忘れて欲しくないから、当時の様子のような描写をあえて入れました。ちゃんと表現できてるかなどは不安ですが、それでも。
では、どうぞ。
緋月昇と三好夏凜が乃木家に転がり込んで数日が経った。
「昇ー、昇ー!ったくどこいったのよ...ここ広いんだから見失うと迷うのよ...」
「あぁ、夏凜。洗濯物干してくるからちょい後でな。そこの廊下を右で部屋だぞ。んじゃ。」
「わかったわ...って、どこから突っ込めばいいのよ!?使用人さんたちがいるでしょう!?というかそのスーツは何!?なんでもう間取り覚えてんのよ!?」
「ちゃんと全部突っ込んだな...身体動かさないと落ち着かねぇんだよ...」
「まぁ...あんたはそういうたちよね...でも片腕で大丈夫なの?」
「時間はかかるが、大丈夫。んじゃ。あー、干したついでに炊き出し手伝ってくるわ。」
「それは私も行くわ...じゃあ後でね。」
緋月昇は乃木家使用人とともに家事全般を手際よくこなし、それに加えて勇者部活動までやっているというそこそこハードに身体を動かしている。それを知らない勇者部員はいない。讃州中学体育館に着いたとき友奈と会った第一声がこれだ。
「ひーくん、身体大丈夫?夏凜ちゃんとそのちゃんが心配してたよ?」
「一日何もしないのが耐えられないんだよ...今だってそうだ。最後の樹海化解除のときの災いで住宅地にも少なからず被害が出た。今讃州中学はその避難所になってる。それに、片腕だけだからってサボってるのも違うだろ。」
そう言ってお椀を左手に二つ持ち、トレーに乗せること3回。そのトレーを左腕とベルトで支えながら体育館を歩き、炊き出しの豚汁を渡す。
渡しながらいろんな話をして。周りを見て、小学生くらいの子も不安そうな顔で。
今まで誰もこんなことが起こるなんて思ってなかったんだと痛感して。
神樹様がいて当たり前だった世界。
その当たり前が崩れて。
お椀を全て渡し終えた後は身体の疲れからか歩くだけでふらつき始めた。普通に考えればとっくに疲れててもいい頃合いである。さらにそれに思考で精神を摩耗すれば...
「ひーづーきー。また難しい顔して...考えるよりまず身体を動かしなさい。あんたは、きっとこれを考えると潰れちゃうから。」
「...わかってますよ...それでも...」
思い浮かぶ山のような悲劇。
確か報道ではいくつか無人の建物が周りを巻き添えにして崩れたと。何人か重軽傷者もいるらしい。ひょっとしたら死者が出たかもしれない。それほどまでに、今回は未曾有の災いだった。
「どつぼですね、ほんと。」
「そうよ。少し休みなさい。あんたは、もう十分働いたわ。いろいろを必要以上に感じ取っちゃうあんたは、こういうのは向いていないのかもね。」
「先輩...じゃあそうさせてもらいます...」
トレーを置き、体育館をあとにする。
空は青い。真っ白な雲もある。
「綺麗だよな...ほんと...」
校舎に入り階段を上り、勇者部部室に入る。そこにはホワイトボードと二人の少女。
「お疲れ様です、昇先輩。」
「緋月君お疲れ様。」
「あぁ...夏凜と園子は友奈東郷と交代だっけ...オーライ...」
「昇先輩...休んでないんですか...?」
「まぁな...身体動かしてると考えなくて済むから...けどもう身体も限界らしくって...」
「そのっちから聞いたわ。夜寝てるとはいえいくらなんでも働きすぎよ。」
はは、と自嘲的に笑む。
「ずっと考えるんだよ。ここに集まってしまった、集まらざるを得なかった人達のこと。」
「昇先輩...」
「その先は地獄よ、緋月君。そんなことは私に言われるでもなく分かってるわよね?」
「あぁ、だからだよ...だから...静かなここで寝かせてくれ...何も考えないように...」
緋月昇。
視覚と聴覚で様々なことを判断することに長けた少年。その判断力、そこからの論理的推察能力はずば抜けている。だがしかし、その高い能力は必要以上に心情を読み取ってしまったり、背景を読み取ってしまったりする諸刃でもある。
事実、緋月昇はこの約1年間の御役目の中で何度も何度もそういうふうに読み取ってきた。
そしてそれは過剰な情報であり、緋月昇の精神を圧迫する。さらに悪いことに自分より他人を優先する人間(つまりは結城友奈なのだが)のそばにいたせいでその心情に強い影響を受けてしまった。
それが何を意味するか。
『他人の不幸を見過ごせないが、手を差し伸べても自分ではどうしようもないと思い知ってしまい、そのことから無力感を感じてしまう』
自己嫌悪自動増大装置の完成である。
齢13の少年にはまだ重すぎる。
そろそろ誕生日を迎える緋月昇だが、彼は憔悴した寝顔で、涙を流していた。
夕暮れ時になった時、緋月昇は目覚めた。
床で寝ていたせいで腰は痛い。だが頭は柔らかいものの上にある。枕をした覚えはない。
「おはよう、のぼるん。」
「園子...またずいぶんとよくわからんシチュエーションですこと...夏凜は?」
「『膝枕!?私はやらないわよ!?』って言って断固やってくれなかったんよ〜」
「そうか...」
部室には俺と園子以外誰もいない。
西日はただ部室を照らす。
「ねぇ、のぼるん。」
「なんだ、園子。」
「のぼるんのこと、好きって言ったらどうする...?」
「どうもしないよ。俺は夏凜が好きだから。愛してるから。そこは揺らがない。」
「......」
「揺らがないから、どうもしない。でも...わがままをいえば、甘えてみたいよ。疲れたんだ。」
「...のぼるん...」
「だから園子。もう少しこのままで頼む。そしたらまだきっと、俺は俺でいられるから。」
「...ばか...」
絞り出してきたその一言。
微笑みを浮かべる昇。
その微笑みの真意に気づく園子。
気づいた時には遅かった。
緋月昇には、そういう節がある。
次回、最終話「笑顔でまた」
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