緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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旧54話 全てを終わらせるために

灼けつくように痛む全身、それを霊札で無理やり抑え込んで無理やり生きている。だがしかし衰弱は止められない。意識朦朧、瀕死状態。緋月昇は最早そんな状態であった。

 

「緋月っ...!?しっかりしなさい!緋月!」

「うぐ...先輩と、東郷、ですか...」

「ひどい...どうしてそんなになるまで...」

 

先輩と東郷は俺を見るなり血の気が引いていった。俺が長くないことはわかるようだ。

 

「俺より、友奈、だろ東郷...こいつをもってけ...友奈の場所がわかる...」

 

生命維持に回してない1枚の霊札を東郷に半ば無理やり押し付ける。俺の意識が続く限り、いくら神樹様の中が固有結界のような広大なものだったとしても最速で友奈の所へ向かえるように。

 

「けど緋月!あんたは...!」

「友奈を助けに来たんでしょ...安心してくださいよ、東郷が友奈を連れ戻すまで、生きなきゃならないですし...」

「そういう問題じゃない!あんたも死なせるつもりなんてさらさらないわよ!」

 

だがこの言い争いは時間の無駄でしかない。

それが余計に緋月昇をじわじわと死に追いやっていることに気づかない彼でもない。

 

「だったら...!とっとと友奈を助けてこいよ!俺が!生きてる間に!」

「...っ...!」

「でも...道が...」

 

神樹様に通じる道は神樹様の根によって塞がれた。このままでは友奈は救出できない。

 

「...東郷、やれる?」

「必ず。」

「それじゃあ道は...私が!切り、ひらぁぁくッ!!」

 

先輩が満開ゲージを3つ消費して大剣を巨大化させ、根で作られた壁を両断する。そしてその巨大な刃の上を東郷が駆け、神樹様の中に入った。あとは、俺の体力と東郷次第...

 

 


 

 

視界はぼやけてかつ暗い。色ももう判別出来なくなってきた。そのうえ一分、一秒が長い。

ふと脳裏に両親の顔が思い浮かぶ。大赦に所属して以来、一度も会ってない。

夏凜や芽吹と訓練してた頃が思い浮かぶ。あの頃はただただがむしゃらで、霊札の使い方をひたすら考えて、動かしてた。

そして記録者として勇者部に所属した頃の自分が思い浮かぶ。あの頃は、まだ俺は大赦の仕事人間だった。けど夏凜が来て、勇者部の活動や面子を通して、俺は変わったんだよなぁ...

 

浮かぶのは笑みだった。

その笑みが何を意味するのかはわからない。けれども、緋月昇は笑っていたのだ。

 

「緋月...?しっかりしなさい!緋月!」

 

風が昇を揺さぶる。反応はない。

もう一度揺さぶる。やはり反応はない。

 

「そんな...緋月......死ぬな!」

 

咄嗟に掴んだ左手から微かな拍動。

まだ、心臓は動いている。

 

「まだ生きてる......犬神!」

 

己が精霊を呼び、ひとつ風は賭けに出ることにした。生死の狭間、文字通りの命懸けの賭け。

 

「できるかわからない...けど犬神、あんたなら...緋月に憑いてなんとかできるかもしれない!だから犬神、お願い!」

 

犬神。

伝承では憑いた人間に害をなすとされている犬の霊。だが同時に憑いた家系に繁栄をもたらすともされている。犬吠埼風の勇者システムに組み込まれた犬神は直接使役されるのではなくシステムが媒介して使役しているのは言うまでもない。媒介により精霊本来の能力は失われているが、そのおかげで精霊バリアが成立している。

 

現在の勇者システムはバリアが五回、花弁五枚分と有限である。事故の時に一つ、先の大剣巨大化に三つ消費したそれの最後のひとひら。

 

『絶対に死なせない』のバリアを緋月昇の内側から発動させるというもの。それが犬吠埼風の思いついた九死に一生を得られる可能性がある一か八かの賭け。

 

無論勇者システムのバリアにそういう仕様は存在しない。それにタタリは精霊バリアでは防げないことは風自身が一番よくわかっている。

 

だが、緋月昇には霊札がある。神樹様の霊力が込められた札で、それが今まで命を繋いでいる。

そもそも精霊は神樹様の内部記録から抽出されたものであり、その存在は独立しているものの根底にあるのは神樹様の霊力である。

 

──つまり。

 

「お願い犬神!緋月に、もう少しだけ力をあげて!ついでにあたしの女子力も!」

 

霊札に精霊が干渉することで、霊札が励起、活性化する。そして、タタリの進行を抑制し、緋月昇の生命力を呼び戻す。

 

「うぐ...あれ、身体が、軽い...」

「...!目が覚めたのね緋月...よかった...」

 

結果、万全とは言えないまでも緋月昇は生きながらえたのであった。

 

「せん、ぱい...」

「それでもまだ消え入りそうな声ね...あたしの女子力をどーんと送ったんだから、シャキッとしなさい!根性出せい!」

「ほぼほぼ暴論じゃないですか...けど、根性か...確か前に友奈も言ってたな...」

 

緋月昇の生存は喜ばしいことであった。だが、その時すでに天の神の侵攻は勇者部ではもう止められないほどのものとなっていた。

 

「友奈、東郷...」

 

色が戻った視界の先、神樹様の根で作られた壁。その向こうの二人の少女。

 

「頼む...」

 

その祈りが届いたのか、光の筋が神樹様を包み始めた。まるで満開のように。

 

「え...?」

 

枝という枝いっぱいに花を咲かせた神樹様がそこにはあった。

その中から二人の少女が見えた。

 

友奈と東郷だ。

二人の持つ霊札の振動をこちらの霊札に同期させることで二人の声を聞く。

 

『私達は、人として生きる。生きたいんだ!』

 

はっとする。

怖いと言ってた友奈が導き出した、最後の結論。友奈自身の思いと願い。

それだけではない、少女達の思い。

 

それらを全部神樹様が受け止めて、結城友奈という一人の勇者、一人の少女に集約した。

 

絢爛、大輪。

その輝きは焔に飲まれんとする樹海の中でもなお、美しく映えていた。

 

「行け、友奈...」

 

よろよろと立ち上がり、視線の先のただただ美しい少女を見て言葉がこぼれる。

 

「誰かのためじゃない、自分自身の!思いと!願いのために!行けよ 、友奈ぁ!」

「うおぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

天へ跳ぶ友奈と迎え撃つ天からの光芒。

押して、押し返されて。

友奈の後ろに六輪の花。それでも足りず。

だとしても諦めず。根性、とでも言うべきなのだろうか。

 

──勇者は根性!だろ。

 

そんな声が聞こえた気がする。

霊札を、神樹様の霊力、内部記録を通して見えた片腕の赤の勇者は笑って立っていた。

 

「俺は勇者じゃない...それでも...それでも...!」

 

 

『勇者は、根性ぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!』

 

 

炎の巴紋。噴出する火炎。

光芒を押し返し、友奈がその根元に届く。

 

「勇者ぁ...パァァァァンチ!!!!!」

 

一撃。ひびが入り、割れる空。

その向こう、群青の空。

焔は消え、樹海が広がっていく。

それは天の神の撃退を意味した。

そして、時を同じくして神樹様は崩壊していった。もう、戦うことも、記録することもない。

 

「終わったんだな...」

 

そんな満足感を感じて、視界は真っ白になったのであった。

 

 


 

 

かくして讃州中学勇者部の戦いは終わった。

結城友奈、緋月昇にかけられたタタリは消失した。そして神樹様も。

人間はこれから人間として新しい生活をまた築きあげていくことになる。

 

讃州中学の屋上で、6人の少女が円をつくるように仰向けになっていた。そこから少し離れたところ、ちょうど日当たりがいいところに一人の少年が立っていた。

その少年には右腕がなく、足元には今となっては紙切れにすぎないものが散乱していた。

 

「のぼるん...?」

 

そしてその少年を真っ先に見つけたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女であった。

 

微かな風が少年の髪を揺らす。

少年の身体は微動だにしない。

 

「嘘...ですよね、昇先輩...!」

「嫌だ、嫌だよのぼるん!のぼるんまで行かないで、のぼるんってば!返事してよ!」

「そのっち......そうよ緋月君...夏凜ちゃんだっているでしょ!」

「そうよ緋月!あたしの女子力を無駄にするな!夏凜もなんか言いなさい!」

「るっさいわね!昇!帰って来なさい!」

「そうだよひーくん...!」

 

少年の身体は微動だにしない。

それが余計に、勇者部を不安にさせる。

 

「だーもう!生きてんのか死んでんのかはっきりしなさいっての!」

 

痺れをきらした夏凜が昇の肩を掴み、引き込む。人肌の温もりはあった。

 

緋月昇の目は閉じている。

 

「昇...」

 

震える夏凜の声。

うっすらと開く目。

 

「よぉ、夏凜...運良く、しぶとく生きてたぜ...ありがとな...待っててくれて...」

「バカね...あんたも勇者部なんだから...待つのは当然でしょ...」

 

緋月昇の生還。

勇者部は誰一人欠けることなく、戦いを終えたのであった。

 

「おかえり、友奈。緋月。」

 

『...ただいま。』

 

 




次回、第55話「そうして人は」

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