「……メさん、……ジメさん、ハジメさん!」
「わあああああッ! あづいい……くない? はあぁ」
安心してため息をついた僕の鼻を、肉が焼ける香ばしい匂いがくすぐる。
あまりにもうまそうな匂いに腹が鳴る。
ってこれ、僕が焼けた匂いだよね。僕が料理されたらこんなにうまそうな匂いがするのかよ。ってか、自分が焼けた匂いに食欲かきたてられるなんて僕は変態か。
「よかったあッ! なかなか目を覚まさなかったから心配しました」
ヴィオレッタお嬢様の顔が逆さまに僕の顔をのぞき込んでいた。
うわああッ! ってことは、僕はお嬢様に膝枕していただいてたってこと? うわあああッ!
僕は急いで体を起こす。体にはお嬢様のマントが掛けられていた。
「ごめんねハジメ。呪文を完成させるのに夢中で、ハジメのこと忘れてたの」
「な、言った通りだろ。ハジメは大丈夫だって」
サラお嬢様が僕の前に跪き頭を垂れる。
ルーデルが僕の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
辺りを見回すと、ウェルダンを通り越して消し炭に成り果てた怪異がそこここに転がっていた。
あらためて、僕を巻き込んだサラお嬢様の火炎魔法の威力に身震いする。
「あら、あら、ようやくおめざめなのかしら?」
「おお、ハジメさん。お目覚めでございますか」
何かを詰め込んで膨れ上がった麻袋を両手に、リュドミラとエフィさんが駆け戻ってきた。
麻袋の中身は大体の予想がついたから聞かなかった。
「あ、でも、こいつらの駆除証明はどうするのかな?」
炭化したゴブリンの焼死体を親指で指し示す。
「ああ、それなら……」
リュドミラが焼死体を蹴っ飛ばしてひっくり返し、尻だったと思われる部分を踏みつける。
ぐちゃりと潰れた焼死体の肉が簡単に剥がれ、骨が露になる。
「これをもっていけばいいの」
そう言って、骨盤の下のほうにちょろっと飛び出している、人間でいう尾骨をぼきりと折り取って麻袋に入れた。
なるほど……ね。確かにそれなら一匹に一個しかないから証明になるな。
「いやあ、ハジメさん、サラさん、お手柄ですよ、あの魔法で一気に三十七体倒しましたのでございますよ」
エフィさんが、麻袋を掲げる。
「残念だけど指揮個体は取り逃がしたみたいだけれど」
リュドミラがため息をつく。
「森に入って、すぐにこんなに遭遇するなんて……」
ヴィオレッタお嬢様が眉を顰める。
「ああ、やっぱ、ゴブリンパレード(大量発生)は本当っぽいな」
ルーデルは犬歯が目立つ歯を見せて笑う。
「お昼には、まだかなり時間ありますよね」
僕は立ち上がる。少しふらついたけれど、そんなに悪い体調じゃない。
「きゃあッ!」
「おう……すっげ!」
「ばか! ハジメのばか!」
「いやあ、台下、非才の目にはそのお姿はいささか毒でございますです」
「はあ、一度馬車に戻らなきゃいけないかしら?」
僕はすっぽんぽんだった。まあ、あのサラお嬢様の魔法の炎に包まれる以前に、ほとんど布切れを貼り付けただけみたいな格好だったから、今更感はあるけれど……、でも、股間は隠せてたんださっきまでは。
「うわあああッ!」
思わずしゃがみこむ。頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。
それに、下着一枚つけてないってことが、こんなに心細いことだなんて、思ってもいなかった。
バサッと大きな布が僕を覆い、視界が暗くなった。リュドミラがマントを脱いで僕にかけてくれたのだった。
「とりあえずこれを着ているといいわ。サラマンダーの皮を混ぜて紡いだ糸で織った布で作った耐火耐寒仕様だから、さっきのサラの魔法ぐらいまでなら防げるはずよ」
「じゃあ、昼までに、後、二百はやっつけようぜ!」
「「「「おおおおおッ!」」」」
みんなが拳を突き上げ、意気を上げる中、僕は少しばかり落ち込んでいた。
僕個人の確認戦果はたった二体だった。しかも、仕留めた直後に、フルボッコにされている。
ひいき目に見ても相撃ちがいいところだ。
ゴブリン一体倒すのに、相撃ちなんてことしてたんじゃ、いつまで経っても僕は弱いまんまじゃないだろうか?
「いいんだハジメ。最初はそれでいい。駆け出し冒険者がゴブリンを雑魚にできるようになるまでに、ふつうだと三ヶ月くらいはかかるんだ」
「それも、一対一でのことなのだわ。あんな集団との戦闘なんて、Bランク以上でなきゃ、やらないことなのだわ」
「そう、FやEあたりだったら、1~2匹を5人パーティーで襲ってようやく勝てるくらいだ。ふつうは、そういう戦闘を何回もやって、五十体討伐クエなんてこなすもんなんだ。お前は、さっき、相撃ちとはいえ、二体も倒せたんだぜ。対モンスター戦闘が全くの初めてでだ」
「通常でしたらさっきみたいな対集団戦闘は、Bランクでも避けますねぇ」
そういうものなのだろうか? 少しだけ丸くなった背中がのびてくる。
「じゃあ、気を取り直していこうか、目的の洞窟はここからすぐだ。この調子なら昼までには後、二百五十はいけるだろ」
ルーデルの声に僕以外のみんなが頷いた。なんかさっきより目標数値増えてないか?
「サラ! 疲れてない? また、大きいヤツお願いするから、回復しとくのよ」
「うん、わかったリューダ。お薬飲んどく」
サラお嬢様が腰の雑嚢から回復薬を取り出そうとする。
「ああ、それなら、これをどうぞ。非才特製の回復薬です。効き目は大地母神教団のお墨付きでございますですよ」
エフィさんがウェストベルトにずらりとならんだポーチのひとつから、きれいな赤い液体が入ったの瓶をとりだす。
「ありがとうエフィさん」
「いいえ、あ、そうだ、サラさん、非才のことはこれからウィルマとお呼びいただけると嬉しいです。親しいものは皆そう呼んでくれますので」
「うん、ありがとう、ウィルマ。わたしのこともサラって呼んで」
「あら、それならわたしもいいかしら、ウィルマ? わたしのことも、リューダと呼んで」
「なんだよ、あたいのこと、除け者にすんなよう! あらためてよろしくなウィルマ! ルーって呼んでくれ」」
一戦して、みんなの垣根が、またひとつ取り払われたみたいだ。
「戦友……ってやつか」
胸が熱くなってくる。
「ハジメさん、次は、ちゃんと護りますから」
ヴィオレッタお嬢様が僕の手を取って、痛いくらいにぎゅっと握る。
「ええ、ありがとうございます。でも、基本、僕どんなにやられても大丈夫みたいなので、無理なさらないでください」
そう答えた僕の頬に、ヴィオレッタお嬢様の平手が柔らかくヒットした。
「ばか! そういう問題じゃないの! ハジメさんが痛い目に合わされるのが嫌なの! 死なないってわかってても!」
ヴィオレッタお嬢様の頬を涙が伝う。
「うん、わかりましたヴィオレさま。僕もがんばって攻撃を食らわないようにします」
「はい、がんばりましょう。ハジメさん」
「ようし、じゃあ、今度こそ出発だ! 昼までに後三百は狩るぞ!」
「「「「「おおおおおおおおッ!」」」」」
ゴブリンが大発生しているという東の森に勇ましい勝どきがこだました。
ってか、目標数値が大幅に増えてるんですけど。
あと、それから、僕、いつまでこんな露出狂みたいな格好でいなきゃいけないんでしょうか?
毎度御愛読、誠にありがとうございます。