1月13日。既に何回か行ったが、今日は本庁で治癒を受ける日だ。俺じゃなくて友奈にやればいいのではと進言してみたりもしたが、友奈の場合、■■■がしっかりと身体に刻み込まれているという。
確かに友奈の容態を記録する時に友奈の手を握るが、その時に霊札越しに感知する灼きつくような感覚は確かに友奈の全身で感知される。
「しっかし...よりによって今日か...勇者部カラオケ大会また不参加だなこりゃ。まぁ前回は行こうとも思わなかったけど。」
それに、昨日記録した感じだとそろそろ日中でも意識が朦朧とし始めてもおかしくない。
「こればかりはどうしようもないか...」
夏凜が起きる前の朝4時半、寝るにも■■■の痛みで寝れない俺はこの期に及んでもまだ他人の心配をしていた。それこそ、自分を省みない友奈のように。
「とりあえず飯でも作るか...」
『仕事』とだけ書いておいた書き置きと朝食を机の上に準備して本庁へ向かう。とは言っても車なのだが、今日の運転手はなんと春信さんだった。
「おはようございます、緋月君。」
「春信さん...おはようございます。」
「眠れてなさそうですね。」
「ですね...」
俺を乗せた車はおもむろに本庁へ向かう道を辿る。その間にもちょくちょく会話が交わされる。
そんな中、夏凜の話になった。
「夏凜は、どうしてます?」
「どう、ですか...元気ですね。ただ、ほっとくとコンビニ弁当とサプリと煮干しという味気なさそうな食事をしてそうなので朝夕は作ってますね。今日は朝しか作ってないですけど...」
「へぇ、緋月君の料理、か。」
春信さんが妹の様子を聞いて安心する兄の姿になったとき、タイミングよく着信音が鳴る。夏凜からだ。
「...もしもし夏凜?どうした?」
『昇!味噌汁濃すぎなんだけど!塩っからくてこう、なんというかこう、辛いんだけど!?』
「まじで...?味見したんだけどなぁ...」
『...まさか友奈みたいに味覚がなくなったとか言わないでしょうね...』
友奈みたいに、というフレーズは動揺するには十分だった。電話越しじゃなきゃ気付かれるほどの動揺はしてるだろう。
「そんなことは、無い。きっと亜鉛が足りないだけだ。帰ったら亜鉛のサプリくれ。あと、味噌汁はお湯入れて薄めて飲んでくれ。ごめんな。」
『全く...今日も徹夜してたんでしょ。若いんだからちゃんと寝なさいよ。昇の味噌汁美味しくて気に入ってるんだから...』
「なんだって?」
『とにかく!健康管理はきちんとしなさい!わかったら返事!』
「はいはい、わかったよ。」
『んじゃ、ちゃんと仕事してきなさい。』
「あぁ、ありだと夏凜。行ってきます。」
「仲良しですね。」
「茶化さないでくださいよ...味噌汁が辛すぎたとクレームが入りました。」
「それはまたなんとも夏凜らしい。」
「そうなんですか...」
このあと春信さんと夏凜話を延々としていたのはまた別の話。本題はそこじゃないんだ。
治療を受け、本庁での仕事を終え、友奈の様子の記録をする。いつもは無理に笑顔を作る友奈だが、今日はそこに笑顔はない。
「何かあったのか、友奈。」
報告書に筆を走らせながら聞いてみる。まぁ、■■■のせいで話してくれるとは思ってはいないが。
「ひーくん...あのね、今日夏凜ちゃんを傷つけちゃって...」
「...聞かれたんだな、身体のこと。」
夏凜も気づくほど友奈は衰弱していってる。俺は、俺は何かできないのか。ただ、友奈が苦しんでいる様を紙切れ1枚に綴り続けることしかできないのか。
「うん...でも...」
「話すわけにはいかないよな。だから夏凜は...いや、それは俺でもわからない。...けどそれで夏凜が傷ついたのは、きっと事実だろうな。夏凜は友奈のこと、勇者部のことが好きだろうし。」
「ひーくんも?」
「それはどっちだ、夏凜が俺の事を好きなのかそれとも俺が勇者部のことを好きなのか。まぁどっちもだろうけどな。」
それを聞いてあはは、と友奈は笑う。
快活な笑顔が良く似合う少女の面影はその笑顔からは感じ取れない。今にも消えそうな、目を離せば零れ落ちていそうな、そんな笑顔だ。また友奈は他人のための笑顔を浮かべている。
こみ上げて来る何かが俺の体を動かしたのはこの際どうしようもないことだったろう。気づけば俺は友奈を抱きしめていた。
「ひーくん...?」
「笑うなよ...そんな笑顔見たくない...」
腕に力がこもる。胸の辺りが痛い。
いつしか殴り合いをした時に感じた、華奢な腕の中に込められたたくましさ。今は影を潜めて、弱々しさが目立っている。それが余計に友奈が今にも消えそうであるということを証明しているようで悲しくて、泣きたくなった。
「なんでそこまでできるんだよ、苦しいのは自分だろうに...!」
緋月昇は記録者である。
記録、それは読み取ったものを記すこと。
だがそこに読み取った全ては記せない。例えば記録対象の心情などがそうだ。
ではそのようば情報はどこにいくのか。
それは記録者の記憶や心に残る。
ことさら緋月昇においては『目で見て、耳で聞いて判断する』という信条を突き詰めたあまり、対象の一挙手一投足に含まれる心情まで読み取ってしまう。それが毎日毎日積み重なっている。言い換えれば、自分以外の心を読み取り続けているということだ。
そしてそれは奇しくも結城友奈と似たような性質の心のありようであった。
だが、友奈と昇の決定的な差は心の強さにある。友奈は強過ぎるがあまり自分がいつ壊れてもおかしくなくても気づかないという欠点はあるものの、総じて昇よりかは心が強い。対して昇はそこまで強くはない。記録者と言えどその根本は一般人なのだから。
「だから友奈...お願いだから...せめて俺といる時くらい、無理しないでくれ...」
「ひーくん...でも...」
「......今日はもう寝ろ。夏凜の機嫌は俺がなんとかする。おやすみ友奈、また明日。」
帰宅と同時に夏凜が家から出てきた。
なんでも東郷から招集だとか。
「きっと友奈のことだわ。」
「...だろうな...」
「昇...あんたほんとに大丈夫?顔色悪いわよ?」
治療は受けたのに、もう、か。
確かに身体が重い。きっとさっき抱きしめたとき身体にある■■■が共鳴したのだろう。するのかどうかは知らないが。
「だいじょばないから休むよ、みんなに伝えてくれ。俺は寝る...」
「明日病院行きなさいよ。じゃ。」
「おう。」
入れ替わるように家に入る。
扉を閉じ鍵を閉め靴を脱ぎ、廊下を歩くこと数歩。両の足で体重が支えられなくなり前のめりになって倒れた。
「やべぇ、な...くっそ痛ぇ...」
朦朧とする意識をつなぎ止めてなんとか寝室までは、自分の布団までは移動できた。
目を瞑れば、もう一度目覚める保証はない。
だけれども意識は己が意思に反して遠のいていくのだった。
明日は来るのだろうか。来るとしてあと何回だろうか。恐怖が押し寄せる。
「また、あした...だったな...」
そう言って、緋月昇は眠りについたのだった。
次回、第52話「記録者の記録」
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