『こんにちは、一さん』
『やあ、はじめまして、藤田一さん』
サラウンドで、天上の鐘が鳴り響くような声が頭の中に直に聞こえたきた。
「あ、ああ、お久しぶりです。……っと、はじめまして、え……と、あの、こちらはどちらさまですか?」
神職さんがたにしてみたら、なんて不遜なとか言われそうだったけど、肝心の司祭様方は自失しておられるので、問題なし!
『まあ、そうでしたね、一さんにはまだご紹介してませんでしたね』
見知った笑顔の後ろで大きな鎌が揺れている。
『そうでした、これは失礼。君はわが友生命の女神以外にこの世界の神を知らないのでしたね。我の名はルーティエ、この世界の大地の神と祀られております』
雪のように真っ白な肌に、三つ編みにした真っ赤な髪の毛。サファイアのように真っ青な瞳と、僕を挟んで隣に佇んでいる鎌を背負った神様に負けず劣らずのグラマラスボディ。
僕の両隣には、大地の女神と生命の女神が降臨していたのだった。
「我が主上、大地母神ルーティエ!」
「ああッ、生命の女神イフェ! 我が神!」
エフィさんと、ティエイルさんは滂沱して女神様方を拝んでいる。わんこだったらうれションレベルの歓喜のご様子だ。
『うむ、皆、常の祈り、有難き哉。我が信徒たちへの挨拶は、また時を改めさせてもらってよいだろうか? 今、我が此処に降りしは、我が友生命の女神に追従してのこと故』
ティエイルさんに暖かな眼差しを送りながら、大地母神ルーティエと名乗ったグラマラスな女神様が笑った。
と、同時に、何もない空間につぼみが現れ、見たこともない花が咲いた。うわぁ、これは本当に女神様だ。
「もったいないお言葉! 御真姿に拝謁がかないましただけで、我等、法悦の極みにございますれば、我が主上の御心のままに!」
ティエイルさんが、小さな体を床に叩きつけるように平伏した。
続いて、付き添いの白ローブの二人が、やはり、体を叩きつけるように平伏した。
僕の隣にいるおふたり? いやおふた柱か? が、ほんとうに神様なんだって実感がじわじわと上がってくる。……にしても、おんまことすがたってなんだ?
『通常、神が、地上に降臨するには依り代が必要なのです。私たちがこの姿で地上に降りること自体、地上に及ぼす影響が大きいので……』
「はい、今頃は、大地母神大神殿に座しまする大総主教を始めとする、各地神殿、社の神の声を聞くことができる神職らは、腰を抜かして、嬉しさのあまり失禁していることでしょう」
エフィさんが、切れ長の目を猫の笑顔のように細め、イフェ様の言葉を補った。
ふむ、そういうあなたはどうなんでしょうね? 僕は、一瞬、エフィさんをジトリとした目で見つめてしまった。
「あ……」
エフィさんが顔を耳まで真っ赤にして、僕から目をそらした。
そこのところは、あえて、僕はスルーしよう。うん、かたく心に誓う。
『いやあ、さっき、長年の友人である生命の女神がね、えらく喜んで我に会いに来たのですよ。驚きました。実に良き名と麗しい姿を得ているじゃないですか。特に乳房なんて、大地の化身たる我よりもたわわに実っている』
女神ルーティエは、ティエイルさんたちに語りかけていたときとは打って変わって、ものすごくくだけた口調で僕に話しかけてきた。
僕らには二ヶ月も前のことだけれど、神様にはさっきなんだなぁ。
女神様方のお声、神職さんがたは平伏したままなので、きっと僕の頭の中だけにきこえているんだろうな。
だから、僕も考えるだけにしてみる。
『恐縮です。女神ルーティエ』
声に出さずに頭の中だけで大地母神様に応える。
『へえ、やっぱりなんだねぇ。聞いたとおり察しがいい。まあ、それで、ね、聞いてみたら、今回初めて、我が友、生命の女神が異界人招き担当に抽選で当たって、異世界から人を招こうと何万回と試したんだけど、なかなか眼鏡にかなう者が現れなくて、辟易してしまって、もうやめようと思ってたんだそうだ。実際、やめてしまう神も多いからね」
なるほど、だから招かれ人は稀な存在なワケだ。そういえば、あの花畑の青空教室でイフェ様が同じことおっしゃってたなぁ。
『ええ、ですから、一さんがいらしたときにはもう、天にも昇る心地でした。あ、いけない。私、天に住んでるんでした』
あらら? イフェ様って……、意外と残念系なのかな?
『はははッ! 以前から我が友は、言葉遣いやらが人に感化され易かったからね。で、ようやく招くに足る者が現れてくれたわけだ。君のことだよ一さん』
そう言って、ルーティエ様は、真っ青な瞳を細める。再び女神の周りに花が咲き乱れる。
こんなの少女マンガでしか見たことなかったな。
『これまで、何人もの人招かれ人を見てきたんだけど、君のような人間は稀有だった。で、我が友に名前と姿を献じてくれた君に、お礼を言いたかったのと、我は君に興味が湧いてね。生命の女神の神降ろしをするらしいというので、君に一目合おうと、ついて来ちゃったわけなんですよ。イフェに』
なんか、親友の彼氏を値踏みに来た女友達みたいな感じだな。
『あ、それいい線いってるかも!』
『まあああああッ!」
あ、しまった。僕の考えてることなんか素通しで神様方は聞こえるんだった。
『ははは、ごめんねえ、曲がりなりにも神だからねぇ』
ル-ティエ様は呵呵大笑し、イフェ様が頬を染めた。神様といっても、感情表現が実に豊かで、欧米の宗教の神様とは一線を画している。
『さて、と……』
僕の両脇の女神様たちが、威儀を正して神職の皆さんに向き直った。
『ルーティエの信徒の皆さん、これで、私を祀っていただく教団を興す為のた奇跡認定はいかがでしょうか?』
『我からも頼みたい。この度、献名奉貌を受け、名と姿を得た我が友の為に、どうか祀り社を建てる助力を賜りたい』
二柱の女神様が、頭を下げられる。
「あわわわッ! なんと、勿体のうございます! 我が主上と生命の女神のご所望とあらば、なんの障りがございましょうや! 必ずや御心に叶います様、為遂げ奉りますゆえ、御心安らかならんことを願い奉ります」
ティエイルさんが慌てふためきひれ伏す。
「ルーティエ教団のご助力をいただけるのならば、すでにことは成ったも同じ。我が神におかれましては、どうか、御心、康寧にあらせられますよう、伏して願い奉ります」
そしてまた、エフィさんもまた、声高に宣言してひれ伏したのだった。
『ありがとう。この場の皆に、我、大地母神ルーティエの祝福を!』
『真、欣喜にたえません。私、生命の女神イフェからも、この場の皆に祝福を!』
お二柱の御声が、頭の中に幸福を告げる教会の鐘のように、煩悩を打ち消す梵鐘のように響く。
そして、…………。
二柱の女神様たちが降臨されたときのように、辺りの景色が光の海に沈み、上も下も右も左もわからなくなる。
まぶしさに目を閉じてしまいたくなるのを、必死でこらえている僕の視界から、二柱の女神の御姿が光に溶け込むように消えてゆく。
『ありがとう』の言葉を、何度も何度も繰り返しながら。
やがて、光の洪水が引いて行き、穏やかな午後の日差しが帰ってきたギルドマスターの執務室には、ただ、ただ、滂沱する人々が残されていた。
17/09/02 第18話~第22話までを投稿させていただきました。
次回投稿は本日中に行います。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
なお、本作は『小説家になろう』様にても発表させていただいております。