転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第34話 第一皿ならびに第二皿はすこぶる好評だ

 前菜に続くメイン料理その1『スズキに似た魚のムニエル、バターソースブロッコリー添え』を女神様方の前に並べたところで、優雅にナイフとフォークを使って料理を口へと運ぶ女神様たち(きっと、僕の頭の中にある元いた世界の食事風景の映像記憶をスキャニングしたんだろうな)と、女神様たちの仕草を器用に真似て前菜をフォークで食べるお嬢様方にマスターシムナ、そして、ガチガチに緊張して前菜すら口にできてないエフィさんが目についた。

「あ、エフィさん、よかったら、ちょっと手伝ってもらえますか?」

 そう声をかけた僕に、エフィさんは打ち首直前で、恩赦を得た罪人のような笑顔をした。

「は、はいッ! 台下! ただいま」

 樽に短剣を刺して遊ぶゲームの海賊人形のようにエフィさんは飛び上がる。恐ろしい手際で、自分がついていた席を片付け、厨房へと駆け込んできた。

「はははッ! じゃあ、エフィさん。お嬢様方に魚料理をお願いします。出し終わったら、エフィさんはこちらでどうぞ」

 僕はスツールを出して、調理台の上に前菜と魚料理を置いた。

「はあぁッ! 助かりました。台下ぁ……」

 掠れかけた声でそう言うエフィさんは涙ぐんでさえいた。

「そう思うんなら、その、台下ってのやめてもらえますか?」

 オーブンを開けながら、そう、お願いする僕に聞こえてきたのは、

「ではではッ、お魚! ヴィオレッタさんたちの分、給仕してまいります!」

 ……と、いう水を得た魚のようなエフィさんの声だった。

 

 じゃあ、僕は、今日のメイン料理の支度をしよう。

 僕は、厚手の作業用皮手袋をはめる。これからの作業で火傷を負わないためだ。

 オーブンの中に入れてあった鋳鉄の深底鍋の蓋(これが、結構重い)を取って、中の物にブスリと串を刺す。

 串をズブズブと押し込んでいって、先端が中心に当たるくらいのところで止めてカウント20。

 引き抜いて唇に押し当てる。

 指を唇に当てた時よりも、暖かく感じる。

「……っし、オけッ!」

 小型の刺又みたいな、切り分けに使う大型のフォークで鍋から取り出し、まな板の上に置いて、使っていない鍋を被せる。

 元いた世界では、アルミホイルで巻いておいとくって手順のところだ。これをやらないと、切ったときにせっかくの肉汁が全部流れ出てしまう。

 しばらく自然に温度を下げて、肉汁を肉の中に留めて、落ち着かせるって寸法だ。

 次に、肉の下に敷いていたジャガイモ、ニンジンたまねぎを取り出して、人数分の皿に取り分ける。

 鋳鉄製深底鍋の根菜の下に敷いていた金網を外して、オーブンから竈に乗せかえる。

 鍋底には、野菜から出た濃厚な野菜出汁と、肉から滴った肉汁と脂がところどころ鍋肌を焦がしながらクツクツと煮立っている。

 バターを入れ、ジュワッと音を立ててバターが溶け切ったところで、常温に戻しておいた赤ワインを投入、煮詰めてゆく。

「お魚料理の給仕完了です!」

 ニコニコとしてエフィさんが戻ってくる。

「エールとワインの壺は目に入りました?」

 たった今気がついたことを、ダメ元で聞いてみる。

「そうですね、やっぱり、ルーデルさんリュドミラさんのところがだいぶ減ってましたね。はっきり言って無くなりそうでした」

 さすがエフィさん。ルーティエ教団で年若くして枢機な立場に上られただけのことはある。こういうのって、捨て目が利く人だって言ったっけ。

「ありがとう。さすがですね! じゃあ、食品庫から持っていってくれますか?」

 木ベラで鍋をかき回しながらお願いする。

「戻ってきたら、魚、冷めないうちに食べてください」

 塩コショウ、そして、ほんの少しの砂糖で味付けしてほんの少しすくってなめる。これは味見だ。

「んん~ッ! 今まで作った中で一番ウマイッ!」

 ここにダマにならないように振るっておいた小麦粉を振り掛ける。

 元の世界では、水溶き片栗粉でやってたことだけど、こっちで、片栗粉が見つからなかったので、小麦粉で代用だ。

 ただし、ダマになりやすいので注意しないとね。

「ハジメさん! 戻りました!」

「お疲れ様です。ちょうどよかった。エフィさんには、厨房の特権を差し上げましょう」

 鍋をかまどから外し、肉に被せていた鍋を取る。

 でかいフォークで抑えて端から五ミリ厚に切ってゆく。

 断面は完全に焼けて変成したたんぱく質のこげ茶色からピンクへときれいなグラデーションがかかっている。

「ふふふん! 大成功だ!」

「ふわわわあああっ! こんなお料理は見たことありませんよ!」

 そうか、こっちじゃ、まだこういう料理法は発明されてなかったんだ。そういや、こっちに来てから、今まで、ステーキか、煮込みか薄切りを炒めるかの料理しか見たことなかったな。 

 付けあわせを載せた皿に五ミリ厚の肉を三枚ずつ乗せてゆく。それでも、だいぶ余るので残りはセルフサービスでやってもらおう。

「これは厨房特権です」

 そう言って、僕は一番端の切り落としを、エフィさんの魚が乗っている皿に置いた。

「じゃあ、これ、持って行っちゃいましょうか!」

 大きなお盆にメインディッシュを載せて、二人がかりで食堂に持って行く。

 食堂では、丁度皆さんが、魚を食べ終えて、パンでソースを拭って食べていたところだった。

「お待たせしました。こちらが今日のメインです」

 僕は、まず、イフェ様の前に皿を置く。

「まあ、こんなお料理、初めて目にいたしました!」

「今日のは、僕が作った中で一番のできですよ。お口に合えばいいのですけど」

 嘆息するイフェ様に答える。

「どうぞ」

 続いて、ルーティエ様の前に。

「おお……、さっきの魚も美味だったけれど、これも、また、別の趣が……いいのかい? もう食べてもいいのかい?」

「はい、どうぞ。お召し上がりください」

 ルーティエ様は辛抱たまらんといった風だ。

「さあ、どうぞ、ミリュヘ様」

「うむ、のう、ハジメよ。アレは、これの後かの……」

 ああ、さっきの練乳を使ったデザートを忘れてなかったんですね。

「ええ、もうできてますから。こちらをお召し上がりになられましたら、すぐにお持ちいたしますよ」

「ふふふ、うむ、では、このおいしそうな香りを放つ汁がついた肉を食するとしよう」

 さっきまでの、氷を呑ませるような威圧感はどこへやら、幼い王女様然とした仕草で、ナイフとフォークを構えるミリュヘ様。

「お代わりもあるからね」

 そう言いながら、ルーデルの前に皿を置く。

「へへへッ! 待ってました!」

 さらに、テーブルの中央に、塊のままロースト肉を置く。

 そのころにはエフィさんも、お嬢様方への給仕を終わっていた。

「うふふ、ありがとうハジメ。とてもおいしそうなのだわ。昨日、ルーがこのお肉持って来たときから考えてたでしょ。このお料理」

「うん、もう、これしか考えられなかったんだ」

 リュドミラに見透かされていたことを恥じ入ってしまう僕の鼓膜を、舌足らずな声が揺らす。

「ねえ、ハジメ! たべていい?」

「はい、サラお嬢様。おあがりください」

 そう言って、僕は厨房に引っ込もうとする。エフィさんはすでに厨房で、少しだけ下品に盛り合わせた、皆さんと同じ料理(厨房特権版)に、舌鼓を打っている。

「ハジメさん!」

 僕の服の裾をつかんで呼び止めたのは、ヴィオレッタお嬢様だった。

「ハジメさんは、どうして私たちと一緒に食べないのですか?」

 うん、優しいヴィオレッタ様のことだからきっとそう言うと思った。

 僕は、ヴィオレッタお嬢様の傍に寄って、耳打ちをする。

「今日のこの席の主役はお嬢様たちなんです。お嬢様たちと、ゼーゼマンさんなんです」

 僕の服の裾をつかんでいる手に、僕の手を重ねる。

「あ……」

 お嬢様が口元を押さえる。

「こ、これは、弔いの宴なのですか?」

 僕は目を閉じる。

「ゼーゼマンさんをお墓に納めたその日に、女神様が三柱もここにおいでになったのです。こんなにすばらしいことってありますか?」

 僕の言葉に、ヴィオレッタお嬢様の肩がプルプルと震える。

「ちなみに、エフィさんにお手伝いしていただいているのは、女神様方の前だとエフィさんが緊張しちゃって食べられない様子だったからなんです」

 ヴィオレッタお嬢様は僕の方を向いて微笑む。

「では」

 僕は、厨房に引き返す。

「「「「「「「「んまああああああああああああああッ!」」」」」」」」

『牛肉に似た肉のローストの赤ワインソース根菜添え』を、一口、口に入れた食べた、食堂の皆さんから、某食材紹介グルメ番組のMCのようにエコーがかかるような賛辞が飛び出していた。

「ふむむむッ! こ、これは、これはッ!」

「はふううううッ! なんと甘露な心地ッ!」 

「ほおおおおッ!」

「なんだこれ! うめええええええッ!」

「すごいのだわ、なんなのこれ!」

「うそよ、こんな? え? これ牛の肉? モンスター肉じゃないの?」

「ああん! だめだよこんなの反則だようハジメぇッ!」

「ハジメさん! なんて、なんておいしいんでしょうッ!」

 ぼくは、背中で食堂に響き渡る賛辞の嵐を聞いて、小さなガッツポーズをしていた。

 ああ、やっぱりこの肉、牛の肉でよかったんだ。

 厨房に帰ってきた僕を、興奮したエフィさんが迎える。

「ハ、ハ、ハジメさん! これはいったいなんていう……。ああん! なんておいしい。おいしい以外の言葉が浮かんできません! この、お肉の焼き加減といい、ソースの塩梅といい。ああッ! この、肉は半生ですよね、こんな技術、王宮でも見たことありません。非才はなんと言う幸せ者でしょう。神々と席を同じくして、同じお料理をいただくなど、おそらくは、史上に例がありません!」

「よかった、おいしいですか。作ったかいがあるってもんです」

 って、エフィさんあなた、王宮の料理食べたことあるんですか?

 僕も、厨房の調理台の上に置いてある僕の分に、箸をつける。

 フォークを野鍛冶の親父さんにあげてきたから、僕は自作の箸で食べることにしたのだった。

 二本の棒で器用に肉を挟んで食べる僕を見るエフィさんのテーブルマジックを見るよう好奇の視線は、今はとりあえず無視だ。

「うん、上出来! 今までで一番うまくできた!」

 でも、まあ、ローストビーフみたいな料理は、僕が作らなくても近いうちに誰かがやってくれたことだろう。

 僕がもといた世界と似たような文明の発達を遂げるなら、探究心旺盛な料理人が、いずれ近いうちに辿り着くはずだ。今ある料理法の応用だからね。

 だけど、次のはそうはいかない。

 この世界でたぶん始めての料理だ。

 そして、僕が元いた世界と同じように文明が発達したとしても、後、数百年は開発されない料理だ。

 きっと、今まで誰も食べたことがないだろう。

 

 『アイスクリーム』なんて、ね。


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