「ハジメさん。非才のことは診ていただけないのでしょうか?」
落ち込んでいる僕にエフィさんがニコニコと聞いてきた。
「いいんですか?」
「はい。もちろんですとも! 女神イフェの第一使徒であるハジメさんには、隠し事なんていたしません。ご覧になれる一番深いところまでどうぞ。あ、ちなみに非才は第二使徒でございます。さらにちなみれば、現在、我が生命の女神教団の信徒は非才とハジメさんの二人でございます」
ありゃりゃ、いつの間にか信徒にされちゃったよ。しかも、第一使徒だって。僕はア○ムかメ○ィ○トかってーの。
まあ、毎朝一番に汲んだ水を捧げ、感謝の祈りを捧げているわけだから、立派な信徒だよね。
自覚してなかったけどさ。
てか、さ。元の世界でも、誰も自覚してないだろうけど、大概の人は初詣に出かけていたわけだから、神道の信徒だしね。
僕は、ここ十年くらいは行った事ないけどね。
あと、お葬式は大体がお寺さんでしょ? だったら、立派な仏教徒だよね。つまり、大体の日本人は神道と仏教を掛け持ち信仰してるってことにならないだろうか。
まあ、なかには結婚式を教会でやった人もいるだろうし、クリスマスには「メリークリスマス」って挨拶する人もたくさんいるだろう。ってか、メリクリしない僕みたいなヤツの方が現代においては少数派だろ?
二月十四日には、聖ウァレンティヌスにちなんだ、意中の男性に45口径の銃弾の雨霰じゃなくて、チョコレートを渡す行事が、若い女性を中心に行われ、男子はその日、大半の生きた心地がしない男子と、全男子の一割程度の今生極楽の住人となる男子の二種類の男子に分けられるという。
信仰をしている意識はないだろうけど、この、聖バレンタインデーも立派な宗教行事だ。だから、キリスト教も掛け持っているともいえるわけだ。
「では、エフィさんは、後でじっくりと鑑定させていただきましょう」
何かヤバイものが出てきても、安心して対応できるように、エフィさんの鑑定は、後ほどやることを伝える。
「はい、了解でございます。ハジメさんのお眼鏡に適う能力だといいのですが……」
エフィさんは自嘲気味に答え、ソファに座りなおした。
お眼鏡にかなうとかって……、すんごい高レベル僧侶さんなんだろうから、そんなこと心配する必要ないだろうと思うけどね。
「ハジメさん、わたしもイフェ様を信仰していいかしら?」
「ハジメ! わたしも! わたしも!」
お嬢様方が、信徒に立候補してくれた。
「いただくばっかりでは、申し訳ないですから、せめて、祈りを捧げたくて……。私もサラも、既に大地母神ルーティエと商いの神メルキューロを信仰していますけど……」
ヴィオレッタお嬢様の言葉に、エフィさんがすかさず喰らいついた。
「もちろんでございますとも! ヴィオレさん。そして、サラさん。我が教団は、他宗派との掛け持ち大歓迎でございますよ。特に大地母神との掛け持ちはむしろ推奨でございます。それに、どの宗派も信徒が増える分には大歓迎でございます。入信するためには棄教しなくてはいけないなんてことはございませんからご安心を。私たちが信仰するところの、この世界の神々はどの神も、他の神を否定することはございません。まあ、神々の中にも仲の良し悪しはございますけど……ね」
エフィさんが片目を閉じる。いわゆるウィンクってやつだ。その仕草がちょっとだけギャップ萌えの琴線に引っかかって、ドキリとしてしまった。
と、まあそれは置いておいて、なるほど、そうだったんだ。この世界の宗教観って神道に近いんだな。
イフェ様とルーティエ様が親友同士みたいだとか、妙に人間味があったりして。神様同士が親友だったのなら、そりゃあ掛け持ち信仰オッケーだよなあ。
この高僧エフィさんからして、まだ、ルーティエ教団の独立遊撃巡回大主教様辞めてないからなあ。
「じゃあ、僕も、ルーティエ様も拝もうかな」
お嬢様方につられて、僕も、大地母神様を拝みたくなる。せっかく祝福を授けていただいたからね。できればイフェ様と一緒に毎日感謝を捧げたい。
「それは、我らが主上イフェ様も大変お喜びになられるかと……」
エフィさんが破顔する。あとで、エフィさんに正しい拝み方を教わろう。
ぎゅるるるるるうううっ!
突如、僕の腹の虫の鳴き声が、決して狭くはないマスターシムナの執務室中に鳴り響いた。
一瞬の無音の後、誰からかはわからないけれど、今度は噴飯したような音があちらこちらから上がり始めた。
「ぶぶぶっ!」
「ぷぷぷっ!」
「ぷ…っくははは!」
「うふふふふふ!」
「あははははははっ! ハジメのおなかすごい!」
その場のみんなが大笑いを始めた。なんとも恥ずかしい。
「だって、皆さん、腹減りません? 僕らお昼抜いてるんですよ!」
ほんの少しだけ語尾が強くなってしまった。だけど、なんとも締まらないんだけど、それが僕の率直な気持ちだ。
マスターシムナの執務室の窓のカーテン越しに、午後の傾き始めた日差しが洩れ入ってきている。
お昼はとっくに過ぎている。おやつには少しだけ早いだろうけれど、お昼ご飯にはかなり遅い。
「よし、じゃあ、どっかで食事にしましょうか。もうそろそろ、みんなの冒険者タグができてくるはずだから」
マスターシムナが提案する。
「それ、僕のもですか?」
恐る恐る聞いてみる。なにせ、僕は、まだ、この世界のこの国で住民登録さえしていない『存在しない人間』だ。まあ、体は元々存在していた人のものだけど。
「ああ、それなら大丈夫よ。さっき、大主教たちが帰りしなに、カトリーヌのところで、大地母神教団のログクリスタルを使って、ハジメさんの仮の住民登録して行ったみたいだから。大地母神教団の信用で仮免を発行できるわ。まあ、それで、取りあえずFクラスから、始めてちょうだい」
いつの間にそんなことを……。
「あの子のそういう抜け目のなさが、今回の人事での大主教任命につながったんでございますよ。稀に見る優秀な子なのででございます」
エフィさんがフンスと胸を張った。
性格や素行的にかなりアレだと思うけど、そういうことは人事考課に入らないんだろうか?
「そうですか……よかった」
僕はホッとしてため息をついた。僕が、こっちの世界でお役所の書類上でも存在していることになれそうで、だ。
そして、どうやら、僕は、冒険者になれるようだ。
豚肉を一ウマウマとした場合、最低五ウマウマを誇るモンスター肉を食べられる!
そう思った瞬間、再び猛烈に腹が鳴った。
「そ、そうだ、僕、何か作りましょう」
マジックバッグと化した僕の腰の雑嚢には、昨日使わなかった食材がうなっている。
「ハジメ! それ賛成! きのうのプチミートパイおいしかったわ」
「それはいい考えですハジメさん!」
お嬢様方が、いの一番に賛成してくれる。
「え? またハジメが作るのか? うはっ、たのしみだぜ!」
「いいのかしら? ハジメ。疲れているのだと思うのだけれど?」
ルーデルとリュドミラも賛成のようだ。
「はい、非才も賛成でございます。また、お手伝いできれば……」
エフィさんも異をはさまない。盲目的といってもいいなこりゃ。少し怖い。
「なあに? ハジメは料理ができるの?」
おや? シムナさんが食い付いてきちゃったぞ。
「ええ! マスターシムナ。ハジメのお料理はとってもおいしくて楽しいの!」
サラお嬢様が実に端的に夕べみんなで作って食べた餃子を評してくれた。
「あたしもおよばれされていい? 材料やお酒は提供するから」
シムナさんの提案にみんなが諸手を挙げる。
「ようし、じゃあ……」
僕は昨日使わなかった材料で、できる料理を考え始める。
帰り道に屋台で、何か適当に、食事の用意が整うまでのつなぎのファストフードを買って、夕飯に合わせてちょっとしたご馳走を作ろう。
今日は、ヨハン・ゼーゼマンさんのお葬式の日ではあったけれど、みんなが冒険者になった門出の日でもある。
エフィさんによれば、ゼーゼマンさんの魂のこの世からの旅立ちの日といってもいいみたいだ。
なら、ご馳走を作ってお祝いしよう。
『ならば、我もご相伴に与りたいな』
『私も……いいですよね。ハジメさん』
何もない空間から、滲み出すように、光をまとった二柱の女神が再降臨された。
「「「「「「「ええええええええええええええええっ!」」」」」」」
『『また、来ちゃった』』
二柱の女神がてへっと笑い、ぺろりと舌を出したのだった。