「ん...うぐ...」
いつもの■■■の痛みで目が覚めた。ということは俺は生きているらしい。らしい、というのはギリギリ体力が残ってたということで、運良く今日は死ななかったということだ。だが、さて明日は大丈夫なのか...ともあれ夏凜の為に飯を作らないと...って、ここ...
「あれ...?」
おかしい。俺は自室で眠ったはず。なのに何故本庁にいる...というかだとしたら家からどうやって運び出された...鍵もかけてたし...夏凜が通したと考えるのが自然か。となると。
「死にかけてたわけか...というか霊札ももう少ないし...てか今何時だ...」
スマホの時計を見る。1月18日13:49。
「おい、まじか。」
数日間意識不明とは。やばい。まじで死ぬ直前だわ。友奈より早くおっ死ぬ。確実にな。
しかも御役目の記録が昨日はできていない。まぁ13日のうちに回収してくれたということはあの女性神官なら数日分はなんとかしてくれそうとも思うけれども。俺以外の人間が記録を取りにいったと仮定するなら、友奈は俺の身に何かあったと感づくのは明白だ。
「くそ...」
他人を傷つけることを嫌うだけじゃなく、他人に傷がつくことを自分の身をもって防ごうとする。結城友奈という無垢で純粋で、それゆえに歪み、崩壊しそうな少女は間違いなく、人知れず涙を浮かべるはずだ。
「なんて罪なことをしたんだ俺は...無理な笑顔を浮かべさせただけではなく、きっと涙も浮かばせてしまうなんて...」
くそ、くそっ...!
怒りと言うよりかはむしろ呆れに近い感情が頭に血をのぼらせる。落ち着け、落ち着けるか。深呼吸だ。まずゆっくり拍動をおさえて。
「まずは部室に行かねぇと...」
治療室から外に出ようとする。身体は重い。意識も朦朧としている。だが。行かなきゃならない。そんな気がする。
「お待ちください。」
「...なんですか...」
しかし本庁内の道を歩いていたら呼び止められた。声の主は芽吹達といて、友奈の家にも来ていたあの女性神官である。
「友奈様のところへ向かわれる前に、お話しすべきことがございます。」
「......」
沈黙。それを是と受け止めたどうかはわからないが、女性神官は話を始めたのだった。
世界の終わりと、それを防ぐ唯一無二の手段。
天の神の襲来と、結城友奈を神婚させること。
──そして、その話を既に友奈にしていること。
「まじかよ...!」
数少ない霊札を足につけ、外に出て屋根の上を駆け抜ける。先の話から考えられることは。
「友奈は絶対神婚を選ぶ...!」
それだけはだめだ。痛む身体、朦朧とする意識。んなこと、知ったこっちゃねぇ...!
駆け抜けること数分、讃州中学屋上に到着する。霊札をしまい、外靴を屋上にほっぽり出して校舎内を駆けて勇者部部室の戸を勢いよく開ける。
まず見えたのは友奈の背。そしてその向こう、扇形に樹、先輩、園子、東郷。さらにその奥に夏凜がいる。そして全員、息を切らしている上顔色が悪いであろう俺を見る。
「昇...なんであんたが...」
「んなこたどうでもいい...俺よりまず友奈だろうが...神婚させられるんだって...?」
「そうだよひーくん、それで、今みんなに相談していて...」
「ふざけんな...」
だが。やめろとは言えなかった。
「緋月...あんたも知ってたの...?」
「知らされたのはさっきです。だからこうして急いで来たんですよ...言いたいこと、言うべきことも色々あるし、何より、」
そこで詰まる。咳も出る。ついでに口から血も出てくる。冗談きついが怯んでられない。
「記録、取らなきゃですから。」
「のぼるん...」
一呼吸置く。視線はこちらに向いたままで、全員が俺の言葉を待っているようだった。
「ふぅ...今、緋月昇には3つの立場がある。大赦として、勇者部として、そして俺個人として。」
言った後で後ろ2つはだいたい同じなんじゃないかとも思ったが、まぁ細かいことはどうでもいい。気にしてられない。
「大赦としては、きっと友奈から聞かされた話だろうから繰り返しては言わない。それしかないのは大赦300年の記録を全て見た上で調べた結果だからな。そうせざるを得ない。」
「でも友奈ちゃんが...!」
「聞け。あくまで大赦としてだ。俺が本心で友奈に犠牲になって欲しいと思うような人間に見えるのか、東郷には。」
少し言いすぎた感もあるが東郷は引き下がってくれた。物わかりがよくて助かる。
「二に、勇者部として。神婚という名の生贄なんざもってのほかだ。ありえない。」
「それでも私が...!」
「だから聞け...俺の本心は実は少し違う。」
「どういう、ことですか...?」
樹が問うてくる。緋月昇の本心、第三の立場。生贄の肯定でも、否定でもない立場。
「至極単純で、勇者部では取れない立場さ。」
そもそも勇者部は先輩が『誰かのための行動を勇んで行う部活』として本来の目的とは別の理由で申請、設立させたものだ。その理念には利己的というか、他者を害するものは存在しない。
だがしかし、『勇者部である』以前に『記録者である』緋月昇は、その理念の制約が薄い。
薄いが故に、非情で他害的な行動が取れる。
「...全員、頭を冷やせ。」
左腕を振るって友奈の左頬を手の甲ではたく。
はたかれた友奈は樹の方へ飛ばされる。
「友奈ちゃんに何を...!」
「頭を冷やせと言ったろ。」
東郷からの殺気を感じる。が、変身させる前に霊札の右手でフルパワーのデコピンをお見舞いしてそれを防ぐ。
「昇...!?あんた...まさか...」
夏凜と目が合う。
きっと夏凜には見透かされたかな。
「ほらさ、俺は記録者だから。勇者部である以前に。仲良しこよしというだけじゃ、俺はここにはいないのさ。」
「緋月...そんな言い方...」
「これ以上は無意味な問答です。」
踵を返して口から出る血を拭いながら部室の外に出る。嫌われてもいい。俺のやったことはそういう事だ。
「そういうのぼるんが実は一番傷ついていたりするんだよね。」
「...敵わないなぁほんと。騙されたフリすらしてくれないなんてさぁ。」
振り返らない。そうでなくてもわかる。園子はただ全部わかってそこにいる。
「まぁそうだよな。だから、俺より友奈を頼む。振り切られたらこっちでなんとかする。」
「のぼるんはそれでいいの?」
「いいも悪いもない。そうじゃないとだめなんだ。結城友奈はそういう子だから。」
しばらくの沈黙が流れる。
振り返ることもせず、距離を詰めることもせず、間だけで意思疎通を図る。
「わかったよのぼるん。死なないでね。」
「まぁそれもバレてるよな...保証はできないよ。わかってるくせに。」
「わからないよ...!」
園子の語気がそこだけ荒くなった。
なんでか、なんて考える前に答えはわかった。三ノ輪銀は帰って来なかったのだ。園子はそれを思い出して怖がってる。
「園子」
振り返って軽く手を振り、笑みを浮かばせて。
「またな。」
奇しくもこの別れの文言は2年前の三ノ輪銀のそれとほぼ同じであった。
「まって...待ってよのぼるん!」
誰もいない階段と窓の開いた踊り場。
冬の冷たい風が園子の髪と頬をくすぐる。
「のぼるん...」
もしかしたら今生の別れなのかもしれない。
あの時みたいに。
「ミノさん...」
時は少し経って大赦本庁。
禊を終えた友奈がいる。
そう、あの子達では止められなかった。
そして俺は、止めることができない。
俺の手には対勇者用神具《叢雲》。
友奈を奪還しようとする勇者部の妨害が、今の俺の仕事。それも御役目としてである。
「こういう役回りか。最低な役回りだ。」
自嘲しか出ない。結局お前は自分自身のありようを定めることはできなかったって。
そしていよいよ神婚の儀が始まるという時にそれは起こった。そのタイミングは幸か不幸かわからない。
鳴り響き切れる特別警報。
焼けて、焦げゆく空。
天の神の300年越しの再臨。
破滅か存続か。存続したとしてそれは果たして『人間』であるのか。
いずれにせよ。
「一人の少女には重すぎる...あまりにも...」
樹海に飲み込まれながら緋月昇は考えた。最期の記録を読み返せる時が来るのかと。
次回、第53話「最期の記録」
感想、評価等、お待ちしてます。
最終決戦はボリューム凄いからね。
あと5話!