「「「「「「「んまあああああああああああああぁっ!」」」」」」」
ちゅどん!
と、いう爆発音を伴うように、この世のものではない花が咲き乱れ、ゼーゼマン家のバンケットルーム改め大食堂(僕が勝手に新しい食堂をそう呼称している)を埋め尽くし窓という窓、ドアというドアから溢れ出した。
「こらあっ! おまえらこの花、どうにかしろぉッ!」
ルーデルが花に溺れながら叫ぶ。他のみんなも、かくいう僕もあの世の花の海で溺死しかけている。
しかし、女神様……もとい、女神様の使徒様方をおまえら扱いするなんて、ルーデルは相当のもんだ。
奴隷落ちして資格を失効したため、冒険者をもう一度Fランクからやりなおしているとはいえ、SSSランク冒険者ってのは、規格外の存在なんだな。
「ぬかった、我としたことが!」
「まあ、まあ、まあッ! ごめんなさい!」
「むうッ! 然知ったり」
女神様……もとい、使徒様方が羞恥に顔を真っ赤にして我に返る。
次の瞬間、辺りを埋め尽くしている花弁が光の粒子となって泡と消え、僕らは花弁の泥沼での溺死の危機から脱出できた。
「ふう、これで落ち着いて『らーめん』を味わえるのだわ」
リュドミラが、ほうっと、溜息をついて丼の中に箸を入れ、ヴェルモン製麺所謹製の太麺を摘み上げる。
数回上下させ、尖らせた唇でふーふーと息をふきかけ冷まして、勢いよく啜りこんだ。
その所作はまるで、昼に夜にお気に入りの店に集うラーメンマニアのようだった。
(いや、それはおかしいよね。みんなお箸の使い方なんて誰に教わったんだよ? 僕は誰にも教えてなかったよね。ってか、その箸の使い方ものすごく堂に入ってるってんだけど)
「「「「「「「ズズズッ! ズズーッ!」」」」」」」
「…………あ?」
それは、おそらく、この世界で初めて集団的にその行為が行われた瞬間だった。
辺境最大の街ヴェルモンの住宅街の小高い丘にあるゼーゼマン邸の大食堂に麺料理を啜る音が響き渡ったのだった。
僕は自分の分のオークこつラーメンを食べることを忘れて、呆気にとられていた。
このラーメンを食べることを、何日も前からものすごく楽しみにしていたのにだ。
「ぢゅるるる、ぢゅッ、ぢゅるるるるーッ!」「じゅるッ、ずずッずるる、じゅるるるッ!」「ずずっ、ずずずーっ」「ちゅるっ、ちゅるる、ぢゅるるるっ!」「ずぞっ、ずぞぞぞぞぞッ」「ずずずッ、ずずーッ!」「ズルルッ、ジュルルル!」
皆が皆、器用に箸を繰り、夢中でオークこつラーメンを啜り、咀嚼してはまた啜り込んでいた。
「おほおおおッ!」「んはうぅんッ!」「まあああっ!」「ふわああぁッ!」「ぅむおおおおッ!」「んきゃふううッ!」「ふむむむうぅッ!」
その光景は、いつの間にか元の世界に帰還したのではないかと錯覚するほどだった。
それほど、違和感なくみんながラーメンを『日本人みたいに』食べていたのだった。
「まるで日本のラーメン屋さんにいるみたいだ」
思わずそう呟いた僕に、ヴィオレが微笑む。
「うふふッ、私、密かに『はし』の使い方特訓してたんですよ。でも、なかなかハジメさんみたいに使えなくて困っていたんです」
それがなぜ、今、こうも日本人みたいに使えているんだ?
「イフ……、使徒イェフ・ゼルフォ。そろそろハジメ君に種明かししてあげたらどうだい? ハジメ君のラーメンがのびてしまわぬ内に、さ」
「使徒イェフ・ゼルフォ、それがよかろうかと。なに、ハジメは怒りませぬよ。あなたが見込んだ者ですから。あいすくりん」
使徒ヘミリュ様が、僕に湿った視線を絡ませてくる。
はい、はい、そんな心配そうな顔しなくても、お約束どおりちゃんと作ってありますから。
「まあまあ、種明かしは後でということで、今はハジメさんが作ってくださった。この世界初のラーメンをいただきましょう」
生命の女神イフ……もとい、使徒イェフ様が、はふはふと厚切りチャーシューをほおばりながら使徒エーティル様と使徒ヘミリュ様にウィンクする。
「あ……そうだった!」
兎にも角にも今は夢にまで見たラーメンの実食だ。それが最優先だ。何でみんなが箸を使えるようになったかとかのお話はとりあえず脇において、今はオークこつラーメンに集中だ!
「ふう……」
僕は軽く息を吐いて、丼の上に鼻先を突き出し、湯気を吸い込む。
「ふはッ……」
そのツンと甘酸っぱくこうばしい香りにクラクラと眩暈を催してしまう。
さすがは、豚を1ウマウマとした場合のに5ウマウマを誇るオークで摂った出汁だ。
元いた世界のとんこつラーメンの香りを1ウマウマとするなら、確実に7ウマウマ超えていた。
「ふははッ、ふはははははははッ!」
思わず昭和期のアニメに出てきた主人公のような高笑いが漏れてしまう。
ハッとして、見回したけれど、誰もそんな僕の高笑いを気に留めることなく、せっせと胃袋をオークこつラーメンで満たすべく箸を使っている。
僕は、悪戯の発覚を逃れた子供みたいな気分で丼を覗きこむ。
「さぁて、と」
箸を構え、どこから手をつけようかと、僕は改めて手元にある大ぶりの丼(正確には丼に似た陶製のボウルだが)の中のおそらくは異世界初のラーメンをまじまじと見つめるのだった。
19/01/06 第102話 流石5ウマウマ! オークこつラーメンは香りだけで丼一杯のご飯がイケます の公開を開始しました。
毎度ご愛読ありがとうございます。
次回は、なぜみんなが箸を使えるようになっていたのかと、ラーメンの麺についての謎解き回の予定です。