「えーっと、藤田さんの地元は多神教でしたよね。多神教というのは、万物に神が宿っているという宗教になります。藤田さんのところでは、お参りの際に、何にご利益がある神様とか仰いません? 縁結びとか厄除けとか子宝とか五穀豊穣とか……」
「あ、たしかに……でも、初詣のときは何でも勝手なことお願いしてるような感じですけど」
「あははは、それは、その……う、そう、新年のお年玉ってことで」
「はい、わかりました。それで、神様のところはそれがもっと厳格に決められているってことでいいですか?」
「はい、概ねそれでけっこうです。特に私とその眷属は取り扱うものがものですので、特に厳しく権能を管理されています」
「そうなんですか……」
僕は考え込む。魅力的なオファーであることは間違いない。だが、僕みたいな役立たずを召還して何になる? 死んだ後に、畑の肥やしにしかならないぞ。
「で、どうでしょう、私たちの世界に転生してきてくださいませんか?」
「ふむう……」
「あの……う」
「むふぅ……ん」
「藤田…さ……ん?」
少し考えたが、この体型、筋肉量なら大概のところで、生きて行ける気がする。正し、文明があるとこらなら……だ。
「了解です。神様の世界に行きます。で、少しでいいんですけど……」
「あ? チートか? くらぁ?」
うわ、とたんにガラ悪くなったよ。でも、このお方はだいじょうぶ、そんなにひどいことはしないと思う。……たぶん。
神様に言う。
「神様、僕は食いしんぼなんです」
僕は、転生した先でもいろんなものを食べてみたい、そのためには人間であることが難しい場合がある。
僕は食に関する全てをいろいろチートして貰う気になっていた。
何でも噛み砕き租借できる歯に、毒を食べても消化吸収できる胃や腸。太らない体、医者いらずの無敵の健康。病毒に犯されない完全な健康。
僕が望んだのは、すなわち絶対健康だった!
「ふむ、それくらいなら、わたしの免許の権能でどうにかできます。まあいいでしょう。極大魔法とか元の世界から何でも取り寄せる能力とかだと、他の神との調整やら何やらが必要になってくるので……めんどうなんですよ」
ありゃりゃ、言い切っちゃったよ。めんどくさいって。
だから、さっき、ガラ悪くなったのか。たしかに、自分の権限だけで済むなら面倒なくていいもんね。よかった、僕の願望が素朴で。
「じゃあ、もう少しオマケしていいようなので、いろいろ付けときますね。これが、契約書になります」
僕の目の前の空間に、膨大な数のモニターが現れた。
「ああ、読まなくても大丈夫ですよ、勝手に頭の中に流れ込みますから」
神様の言うとおり契約内容が雪崩れ込んでくる。
僕に不利益なことはただ一点を除いて全くない。
だがそれは、普通に働いて10年。特別に手柄があれば、2・3年でどうにかできそうなことだった。
僕の転生先は、僕が今まで暮らしていた世界で言うところの中世末期。大航海時代初頭くらいの文明度。鉄砲が普及し始めているものの、魔法が依然としてあるテンプレなファンタジー世界。
僕はその世界で、交易商人の荷運び奴隷の青年として転生することになった。
「あの、ところで、質問なんですけど」
「はい?」
「あの、神様のお名前を教えていただければと。転生先で、もしできたら、朝、起きたときに一番に汲んだお水を捧げ、お礼を述べたいと思いますので、呼びかけるお名前をと思いまして……」
「うれしい……でも、私、固有名詞は持っていないのですよ。人の誕生と死、再生を司っています関係で、眷属もろとも、死神なんて呼称されてます。死神ですから、祀ってくださる神殿も祠さえも在りません、教団なんて、なにそれ? おいしい? です」
「では、甚だ御無礼ながら、お名前を差し上げてもよろしいでしょうか?」
「まあ、名前を献じて下さるというのですか?」
「はい、お許しいただければ」
「もちろんです。ああ、永劫を過ごしてきてこのような栄えを得るなど……」
「では、これから僕は死神様のことを『イフェ』様と、お呼びいたします」
その名前は僕が中二的脳で書いた物語に出てくる。最強最高女神の御名だった。その物語を発表することはなかったが、僕は、その物語が大好きだった。
女神『イフェ』の名前の元ネタは、たしか、北アフリカの民族の聖地の地名だ。
「うれしい。では、これより我が名を『イフェ』といたします。あの……う、ついでといっては何ですけど、『イフェ』の姿もいただけませんか?」
「ええッ! そんな重要なこと、僕なんかでいいんですか?」
うろたえる僕を、やさしげな空気が包み込んでくれる。
「よいのです。第一の信者あなたが思い浮かべてくださる姿ですから」
「では……」
僕は、小説に書いた女神イフェの姿の説明を思い出す。
夜より黒い艶やかな黒髪。健康的な小麦色の肌。子孫繁栄のシンボル乳房は豊かで、ウェストは締まっている。そして、多産の象徴ヒップはドンと張っていて足は長い。
服は純白のトゥニカに血の色のトーガ。
生命の実りを収穫する鎌を背に、右手に生命の苗、左手にアクアウィタエ(生命の水)の水差し。
生命を見守る双眸は血よりも紅い。
「なんと……! ああああッ!」
死神様が歓喜の声を上げる。
僕の目の前がまばゆく光芒に溢れる。
そして、おそるおそる目を開けると……。
「人の生命を蒔き育て刈り取ること幾星霜、永劫の時を経て初めて名と姿を得ました」
僕の目の前に、僕が想い描いた女神『イフェ』が、芍薬のように佇んでいた。
「生命の女神イフェの名において、藤田一を我らが世界の生命として招き受け入れ、育みましょう。ではこちらに貴方の真名を署名してください」
24型モニターの大きさの契約書が目の前に現れる。
と同時にズキンと右人差し指の先に痛みが走る。
5ミリくらい指先が飛んでいた。
勝手に指先が血を滴らせながらモニターに向かう。
「ちょ、ちょ……と」
指先が止まる。
「一さんの同意がないと、署名はできません、同意していただければ、魂に刻まれた真名を自動で書記します」
なるほど、そういう仕組みか。魂に刻まれた名前なんて知らないからどうしようかと思った。
「はい、同意します」
真っ赤な血を滴らせた右手指先が、知らない文字をモニターに書いて行く。
そして、文字を書き終わったとき。
「全ては成った!」
生命を司る女神イフェ様が、ぱああぁん! と手を打った。
そして、僕は再び気を失い、安心できる暗闇の中をたゆたいながら、どこかへゆっくりと降りて行った。
お読みいただき感謝いたします。