転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第18話 アイン・ヴィステフェルトが金貨三千枚の賞金首だった件について

「アイン・ヴィステフェルト、あんたは、ヴィステフェルト大公国から、大逆罪及びヴィステフェルト大公殺害容疑で大陸指名手配されてる。そして、生死に関わらず金貨三千枚の賞金がかけられている」

「へ?」

 ヴェルモンの街の冒険者ギルドマスター、シムナさんが口にした内容は、僕の表情を半笑いで固定して思考能力を奪うのに十分な破壊力を持っていた。

「ヴィステフェルト大公国の発表では、当時、大公国陸軍近衛少佐であったアイン・クラウス・フォン・ヴィステフェルトは、指揮下の近衛大隊を使ってグーデターを企て、実父であるヴィステフェルト大公を殺害。更には、大公家の一家ことごとくを殺害して、国を私しようとした。が、ヴルーシャ帝国留学中であった大公の弟、伯爵アドルフ・ヴォルフガング・フォン・ヴィステフェルトが急遽帰国。軍を掌握して、反乱軍が占拠していた大公城に突入、城内で激戦を繰り広げ、反乱を鎮圧。その戦闘でクーデターに参加した将兵は降伏の呼びかけに銃撃をもって答え、全滅を選んだという。ふつうは全兵力の40%の損耗で全滅と言われるんだが、この戦いでは文字通り、全員が死んだ。ただ一人を除いてな」

 おいおい、442番、アイン・ヴィステフェルト! 

 てめえ、なんてはた迷惑な人生送ってきやがった。

 俺は、こっちでうまいもの塗れな人生を送りたくて、イフェ様のお誘いに応じてこっちの世界に生き返ってきたんだ。

 金貨三千枚もの賞金首として逃亡者生活を送るためじゃねえぞ。くらぁ!

「そんな! アインはそんな人じゃありません! 無口でぶっきらぼうで糞がつくほど真面目な人でしたけれど、実のお父様を手にかけるような……」

 ヴィオレッタお嬢様が声を震わせて抗議する。でも、お嬢様のお口から糞なんて単語が出るのはどうかと思います。

 でも、おかげさまで頭に上りかけた血が静まりました。ありがとうございます。

「442番は、融通が利かなくて杓子定規で、ごはんをまずそうに食べる人だったけれど、とっても優しくて思いやりがある人だったわ」

 サラお嬢様がヴィオレッタお嬢様に続く。

「そうね、442番は、そんな大それたことを企てるほど、スケールが大きな男じゃなかったわ」

「街で買い物をしたときに、お釣りを間違えて多くよこした露店の婆に返しに行くくらいだったからな」

 うーむ、442番、これ、褒められてる? 貶されてる?

 でも、442番がみんなから好意をもたれていたことはわかった。

「ヴィステフェルトの銀鷲の高潔さは、周辺諸国の誰もが知っていることだ。その高潔さゆえに、大公に不正があれば、叛乱も起こしただろう。だが、ヴィステフェルト大公の高潔さもまた、周辺諸国に鳴って響いていた。だから、アイン・ヴィステフェルトにクーデターを企てる動機は無いってのが、うちら冒険者ギルドの見解だ」

 え? じゃあ、僕を逮捕するって話じゃないの? ってか、かっけぇ二つ名持ちだったんだ、442番は。

「冒険者ギルド本部は、ヴルーシャ帝国の意を受けたヴィステフェルト伯爵がクーデターを起こして、それを、アインにおっ被せたと見ている。いや、アドルフの与太を信じてるヤツは一人もいないといった方が正しい」

 ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様がホッと安堵のため息をついた。

「けれども三千枚の金貨と、大公国の『新しい特産品』をチラつかせられれば、道理は引っ込むというところかしら」

 リュドミラの推測に、ギルドマスターシムナさんが頷く。

「どういうことですか?」

 ヴィオレッタ様が抗議するようにたずねる。

「硝石…ね。最近、大規模な鉱脈が発見されたってお父様が言ってたわ」

 サラお嬢様が答える。

「流石は『剃刀ヨハン』の娘さんだ。その通り。それが今回のクーデター騒ぎの主な原因だ。いままで、ワインとチーズにバターしか特産品が無かった、大陸でも目立たない国だったヴィステフェルト大公国が一躍注目されるようになったのが、硝石の大鉱床の発見だ。最近、鉄砲ってのが流行り始めたのは知ってると思うが、それに使う火薬の原料がそれだ」

 ああ、黒色火薬の材料か……床下とかに糞尿を数年寝かして抽出するって、ネットの記事で読んだことあったな。たしか、木炭と硫黄と硝石をすりつぶして混ぜて作るんだっな。

 それよりも威力があるB火薬の方が好みなので、そっちの作り方はだいぶ研究したけど、材料の入手が綿以外やたらと面倒なので実行したことは無かった。

「ヴィステフェルト伯爵を傀儡にして、硝石を安価に大量に入手して、火薬を増産する……、軍隊が強化される……強い軍隊を持つということは外交交渉を有利にすることが出来る。もしくは領土的野心の実行。それに、硝石は銃を装備している軍隊を持つ国ならどこの国でも、喉から手が出るくらい欲しがる。つまり、硝石が外交交渉のカードとなりうる……。だから、アインの冤罪での指名手配がまかり通るということですか! なんてこと!」

 ヴィオレッタお嬢様の怒声がギルマスの執務室に響いた。こんなお嬢様は初めて見た。これは、かなり怒ってるぞ。

 よっぽどアインのことが好きなんだな。

 そんなお嬢様を見ていると、アインの体を乗っ取った形の現在の僕は、ものすごく申し訳ない気持ちになってくる。

「ったく、ほんっとヴルーシャは、面倒ごとを引き起こすのが好きだな」

「しかたないわ、だって、そうやって、常に拡大し続ける政策を採らなければ、あの巨大な国を維持できないもの」

 なんかお話が、アイン・ヴィステフェルトの身の上から、世界情勢に変わったぞ。こういう話は、とてもとても苦手だ。カスタードたっぷりのアップルパイが食べたくなる。

 よし、ここから無事に帰れたら、作ろう。

 あ、オーブンが無いから無理か……。

「ええと、みなさん、国際情勢はとりあえず脇において置きませんか?」

 再び物騒な肩書きの返上を申請中の旅の僧侶さんが、提案した。

「あ……、ご、ごめんなさい」

 ヴィオレッタお嬢様が、羞恥にほほを染め、

「おお、あぁ、そうだね」

「あ、ああ…うん」

「そうね、そうだったわ」

 と、ギルマス、ルーデル、リュドミラが気まずそうに同意した。

「よし、で、だ。アイン・ヴィステフェルト……いや、今はハジメと名乗っているんだったか。あんたのことだが……」

 シムナさんが僕に向き直り、仕切り直した。

 って、僕はギルドマスターにアイン・ヴィステフェルトとも、ハジメとも名乗ってないんだけどな。

 まあ、申込用紙に書いた名前を見たっていう可能性はあるけれど。

「公然の秘密ですが、世の中には、稀にあらゆるものの鑑定を行う能力を持っている人がいます。宝物やモンスターの鑑定は重要ですから、そういうひとはとても貴重です。職によって若干差がありますが、レベル及び位階が上がるごとに、その能力が進化向上してゆきます。シムナさんクラスですと、人間相手に能力を行使した場合、氏名職業レベルはもちろん、能力値や健康状態、取得スキルも覗けちゃいます。この能力を持ってない人間からすると、自分を丸裸にされるように感じてしまう人もいるので、まあ、いじめられちゃいますね。ですから、能力保有者は、普通の生活はできません。それこそ冒険者か商人になるしかないですね」

 エフィさんが、ウィンクしながら教えてくれた。

 なるほど、鑑定能力か。シムナさんは、それで僕のことを鑑定して、名前がわかったのか。

「アイン・ヴィステフェルトを冒険者登録することは、現状不可能だ。大陸指名手配の国際犯罪人だからね」

 あ、やっぱりそう来たか。僕の体はもともとがアイン・ヴィステフェルトだったから、能力で、僕はアイン・ヴィステフェルトと鑑定されているはずだ。アイン・ヴィステフェルトは大陸手配の賞金首冒険者になれない。

 犯罪者は冒険者登録できない決まりだから、それは当然だ。

 がっかり感が僕の背中を丸めてゆく。お金を稼ぐ方法を見つけたと思ったのに、糠喜びに終わってしまったからだ。

 あと、五百ウマウマのモンスター肉にあり付けなかった残念感も胃袋を締め上げていた。

「はあ……」

 僕の肩はがっくりと落ちていた。タンクトップがずり落ちるくらいには落ちていたろう。

「でも……」

 こんな状況なのに、明るいヴィオレッタお嬢様の声が響いた。

「うん、そうだね」

 サラお嬢様の鈴を転がすような声が、追従する。

「ええ、そうですとも!」

 エフィさんの声が、凛とお嬢様方の声を支持する。

「ああ、そういうことだな」

 ルーデル? それはどういうことだ?

「そうね、そういうことになるかしら」

 リュドミラ? どういうことになるんだ?

「ハジメさんなら、冒険者になれますよね!」

 ヴィオレッタお嬢様がワケのわからないことを言い放った。

 アインはだめで僕はいいなんて、僕とアインが別人だって証明できなきゃ通らないじゃないですか。

「あ……」

 僕はある可能性に気がついた。それは、ゼーゼマンさんが鑑定能力を持っていた可能性だ。

 そして、もうひとつの可能性。

 鑑定能力を持っている者に、僕は、アイン・ヴィステフェルトではなく、藤田一として鑑定されていた可能性……。

「あ、あ、あ……」

「そういうことだ、ハジメ・フジタ」

 辺境最大の街、ヴェルモンの街の冒険者ギルドマスター、シムナさんが白い歯を見せ、尖った耳をはためかせて僕の名前を呼んだのだった。




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