中の怪異たちはことごとくが無残な屍を晒していた。
周囲のゴブリンよりもあからさまに小型の個体も結構な数がいた。きっとゴブリンの幼体なんだろう。傍にいたのは雌ゴブリンか……。
「この小さいのって子供? これもカウントされるの?」
誰とはなしに尋ねる。
「ああ、大丈夫だゴブリンは一ヶ月で成体になるから、それも、戦果としてカウントされる」
ルーデルの応えに、僕は、炭化した小さな躯を踏み潰し、尾骨を折り取る。
無意識に頬を生暖かいものが流れるのを感じて、僕はこっそりと顔を拭った。
いや、僕は決してゴブリンに同情していたのではない。
同情はしてないけれど、やるせない気持ちになっていた。
なぜなら、僕は、この情景を知っていたからだ。もちろん、実際に体験したことじゃない。あくまでも、ネットや本で見聞きしたことだ。
「あいつらと同じことをしてるわけか……」
僕は思わずつぶやいていた。
「あいつらって?」
僕に寄り添って討伐証明を採取していたヴィオレッタお嬢様が、不思議そうな顔をして僕を見つめる。
「い、いえ、なんでもないです。ちょっと、昔のことを思い出しただけです」
そう言って、僕は作業に戻った。
結果、この洞窟で大小合わせて40体余りの討伐証明部位を採取(元いた世界だったら、ジュネーブ条約違反だ)した僕らは次のゴブリンの拠点に向かった。
ちなみに、この洞窟にはゴブリンルテナンと呼ばれる指揮個体がいたようで、そいつの躯からは、魔石と呼ばれる紫の結晶体が発見された。
残念ながらゴブリンは指揮固体の魔石以外に、略奪できるものがないらしい。
「ははっ、これは最小サイズだから、ギルドでの買い取り価格は……んーそうだな、銀貨五枚ってとこか」
それでも、略奪品が出たことにルーデルは上機嫌だった。
「これで、途中やっつけた分も合わせて、大体百五十ってとこだ。まだ、昼にはほど遠いから、昼飯までには三百いけるぞ!」
「「「「おおおおおッ!」」」」
ルーデルの檄にみんなが雄たけびを上げる
このパーティのみなさんはどうやら肉食系らしい。まったくもって意気軒昂だ。
「なあ、ハジメ」
次のゴブリンの拠点に向かう道中で、ルーデルが僕に話しかけてきた。
「お前が何を悲しんでいるのか、あたいにゃ、わかんないけどな、どこかでお前が躊躇したら、あたいたちのうちの誰がが死ぬかもしれないんだぜ」
「ぼ、僕はそんな……」
「あたいたちの誰かが死ななくても、取り逃がしたゴブリンが、誰かを食い殺す。誰かを犯す。どこかの女の子にゴブリンの仔を孕ませる。お前が躊躇するってことはそういうことだ」
「無益な殺生じゃないってことでいいのかな?」
「ああ」
ルーデルが僕の頭をクシャクシャと撫で回す。
「ハジメ、これは、生存競争なのよ」
リュドミラが僕の肩に腕を回す。
「そうですねぇ。台下はちょっと考えすぎではないですか? もっと単純にいくのがよろしゅうございますです」
「ハジメ! ハジメは悪くない!」
「ハジメさん、あなたが誰と同じことをしていると思っているのかわかりませんが、ハジメさんは! ……その誰かとは絶対違います! 私がそう思っているからそれは絶対です!」
いつの間にか、僕は肉食系女子に取り囲まれていた。
僕の視界がみるみるぼやけていく。
「は、はい! はいッ!」
僕の足元にボタボタと小さな水溜りができる。
「ば、ばか! 泣いてんじゃねえッ!」
ルーデルがボカリと頭をはたく。
「そうよ、こんなところで立ち止まってる暇はないのだけれど」
リュドミラがばしんと背中を叩いて先へ行く。
「ハジメさん、非才は何があってもハジメさんにお味方いたしますから」
エフィさんが切れ長の目を細めて微笑む。
「そうだよハジメ! まだまだ先は長いんだから!」
明るく言ってサラお嬢様が小走りにルーデルを追いかける。
「ハジメさん……」
ヴィオレッタお嬢様が僕に手を差し伸べる。
「はい」
僕はヴィオレッタお嬢様の手を取る。
とっても感動的な場面だった。
僕が身に着けているのがマント一枚って状況じゃなきゃ……ね。
御アクセスありがとうございます。