第壱話 花開く前の蕾
「転生……ですか?」
『そうです、貴方には過去に転生して歴史を変えて頂きます』
ふと気付けば俺は何処かよく分からない建物、見た所神社の社の様な所にいた。いつの間に拉致されたのかとも思ったがそれがどうも違う様でいつの間にか目の前には1人の女性が正座していたからである。
で、話があるとの事で座る様勧められた為俺も彼女に習って床板に正座しその話を聞いた所、どうやら自分は死んで魂だけになった存在でありそれを偶然見掛けた彼女が拾って此処まで連れて来たらしい。でそこまで言ってもらって漸く気付いた事だが彼女、神様だったらしい。確かに見た目は大和撫子そのものであり着ている服も巫女服というかそういう神職系が着ている服に近い物で言葉遣いも何処かの皇族の様に丁寧である。ただそう言うっぽいオーラはない様な……と思っていたら「必要ないかと思いまして、それにアレをしようとしたら少し疲れるんです。でも納得出来ないのであれば出してみましょうか?」と言われむしろここまでされて信じれない方がおかしいのでそこは丁重にお断りした。
ここで話は冒頭に戻り……
『変えて欲しい年代は凡そ1940年頃……丁度第二次世界大戦の頃と言ったら分かりやすいですか?』
そして今はここに辿り着いていた。そして彼女の要求は歴史───即ち日本の太平洋戦争の敗戦の結末を変える事、その対価として自分に
「ですが俺……私は理系ではありますがただの大学生ですよ?そんな私が過去にいっても何かを変えられるなんて……」
『その辺りは私もサポート、所謂“転生特典”を渡しますので大丈夫です。それに貴方には他人より多くの“知識”があるでしょう?』
確かに自分には“知識”がある。大学は一応理系を選んだが実は文系、特に地理と日本史、世界史、更に詳しく言えば彼女が要求した西暦1940年代つまり日露戦争辺りから第二次世界大戦や太平洋戦争については軍艦好きや戦闘機好き等の趣味も相まって自信を持って得意であると言えるくらいには得意である。だが現実はそう甘くはない、知識だけあってもチカラがなければどうする事もできない。例えば誰か───歴史の重要人物である山本 五十六や東条 英機、天皇陛下───に打ち明けようにもそれなりの立場では確実に信用されない、寧ろ妄言と取られて信用を失うだけだろう。
だが俺の不安もお見通しと言うべきか彼女はその辺りには配慮をするとの事らしい。
『その辺り配慮はします。スタートはそこそこ財力がありそこそこ人脈もありそこそこ影響力がある場所からです。……ですが出来れば史実の事は、例え話等では構いませんがそのまま真実だけは話さないで下さい。これは私が貴方を送り出す為の最低条件です』
彼女は続ける。
『貴方が何を変えても構いません、時代を先取りした行動をとる事も消えてしまうはずの誰れかの命を救う事も咎めはしません。ですがありのままの史実を知るのは貴方だけにして下さい、さもないと言った通りの『歴史の修正力』が働いて歴史を変える事は出来なくなりますので』
「……『言霊』みたいなものですか?」
『似たようなものなので否定はできません』
言霊とは、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられて良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされる概念であり、言う事がそのままが即ち実現するという考え方な為あってはならないものは指摘してはならないという大原則がある。また似た
『では時間も押しているので次に進みます。特典に関してですが具体的には何が良いでしょうか?』
「能力、力、運……ですかね。能力がなければ手段は増やせない、力がなければ身は守れない、でも最終的に運が良くなければ全て意味がなくなってしまいますから」
『ふむ、成る程……では貴方が持つイメージの中で1番それに近い「人物像」を対象に再現、そこに足りないもの、特に運を付け足してみましょうか…………ふう、できました。これで転生すれば自動的に任意の肉体に魂が入る事になります』
彼女は虚空に手を翳し何かをするとその虚空にはいつの間にか
「ありがとうございます」
『?、何故お礼を?これはあくまで取引です、礼を言われるような事をしたとは思えませんが……』
「そうかもしれません、ですが自分にもう一度生きるチャンスをくれたのは貴女です。ですから、ありがとうございます」
死んだ原因も思い出せないし彼女がわざわざ転生させる理由も知らないが『生き返らせてくれた』と言う事実だけは知っている、ならば自分はそれに感謝すべきであるのは当たり前だろう。そしてなんとなくだが彼女の正体、神名がなんなのか分かったような気もする。
『……変わった人ですね、ですが悪い気はしません。せめてこれから貴方の歩むその人生にどうか幸のあらん事を願わせて頂きます。いってらっしゃい』
彼女、八百万主神
『今の
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2020年4月7日、その日佐世保鎮守府所属の
右を見ても海、左を見ても海、上にはまだ少し寒い快晴に、下には鉄で出来た
そしてそれも少しした頃、哨戒も折り返しを迎え帰路に着いた頃に彼女達は警戒はそのままにとある噂話をし始めた。
「ねえ、知ってる?あの『噂』の事」
「噂?なんの話です?」
「嘘知らないの
「知らないのです、なんで
「ええ……知らない方が驚きなのだけど……」
哨戒中の第六駆逐隊最後尾を務める駆逐艦に乗る電にその前を航行する雷は佐世保鎮守府だけでなくこの付近一帯の哨戒を行っている沖縄警備府やここを通行する色々な艦隊にて噂になっている『とある現象』についての意見を聞こうと話題に上げるも、まさか相手が知らないとは思わなかったのか任務中であるというのに一瞬顔が唖然としてしまうくらい驚いた。最近は毎朝食堂でもちらほら話題に上がる話であり流石に知らないとは予想だに出来ていなかったのである。
「
「あ、当たり前よ!私はレディーなのよ!情報収集なんて基本中の基本よ!」
「じゃどんな内容なのですか?気になるのです」
「うっ、そ、それは……」
「じゃあ暁は?」と
「……噂の内容は簡単だよ、どんな艦隊だって基本この海域を通過するのは六○○から一八○○の陽の明るい時間帯だけだ。唯一の例外は私達みたいに哨戒任務に出ている部隊だけれど、それでも哨戒を行うのは陽の明るい時間帯が多い。でも此処最近不思議な事にこの海域にはごく稀に予報外の正体不明の『霧』が発生するんだ」
「霧……なのですか?」
電は疑問の声を上げるが響は続ける。
「そう霧だ、初めの頃は皆んな天気予報が外れた季節外れの『ただの』霧だと認識していた。けれどある日そんな中に突入してしまった部隊があったんだ、私達と同じ様にこの海域の哨戒を担当していた駆逐艦の鑑娘達が夕暮れ近くの視界が悪くなった時に誤ってその中心真っ只中に向けてね」
「そ、それでどうなったのですか」
1度息継ぎの為に話を区切った響に電は不安気な問いを投げ掛ける。そして噂の内容を知らない暁もまた興味津々といった感じに
「見たんだ、艦首が吹き飛び砲身が捻じ曲がり艦橋の崩れ落ちた巨大な鋼の城、浮く筈のないそんな損傷を抱えながらも静かにそこに浮いていたまるで幽霊船のようなそんな船を」
息継ぎという溜めの後話されたその噂の内容にそれを初めて聞いた2人は、
「ひゃぁぁあっ、こ、怖いのです!」
「ふ、ふんっ、あ、暁は一人前のレディーだからこ、怖くないんだからっ!」
大いに怖がっていた。別に聞くだけなら怖い話でもなんでもないはずなのだが確かに実際にそんなシュチュエーションでそんなのモノに遭遇すれば怖い話ではあるだろうな、と噂を元から知っていた響と雷は思う。とはいえもしこの噂が事実として1つだけどうしても『問題』になる問題があるのだ。それは、
「でもそれってもしかして『大和』さんなんじゃ……、確か大和さんは昔この海域で沈んでしまったんじゃなかったかしら?」
そう、その噂に出てくる幽霊船の正体が彼の超戦艦 大和である可能性が高いという事である。何故その正体が大和であると問題になるのかと言うとそれには大本営や軍令部、鎮守府、提督等の色々な大人の事情が絡み合う所為であり、決して大和が悪い訳ではない。寧ろ人間の方が悪いのだが彼女にも色んなものが背負わされておりそれが彼女の重しになっている事も間違ってはいない。……だがひとつ言えるならば彼女の背負ったものは大半があの大戦中、あの船に乗った全ての人々の願いの託されたものであり彼女自身がそれを大切にしているという事である。
「帝桜の戦艦か……っ⁉皆前方注意‼」
「っ!この霧!」
「も、もしかしてさっきの話に出てたあの霧なの⁉︎」
とその時先頭を航行していた響は前方200mに突然として正体不明の霧が発生しているのを真っ先に確認した。全員に警戒を促すが、その霧はいつの間にか発生し始めていたのかは不明であり既に凡そ幅150m、高さ70m、奥行50m……今もなお拡大中である為最早それ以上ではあるがそれでもその霧は不自然なまでに自然にその空間を侵食していっている。
「……行ってみようか」
「ちょっ、響!危険よ!引き返すべきよ!」
「……出会ったからには私達にはそれを調査しその結果を司令に報告する義務がある……それが私達が今ついている哨戒任務だよ」
「そ、それはそうだけど……」
「危険は多いわよ?霧内部に対し
響は任務の遂行の為に『突入』を提案するが暁はそれに否定的、雷は可能性を説く為にどちらかと言えば否定的で『消極的賛成』とも取れる。そこで決定の
「しょ、正直に言えば怖いのです……。でも誰かがしなくちゃいけないです。誰かに押し付けては駄目なのです!もう後悔はしたくないのです!だから電は行きたいのです!」
怖いのだろう、それでも彼女は言い切った、『やる』と。
「……そうよ、臆病風に吹かれて任務を投げ出すなんてレディーのする事じゃないわ!暁はレディーなのよ!正体不明の霧なんかに負けないんだから!」
「そう言うと思ったわ、でも無茶だけはしないように!司令に言いつけるからね!」
そんな電に影響を受けたのか暁と雷は霧内部に突入、調査する響の提案に賛成、突入する事になった。
「良し、じゃあさっきまでと同じように私を先頭に単縦陣で行こう。但し艦隊幅には注意、電はまた『頭突き』しないでね」
「も、もう!ソレは言わないで欲しいのです!」
「ごめんごめん、冗談だよ。さ、行こう」
張った緊張をほぐす為に
そしてそれを見て彼女達は驚愕する。
「これは……」
目の前の、霧に包まれ浮かぶは黒鉄の城、欠けようと、穿たれようと、抉られようと威風堂々まるで何かの象徴であるかのように力強く、そして美しく聳え立つはかつての大戦の遺跡。沖縄を守る為数に勝る連合国艦隊を相手に再編第二艦隊自らを囮とし見事
「まさか本当に……」
「な、何で」
「嘘よね⁉︎なんで、なんでこんな状態で、なんで今になってこんな場所に浮いてるの⁉︎」
霧に包まれ全容は掴みにくいがそのシルエットからソレが何なのかは素人目で見ても一瞬で理解出来る。時に流されぼろぼろになりながらもはためくその『六枚の花弁を持った桜』を掲げる事の許された艦艇は半世紀以上もの時が経とうともたった1隻しかいない。それは───
「戦艦───大和!」
そう、其処には凡そ70年も前に沈んだ筈の戦艦、『大和』が浮上していたのだった。