「さあ、みんな揃いましたね。ちゃんと歯を磨き顔を洗いましたか? 汗は流しましたか? では、神と食事を作ってくださったハジメさんたち。そして食材に感謝ししていただきましょう。いただきます!」
「「「「「いただきまぁす!」」」」」
食堂ホールに明るく元気な少女たちの声が響いた。
今朝のメニューは、ライ麦のパンにバターとりんごのジャム。茹でたソーセージにスクランブルエッグ。茹でたブロッコリーと酸っぱい刻みキャベツ。カブとニンジン、じゃがいものスープ。それからオレンジみたいな果物の果汁だ。食後にはお茶を用意してある。
スープは、本格的な出汁をまだ用意していないのでベーコンを入れてそこから出汁が出るのを期待している。
元いた世界のベーコンと違い、こっちの世界のベーコンは保存食の意味合いが強いので、塩がけっこう効いていて、かなりスモーキーだ。
元いた世界でも僕はスープの素を使わずに自作のベーコンや自作のソーセージでポトフを作ったりしていた(スープの素が切れたりしたときの非常手段だけどね)。
味付けはベーコンとソーセージから出る出汁と少々の塩。
ベーコンは西洋の鰹節とも言われているだけあって、それだけでも十分にうまかった。
だから、濃い味のこっちのベーコンには、出汁の素として更に期待ができるってワケだ。
「おいしいッ!」
「はあぅ、こんな朝ごはん、お祭りの最中でもなきゃ食べられないよ」
あるいは満面の笑顔で、そしてまたあるいは涙ぐんだ笑顔で少女たちが勢いよく器を空けてゆく。
こんな朝早くからものすごい食欲だと感心してしまう。
ちなみに今の時間は、元の世界の概ね午前6時ぐらいだ。
少女たちは大体午前4時半くらいには起き出して、お屋敷の掃除を始める。 誰に言われたわけでもなく、それが当然のことのようにお屋敷を全部きれいに磨き上げてくれる。
少女たちがお屋敷の掃除やら、洗濯やらの家事全部をやり始めた当初、ヴィオレッタお嬢様もサラお嬢様も、そんなことはしなくてもいいとおっしゃっていたが、少女たちは頑として聞かず、いわゆるメイドのお仕事をし続け、もはや、お嬢様方も少女たちがメイドをすることを止められなくなっていた。
そして、掃除が終わると、エフィさんの指導で体術の練習をして、身支度を整え、5時半ぐらいに厨房にやってくる。
人間の女の子たちは農村部や貧民街の子達ばかりなので、朝早くから労働に出る習慣ができている。
獣人の子達にしても、狩の手伝いや開墾などの森での暮らしもやはり朝が早い。
だから当然ここでもみんなものすごく早起きだ。
「んはぁッ! ご主人様のスープは本当においしいのです」
「おいしいね! おいしいねぇッ!」
「たまごのぐちゃ焼きもおいしいよぅ。お姉様がたが言ってたことほんとうだったね!」
「ご主人様のおかげで、毎日おいしいものがたべられるね!」
「字が書けるようになるなんて、あたい、夢でも見たこともないよ」
「あたし、ゴブリンの穴から助けられてからこっち、ずっと夢見てるみたい。毎日おいしいごはんをおなかいっぱい食べて、字や計算を習ってるの」
「ばぁか、夢がこんなにおいしいわけないじゃんか! こんな味、夢なんかじゃあじわえないよッ!」
そんな少女たちの会話があまりにもかわいらしくて口角が上がってしまう。
この数日、食事のたびにこんなやり取りが少女たちの間で交わされるのが常となっていた。
いいかげんに、僕のことをご主人様扱いするのはやめてほしいんだけどな。
「ウィルマ先生! おかわりしていいですか?」
そしてまた、エフィさんは少女たちに勉強を教えているせいか、すっかり担任の先生になってしまっていた。
戸惑った視線を僕に送ってきたエフィさんに、にこりと笑い頷き返しながら両手を広げる。
食べ盛りの少女たちが三回ずつお代わりしても余るくらいの量を用意してあるから大丈夫だ。
「ええ、もちろんいいですよ。ハジメさんが皆さんのためにたくさん用意してくださいましたからね」
いやいや、給食みたいなこんなにたくさんの食事の用意なんて、僕一人じゃ無理だからね。
「みんなが作るのを手伝ってくれたからいっぱい用意できたんだよ。たくさん食べてね」
ヴィオレッタお嬢様にサラお嬢様、エフィさんと少女たちの協力なくしては、これだけの分量を用意するのは無理だったろう。
「「「ぅわぁい!」」」
歓声がホールに響き渡った。
少女たちが朝食を終え、いまや常設の教場となりつつある中庭に出て行ってから少しして起きてきたリュドミラ、ルーデルと一緒に今度は僕らが食事をする。
メニューは少女たちと全く同じものだ。
そうして、全員が食事を終えるのが大体7時半ぐらいだ。
「しゃッ! じゃあ、行ってくっか!」
「そうね、帰りは夕方くらいになると思うわ」
「いってきまぁす!」
ルーデルとリュドミラ、そして、サラお嬢様が冒険者ギルドへと「出勤」してゆく。
僕たちがまとめて請け負ったクエストのうち「青」に分類した依頼をこなすためだ。
その大体がメッセンジャーや薬草の採取、日帰りの護衛や害獣駆除などの初心者クエストばかりなため、サラお嬢様とルーデル、リュドミラの三人が中心となって毎日出掛けているのだった。
大荷物や回復職が必要なときは僕やヴィオレッタお嬢様も加わることがあるけれど、基本的に僕らはお留守番でお屋敷でみんなの帰りを待ちつつ、食事の用意をしたりしているのがスタンダードな一日の暮らし方となりつつあった。
「ふぁあ……」
僕は大きく口を開け欠伸をして、竈の火を消す。
トンコツスープが炊き上がったのだった。
「できたんですか?」
振り向くとヴィオレッタお嬢様が厨房の入り口で微笑んでいる。
「ええ! ようやくです。後は、夕方に製麺所へ行って頼んできたものをとって来て……」
鍋に向き直り、炊き上がったスープをかき回し、白濁具合を確かめる。うん、久しぶりに作った割にはいい感じになっている。
昨日作ったチャーシューを漬けていた醤油で味付けして飲んでみよう。
ヴィオレッタお嬢様にも味見してもらって感想を聞きたいな。
「うふふッ……どんなお料理なのか楽しみです」
「お口に合わないかもしれないから、もしものときのために、すぐに出せる料理を作ってマジックバッグに待機させておかなきゃいけませんけどね」
「まあ、そいうことでしたら、予備の用意をお手伝いします」
「ええ、ありがとうございます。ヴィオレッタおじょう……」
さま…と言いかけた僕は、思わずしてしまった失言に顔から血の気が引いていくのが自覚できる。
夜叉のように面貌を怒色に染めたヴィオレッタお嬢様に全身の皮膚が粟立った。
「ハジメさん!」
「うはッ、はいッ!」
反射的に気をつけをする。直立不動で目を見開き、ヴィオレッタお嬢様がダンダンと足を床に叩きつけながら近づいてくるのを見つめる。
「もうッ! わたし、いいかげん怒りますッ! ハジメさんはわたしの使用人でも、目下の者でもないんですよ! むしろ、わたしの方がハジメさんの使用人で奴隷でハジメさんのことを目上の方と奉らなくてはいけない立場なんですよ! それなのに、いつまで、わたしのことをお嬢様扱いしてくれやがるんですか!? ハジメさんだって、ダリルちゃんたちにご主人様って呼ばれるのやめて欲しいって言ってるじゃないですか!」
あ、ヴィオレッタ様が本格的に怒った。
この後僕はたっぷりと小一時間ヴィオレッタお嬢様……もとい、ヴィオレのお説教をくらうことになったのだった。
2017/10/22 第93話~第97話をアップいたしました。
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