転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第19話 僕みたいにこっちに連れてこられた人のことを『招かれ人』っていうらしい

「だ、誰ですか? ハジメ・フジタって? 確かに僕はハジメですが、女神イフェからいただいた名前を名乗っているだけで、記憶はありませんが、僕にはアイン・ヴィステフェルトという名前があります。フジタなんて苗字、知りませんよ。そんな日本人みたいな……あ!」

「ハジメ、わたしたちは、フジタという単語が名なのか姓なのか氏なのかさえしらないのだけれど?」

 リュドミラが、ゆっくりと噛んで含めるように、ツッコンできた。

 ああ、しまった。僕にしかわからない事をつい喋ってしまった。

「あとよぉ、ニッポンジンって何人だ? どこの民族だ? あたいたち、この大陸の大概のとこには行ったことあるけど、ニッポン人なんて、噂にも聞いたことないし、見たこともないぜ」

 ルーデルがにひひひ、っと犬歯を覗かせながら、兎耳をゆらす。

「に、ニッポンジンを知らないとは、君等それでもゼーゼマン商隊のメンバーですか? ニッポンジンというのはここから遥か東、大陸の果てから海を渡った黄金の島国ジパングの民ですよ」

「へえ? そりゃすごい! 大陸の東の果てから海を渡ったところに、黄金の国があるんだ?そんなの、特Sランクの探索クエストものよ!」

 シムナさんが目を見開いて、尖った耳をはためかせる。

「その前に、ヴラール大山脈を越える方法を探さなきゃいけないわ」

 サラお嬢様の舌っ足らずな声が、僕を呆れている。

 しまった、この世界に関する知識の無さが墓穴を掘った。

「ハジメ・フジタ。あんた、招かれ人でしょ? 鑑定水晶が黒くなって砕け、砂になったって言うじゃない。前にヴルーシャに現れた招かれ人が、そんなことをしたって記録を読んだことがあるわ」

 シムナさんが僕が何者なのかを言ってのける。

 なるほど、僕みたいに神様に連れてこられるやつが偶にいるみたいだな。んで、そういう人のことを招かれ人っていうらしいぞ。

「な、なんですか? 招かれ人って? 知りませんよ。そんなの」

 そうだ、僕はあくまでも死にかけて記憶を失った、解放奴隷のハジメだ、元荷役奴隷442番でアイン・ヴィステフェルトさんだ。

「招かれ人というのは、ごくごく稀に…何百年とか千年に一回くらいに現れる、異界から神に招かれてやって来る人のことなのだけれど」

 リュドミラが耳を揺らす。

「あうう、僕は……僕は……」

 すっかり追い込まれた。シムナさんの鑑定眼には僕が異界人だってことが映っているんだろうな。

「ハジメさん。ありがとう。私、もう、大丈夫ですよ」

 隣に座っていたヴィオレッタお嬢様が、俺の手の甲に柔らかな手をのせ、眉根を寄せて力なく微笑んだ。

 こういう顔を泣き笑いって言うんだろうな。こういう表情を見せられると、切なくなる。

「はあ……、いつからですか?」

 僕は降参した。こういった、既に相手が全ての退路をふさいでいる場合にする言い訳は、空気の無駄使いでしかないことをよく知っているからね。もっとも、僕はずっと引き篭もりだったから、2ちゃ○での言い合いでしか、経験無いけど。

 特に、多勢に無勢だと、まさに四面楚歌だからキーボードを打つ指を動かすだけ無駄ってことがよくある。僕は専らROM専だったから、言い合いや議論の経験は無いんだけどね。

「もう、ずっと前から……。あなた……アインが、ケニヒガブラに咬まれた時、お父様の目にはアインが確かに死んだと映ったの。お父様は鑑定眼の持ち主だったから……。ケニヒガブラの牙に貫かれて、殆どすぐに死んだと仰っていたわ。ええ、私もあの時、アインの今際の際の言葉を聴いたの。私とサラを見て、『よかった』と言って笑ったの」

「……はあ、参ったな。てっきり、僕の記憶喪失だっていう話を、信じてくれていたと思い込んでいましたよ」

 やはり、ゼーゼマンさんは鑑定能力の持ち主だった。

 僕の体の元の持ち主、アイン・ヴィステフェルトこと、442番がお嬢様方を庇って毒蛇のモンスターに咬まれて死んだそのときに、ゼーゼマンさんはアインの死を見届けた。

 そして、442番が僕となって息を吹き返したときに、ステータスを全部見たのだろう。

 そりゃ、そうだ。確実に死んだ人間が息を吹き返したら、悪霊が取り憑いたか、魔族が乗り移ったかと思うだろうから。

 まあ、そのときに、鑑定眼で見た僕のステータスで、少なくとも僕が442番…アイン・ヴィステフェルトではなかったことが判ったのだろう。

 そして、その晩のうちにお嬢様方と、ゼーゼマン氏のボディガード44番と45番には、僕がアインではないことを伝えていたに違いない。

「でもね、そうやって、アインの姿で動いて、喋っているのを見ていると、どうしてもアインが死んだなんて信じられなくて……だから、一所懸命アインのフリをしてくださっているあなたの好意に、ついつい甘えてしまっていたのです」

 この人たちが、記憶喪失のアインのフリをしている僕のことを影で笑っていたなんてことはないだろうということは、この何ヶ月か一緒に生活をして分かっていた。

 だから、僕がアインじゃないことを、判っていて黙っていたのには、何か訳があるんだろうと思ったら、とんでもなくお人好しだったよこのお嬢様。

 僕は、けっしてアインのフリを積極的にしていたわけじゃない。

 むしろ。442番のことなんかガン無視してた……ってか、全く気にしていなかった。

 そんな僕のことを、受け入れて、それまでと変わらずに接しててくれたんだこのひとたち。

 なんていい人たちなんだろう。

「私ね、ハジメさん。ずっと、アインが死んだこと、受け入れられなかったの。ふふっ、不思議ね、お父様が亡くなったことは、すぐに受け入れて、ご飯も食べられたのに……」

 僕を映したヴィオレッタお嬢様の大きな瞳から涙が溢れ、頬を伝い、流れ落ちる。

 その泣き顔は、ずっと昔に見た、幼馴染の菫の泣き顔にそっくりだった。金髪だけどね。

「姉様……」

 サラお嬢様がヴィオレッタお嬢様の手を握り、そっと寄り添う。

「ん……、大丈夫よサラ……、もう大丈夫」

 そんな二人を見ていた僕の目から、この十何年か殆ど流したことが無かった液体が流れ出て膝を濡らしていた。

「ありがとう、ハジメさん……。私に夢を見せてくれて」

「僕のほうこそ、ごめんなさい。そして、ありがとうございます」

 涙を拭うのも忘れて、僕たちは見つめ合っていた。

 

「まあ、そういうことで、『ハジメ・フジタ』で、冒険者登録ができるんだけど、ひとつ問題があるのよ」

 シムナさんの声に僕らは我に返り、耳まで赤くなった。

 傍から見たら、きっと頭から湯気を出していたに違いない。

「戸籍……かしら?」

 リュドミラが答えてくれる。

「ああ、記録では、招いた神の教団が身元引き受けをして、適当な戸籍を教団の方ででっち上げて……生まれてすぐ修道院の前に捨てられていて、修道院育ちのだったため、戸籍登録が

できてなかったとか……まあ、そんな感じで教団の力技で戸籍登録できたって話なんだけど。あんたの場合、一体どの神に招かれたのか……それがわからない」

「そうか……そればっかりは、どうにもなんねえか……。シムナおまえんとこではでっち上げれられないのか?」

 ルーデルが兎耳を立て、シムナさんに問いかける。

「できないことは無いけど、かなり厄介だね、時間がかかる。そうだな、国の住民台帳からいろいろいじらなきゃならないから、半年はかかる」

 それじゃあ、冒険者登録ができるのは半年後ってことになる。

 僕は一月で金貨三千枚を作らなきゃいけないわけで、それをやるためには、一刻も早くランクアップして、高位冒険者になって、高いランクのクエストをこなさなきゃならない。

 でないと、あのお屋敷を買うお金が用意できない。

「お金のことなら心配しなくていいわ。わたしとルーで、金貨三千枚なら…そうね、三週間もあればでどうにかできると思うのだけれど」

「そうさな…、三日でBランクまで上がって、そっから二週間でAランクの以来を二十件くらいこなしゃなんとかなるかな」

 ルーデルが組んだ脚を揺らしながら頭の後ろで手を組んで嘯く。

 いやいや、無理だよそんなこと、チートかRMTでもしなきゃ無理だよ。

 ってか、俺は、そんな無理なことをしようとしてたのか?

「ハジメさん、もう、無理なさらないでください。これ以上、あなたにご迷惑はかけられませんから……。ね、サラ」

「うん、わたし、あのお家が無くたって全然平気よ。野宿だって平気」

 お嬢様方が僕に微笑んでくれる。

「ハジメさん。私たち姉妹は、アインには命を助けてもらって、あなたには、奴隷として売られそうになっていたのを救っていただきました。それだけで、今の人生であなたに恩とお金を返しきれるか正直判りません。ですから、これ以上あなたに何かしてもらったら、わたしたち、生きているうちに返しきれませんから……」

 

 俺は、カッと胃が熱くなった。

「馬鹿にするな! 俺は、あんたがたに何かをしてもらいたくて、金を出したわけでも、あの屋敷を買おうとしている訳じゃない! 俺はただ、あんたたちが笑って暮らせるようにしたいだけだ!」

 立ちあがり、俺はヴィオレッタを睨みつけた。

 俺は本当に下心なんて無かった。いや、俺だって男だ下心が頭の中をよぎることはある。だが、ヴィオレッタとサラを護ると約束したんだ。死に際に頼まれたんだ。

「ハジメさん?」

 ヴィオレッタお嬢様が目をまん丸にして、俺を見つめる。

「ハジメ。おこらないで!」

 サラお嬢様が大きな瞳に涙をためている。

 やっちまった。俺はものすごい自己嫌悪に襲われた。

 

 し、しまった。女の子相手に僕はなんてことを……。

「す、すみません。僕は……」

「いえ、私の方こそごめんなさい。ハジメさんの自尊心を傷つけてしまいました」

「ごめんなさい、サラお嬢様。大きい声を出して驚かせてしまいました。僕は怒っていませんから」

「ほんと?」

「はい」

「よかった。でも、わたし、今みたいなハジメも好きよ」

 そ、そうですか? 僕的には頭に血が上った僕はあまりすきではないので、お嬢様の前ではなるべくカッとしないようにしたいのですが……。

「それ、ウチで持ちましょうか?」

 またもやエフィさんが、提案してきた。

「話すとかなり長くなるので、結果だけ。生命の女神教団でハジメさんの招かれ人認定をいたします。そうすれば、役所も黙らせられますよね」

 そう話すエフィさんに、シムナさんが鋭い視線を投げつける。

「それは、願ったり叶ったりなんだけど……。じつは、ハジメ・フジタよりも、あんたの方が胡散臭いんだよね。生命の女神教団独立遊撃枢機卿、エフィ・ドゥ・ウィルマ・ヘンリエッタ・ルグさん。あたしの記憶じゃ、あんたが所属しているという教団は存在していない。だが、あたしの鑑定眼にはあんたの身分やステータスがきれいに出てるんだ。どういうことなのか説明してもらえるかな?」

 

「ええ、よろこんで」

 エフィさんが切れ長の目を、糸のように細めて微笑む。

 僕はその笑顔をどこかで見た覚えがあった。




お読みいただき誠にありがとうございます。

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