転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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プロローグ2

 僕が気がついたのは薄い緑の壁に床の部屋のベッドの上で、仰向けに寝かされているデブの上空1.5メートルくらいだった。

 そのデブの顔は布で覆われていてよくわからなかったけど、右手がざっくりと切れていて骨が見えていたのと、腹が裂けて、腸がはみだしていた。

 デブの周りに緑色の頭巾と割烹着を着た人が何人もいて、リーダーみたいな人が指示を出しながら、胸に開けた穴に手を突っ込んで握ったり開いたりしていた。

「戻って来い。戻って来い!」

「ふじたさぁん! しっかり! ふじたはじめさぁん!」 

 それが、この世で聞いた最後の言葉だった。

 

 危うく僕は、自分の名前まで忘れてしまうところだった。

 

 ありがとう。緑の頭巾の割烹着のお姉さん。

 

 自分の名前を女性に呼んでもらえるなんて思いつきもしなかった。

 けっこう幸せな気分だよ。

 ……ありがとう。

 

 

 再び意識を失った僕が気がついたのは、きれいな花畑の中にある黒板と教壇の前だった。

 僕はそこで、学校にいるときみたいに座っていた。

 机とイスは中学のときに使っていたものだ。ただ、机には落書きがないし、イスに画鋲もない。

 へえ、画鋲がないイスってけっこう座り易いんだな。

「藤田さん、お待たせいたしました?」

 突然、空間が襖みたいに開いて、誰かが入ってきて、僕に聞いてきた。僕には誰が入ってきたのか判らなかった。

 だって、見えないからね。

 普通ならここで、びっくりとかして、パニクるんだろうけど、それって、生存本能がすることなので、生憎と、もう死んでいることを自覚して諦めている僕は驚かなかった。

 死んですぐに聞いた声が女性の声なんてうれしいなぁ。

 女の人の声なんて、もっぱらアニメやエロ動画でしか聞いた事がないからなぁ。

 生声なんていったら「いらっしゃいませ」と「おまたせしました」に「ありがとうございました」といったテンプレしか聞いたことがない。

 ましてや、僕の名前を呼びかけてくれるなんて、さっき、僕を見取ってくれた緑の割烹着のお姉さんしか経験がない。

「すみません、どなたかは存じませんが、僕にはあなたが見えないんです。それから、僕もたった今気がついたばかりですので、待っていたのかどうかも判りません。ですから、主観的時間経過で言えば、待っていません」

 フックククッ……と、鼻から笑いを吹き出すような音がした。

 たぶん僕の答えが、何らかのツボにはまったんだろう。

 いいことだ。人の役に立つような人生を送らずに死んでしまった僕は、人を(人かどうかはわからない。この場合7:3で神様だろう)笑わせるという僕的偉業を成し遂げた。

 本当に思い残すことはない…………、いや、ひとつだけあった。

 隣の幼馴染の「保志埜菫」がたまに作って持ってきてくれたアップルパイがもう一度食べたい。

 売れっ子のアイドルのくせに、よくそんな暇があったもんだ。そんな暇があったら休んで彼氏とデートでもしたらいいのにといつも思っていた。

 菫が作ってくれたアップルパイは、マニアと言ってもいいくらい、カスタードが大好きな僕仕様の、焼きリンゴとパイ生地の間にたっぷりとカスタードを敷き詰めた、スミレスペシャルだった。

 僕は猛烈にそれが食べたい。

「うーん、それは残念だけど……」

 僕の頭上40センチくらいのところから、女の人の声が聞こえた。

 先生が座っている生徒に話しかける位置だ。

 それに、どうやら僕の心が丸判りみたいだ。

「はい、その通り。貴方は自分が置かれている状況を正確に把握して、適切な答えを導こうとしています。心を読まれていることも素直の受け入れ、取り繕おうとしないのも好感大です。こういった状況で、そういう思考をされる方は非常に稀でして、やれ、元に戻せだの、プライバシー侵害だの、転生したら、俺TUEEEEEにしてくれだったりと実にめんどくさい方ばかりでした。その点貴方は実に好ましく常軌を逸している。生前のあなたの記録を見ると、全てを諦めて、食べることのみに欲望を向けていたとあります。そんなあなたに、提案なのですが……」

 

「辞退します」

 僕はかぶせ気味に言った。

 

「え、えええ?」

 あからさまにうろたえている気配が伝わってくる。

「もう、人生やるなんて懲り懲りだから! あんな人生やるくらいなら。地獄で獄卒に追いかけられてる方がよっぽど楽しそうですよ。ダイエットにもなりそうだし。えーっと、神様でよろしいでしょうか? 僕、死んでもデブのままじゃないっすか。とある宗教的には、暴食の罪の報いだっておっしゃるでしょうから、文句は言いませんけど……。でも、僕、そっちの信者じゃないし……」

 なんか言ってて悲しくなってきたぞくそ!

 突然、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。

「ん?」

 なんか、体が軽くなったような気がする。

 下を向いてみると、突き出た腹で、この十年間見えなかった股間が見える。腕を触る。二の腕の振袖がなくなっている。生きてたころより細くなって筋肉が掴める。

「これでいかがでしょうか? 貴方の記憶にある一番細かったころの体型を参考に再現してみました。ただ、太っていたことでついた筋肉まで減らしてしまうとちょっと都合が悪くなると思いまして、それは、据え置かせていただきました」

 神様なのにずいぶん僕に対して腰が低くない? 神様だったらもっと、偉そうでも僕は反感を持ったりしないけど。

「えーっと、実を言いますと、私は貴方の認識で言うところの異世界から、貴方を迎えに来たのです。そこには、神殺しなんて言う私どもにとって物騒極まりないものがございまして……あッ…あは、あはははは……」

 神様は、余計なことを言ってしまったというように、愛想笑いをした。

 まあ、僕にはそんなものおそらく関係ない。もし手に入ったとしても、こんな善良そうなお方には絶対刃を向けたりしないだろう。

 僕と僕の大切なものにとって害をなすような方でなければ。

「ああ、その辺は安心していただいてけっこうですよ。生命の誕生や天命寿命以外で私は、生命やその活動にかかわる免許がございませんから」

「え? 神様って免許制なんですか?」

「あら? 御存知ない?」

「ええ……」

 

 神様が免許? 何、そのマンガみたいな設定。

 




読んでいただきありがとうございます。

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