転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第12話 肉球はいつまでも触っていたいくらいに柔らかくて心地いい

「ハジメが料理を外にぶちまけてたときにさ、コックがあたしたちのとこにやってきたんだ」

 44番がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、ツボを持ち上げてあおる。中にはきっとワインが入っているんだろう、口の端から赤い液体が一筋流れている。

「当初はえらい剣幕で怒ってましたけど……」

 エフィさんもまたニヤニヤと笑い始める。

「お店にみんなで入るために、ハジメがあたしたちの隷属契約を解除したって言ったら……」

「厨房に連れて行ってくれて、あるだけの食材を下さったのです。今日は店じまいだって言って」

 エフィさんは切れ長の目を細めて、くくくっと喉を鳴らす。

「それでも金貨三十枚にはとても足りないから、今度また、食べに来て欲しいって言ってたぜ」

 そうか、あの店の主人は厨房にいたのか。ヴィオレお嬢様を突き飛ばしたのは雇われマネージャーとかそんな感じのやつだったんだな。

 

「ああ、もちろん酒と果汁もたーっぷり貰ってきたぜ」

 44番が、白い歯を見せて猛獣のように笑い、また一口、ツボのワインをあおった。

「ありがとう44番、エフィさん。僕、今日はみんなにお腹を空かせたまま夜を過ごさせてしまうのかと思って、申し訳なく思っていたんです」

 素直に44番とエフィさんに頭を下げる。

「まあ、まあ、まあ、そんな……頭をお上げになってくださいまし」

 エフィさんがあわあわして僕に笑いかける。

「っとによぉ、死にかけてからこっち、最近のお前はちょーし狂うんだよなぁ。前のお前は……442番はもっと違ってたぞ」

 グビリとワインをあおって44番が悪態をつく。お屋敷に帰るまで残しておいてくれるとうれしいんだが……。

「そうね、少なくとも、わたしたちになんて簡単に頭を下げることもしなかったし、頭にきたからって、三十枚もの金貨を捨ててまで、あんなことをしなかったわ」

 44番からワインのツボを取り上げ、リュドミラも一口あおる。

「ましてや……私と、サラを救うためとはいえ、二万枚もの金貨を支払うなんてこと、絶対するような方ではなかったわ。アイン・ヴィステフェルト!」

 エフィさんからバスケットを受け取り、ヴィオレッタお嬢様が、この体の元の主の名を呼んだ。

「ま、まあまあ、皆さん、とりあえずお屋敷にに帰りましょう。死にかけると人格に変調をきたすという症例はたくさんあるそうですから。きっと、ハジメさん…アイン・ヴィステフェルトさんもそういった例なのかもしれませんから」

「そ、そうですね、わたくしったら……ごめんなさい、ハジメさん……あの、これくらいならいいかしら? わたくし、アインに対してもこんな感じでお話してたのよ」

 すまなそうに笑うヴィオレッタお嬢様の笑顔は、少し寂しそうだった。

 と、とりあえず助かった。かなり切羽詰った状況に追い込まれていた感があったが、エフィさんの取り成しでそれ以上お嬢様方が僕について追求することはなかった。

 アイン・ヴィステフェルトか……。

 人生の中途採用だと、こういう不具合があるのか。

 僕が転生してくる前の人格なんて考えてなかったな。

「みんな、ごめんね。実はケニヒガブラに咬まれる以前のこと、あんまり覚えていないんです。余計な心配かけたくなくてずっと黙ってたけど……」

 ここはとりあえず、記憶喪失と、いうことにしておこう。実際、442番ことアイン・ヴィステフェルトの記憶は、僕には無いわけだからね。

「ああ、確か、そんな症例もありましたね。王都の大地母神施療院の治療記録を閲覧したときに、いわゆる生き返り……一度、心の臓が止まって、しばらくしてから動き出した方の治療記録にそんな事例がありましたね」

 エフィさんが、僕のでまかせにナイスフォローを入れてくれる。

「私、生命を司る女神『イフェ』の使徒でございますから、生き死にに関わるそこいら辺のことは専門ですから、施療神官とはツーカーなのですよ」

 エフィさんがウィンクする。

「そ、そうなのですか……記憶がなくなるなんて……」

 ヴィオレッタお嬢様は眉をひそめて項垂れる。

「あたしは、442番よりハジメの名前を神様からもらった後のハジメが好き! だって、優しくておもしろいんだもの」

 44番からパンやパスタ(たぶん)とかが入ったバスケットを受け取って、両手に提げ持ったサラお嬢様の明るい声が、僕よりも頭二つ分低いところから、心地よく耳朶を揺らす。

 鈴を転がすような声ってこういうのを言うんだろうな。

「そうね、ハジメになる前の442番は良くも悪くも真面目で働き者だったわ、悪く言えば、融通が利かない頑固者。ハジメになってからは……」

「はははっ、働き者は変わらないけど、どっか、フワフワしてつかみどころがない。浮世離れしてるって感じだな」

 リュドミラと44番が顔をほんのり朱に染め、僕の人物評をあてにでかいツボのワインをウビウビと飲む。たのむから、僕らが飲む分は残しておいて下さいよ。

「ふふふっ、今だって……」

「そお、今だって、あたしたちがワインを飲んでいるのを全然とがめない」

「442番なら、ツボを取り上げて、いやみったらしいお小言を半刻は垂れ流しているところだわ」

 442番はずいぶんと真面目な性格だったようだ。いや、僕だって、自己評価ではかなり真面目だと思うんだけどな。

「そうですね。ハジメさんを名乗り始めてから、お料理もかなり上手になって…以前は、食事なんて、腹が減るから詰め込むだけみたいな……」

「そうだよ、ごはんのときは、いーっつもしかめっ面してたんだよ」

 なんてもったいない! 全人生のかなりな割合を占める食事の時間を、そんなに楽しんでいなかったなんて! 442番は人生を楽しむことを放棄していたのか? ああ、まあ、荷役奴隷じゃ、人生を楽しめっつても無理か……。でも、だからこそ食事の時間は楽しいほうがいいんじゃないのかな?

「あのぉう、ハジメさん。神様からお名前をいただいたというのは、どういうことなのでしょうか?」

 僧侶として聞き逃せないネタだったんだろうな。エフィさんが食いついた。

「ハジメはね、死神様から名前と命を貰ったんだって」

 サラお嬢様が、無邪気に答える。

「えええッ! 死神様って……?」

 エフィさんが切れ長の目をまん丸にして、頓狂な声を上げる。

「うふふふん! ああ、ごもっともだわその反応」

 リュドミラが笑う。

「かかかかッ! たしかにそーなるな!」

 44番がまた、ワインをあおって笑う。

 残ってる? ねえ、僕の分残ってる? 言いたくはないけど、それ、僕の金貨で買ったようなもんなんだからね!

 僕は、ため息をついてエフィさんに向き直る。

「ゼーゼマンさんのキャラバンが東へふた月ほどの土漠を通ったとき、ケニヒガブラに咬まれて死の淵を彷徨いまして、その時に、死神様……イフェ様と名乗られた女神様に今一度の命と、名前をいただいたのです」

「なんですってええええええええええええええええええええええええッ!」

 うん、当然そうなると思ったよ。

「ハジメさん……いえ、ハジメ様ッ!」

 エフィさんはその場に平伏した。ああ、エフィさん、リュック、リュック! 食べ物こぼれてますから!

「あの、エフィさん、お願いですから頭を上げてください」

「は、はい、かしこまりました。ああなんという至福。女神イフェに名と命を授かったお方と知己を得るなど、教団史上初のことです。だから、皆さんイフェ様のことを知っておられたのですね」

「えへへへッ!」

 サラお嬢様は、フンスと鼻息荒く、得意気だ。

「で、で、ハジメ様! 女神イフェはどのようなお姿でしたでしょう? 受名命されたときお会いになっておられるのですよね!」

 エフィさんは、土下座を解除しはしたけど、恐慌といってもいいくらい興奮状態だ。

「まあ、まあ、エフィさん。それはお食事をしながらゆっくり聞きましょう。ワインは戒律に反してはいませんよね?」

 ヴィオレッタお嬢様が、44番からワインのツボを奪い、エフィさんに飲ませる。

「はあ、はあ、はあ、私としたことが……すみません。約束ですよハジメ様! イフェ様こといっぱい教えてくださいよ!」

 うわあ、これ、絵本の朗読をせがむ幼女だ。

「はい、食後のお茶かお酒でも飲みながら、お話しましょうね」

 絵本の朗読をせがむ幼女をあやすように僕はエフィさんを宥める。

 いや、幼女に絵本を読んであげたことないけど。

「ああ、そうだ。どこかで薪を調達しないと、竃が……」

 そういった僕の後ろから。

「これくらいあれば、お風呂を沸かしても二三日は大丈夫だと思うのだけれど」

 リュドミラが薪の山を背負っていた。

「リューダ! いつの間に?」

「エフィさんが騒ぎ始めたときよ。ちょうど雑貨屋が店を閉める直前だったから、あなたから預かっていた金貨で買ってきたのだけれど」

「GJだよリューダ。よかった料理ができる」

「GJ? なにそれ?」

「いい仕事って意味」

 そう答えるとリュドミラは、ヴィオレッタお嬢様からツボを取り上げて一口あおって笑った。

「え? ちょっと待て! なんだよそれ! いつの間にリューダのこと名前で呼ぶようになっったんだ?」

 今度は44番が噛みついて来た。

「ああ、44番たちが追いついてくる直前くらいかな。できたらでいいんだけど44番も僕に名前を教えて欲しいな」

 赤い顔でふくれている44番に答える。

「そんな、ことのついでみたいに、言われて教えられるか! 馬鹿!」

 うわ、へそ曲げちゃったよ。やばいなぁ、僕は、女性とお付き合いしたことがないから、機嫌のとり方を知らない。

「こういうときはね、ハジメ。下手に言い訳しないで、『ごめんなさい』でいいのよ。そして、この子にはお酒」

 リュドミラがウィンクして教えてくれる。僕は素直に従う。そして、リュドミラからワインのツボを受け取って。44番に差し出す。

「ごめんね44番。これ、全部飲んでいいから。きみのこと蔑ろにしてたわけじゃないから。むしろ、こんなにたくさんの食べ物運んできてくれて、感謝してるよありがとう。僕、気が回らなくて……」

 そこまで言ったところで、僕の手からワインのツボが消え去った。

 再び44番の手に戻ったツボは、その内容物を大きく減じる。

「ルーデル」

「え?」

「あたしの名前。ルーって、呼んでいい。みんなもだ」

 頬を染めて44番ことルーデルがぼそっとつぶやくように言った。

「うわぁ! 44番と45番のお名前初めて知った」

「そうね、お父様しか知らなかったもの」

「よろしくねリューダにルー!」

 サラお嬢様の明るい声が、一瞬にして空気を変える。

「よろしくな、サラ、ヴィオレ」

「あらためましてよろしく。ヴィオレ、サラ」

 二人の耳が揺れる。

 ヴィオレッタお嬢様も二人の獣人に微笑みかける。

「うん、ルー。これからもよろしく」

 僕は右手を差し出す。

「おう」

 ルーデルはワインのツボを傾けながら僕の手を取った。

 その手は、二十人からの愚連隊を瞬時に叩きのめした戦闘獣人とは思えないほど柔らかく、赤ん坊のほっぺたみたいにプニプニしていた。

 肉球ってこんな触り心地なのかな? だったら、いつまで触ってても飽きないだろうな。

 

 そうして、僕たちはゼーゼマン商会のお屋敷に帰ってきた。

 

 さあ、お腹の減り具合も限界だ。

 目いっぱいうまいものを作って、みんなに食べてもらって。僕も食べまくるぞ。

 門をくぐりながら僕はそう誓うのだった。




17/08/31深夜 第8話~第12話まで投稿をいたしました。
本作をお読みいただきました誠にありがとうございます。
次回投稿は本日午後になるかと思います。
なお、本作は『小説家になろう』様にても掲載させていただいております。

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