緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第29話 大輪の絶望

どうにかこうにか敵をかいくぐり、夏凜と友奈と一応は合流できた。一応は、というのは夏凜も友奈も気絶していたためである。

 

「精霊のバリアがあるとはいえ...ここまで追い詰められるか、この二人が...」

 

かたや訓練により大成した完成型勇者、かたや最高の勇者適正をもつ勇者。

...とはいえ、この敵の量の前では多勢に無勢。どうにもこの状況を打破する手段が乏しい...

 

「止血してた札も真っ赤になっちまったし...参ったなこれ、どうしろというのさ。もう満開しか手段が......いや、それは、駄目だ...」

 

頭ではわかっている。この局面、打開策はもはや満開しかない。しかも面制圧ができないといけないことを考えると樹か、それともまだ満開していない夏凜か...その二択だ。そして、それは俺が認めたくはない。認めるわけには、いかない。

 

だが、現実は非情だ。俺の思考を遮るようにうじゃうじゃと敵は湧いてくる。動けるのは俺だけ。でも戦うことはもう、俺にはできない。

 

「だとしても...!」

 

ここでは死ねない。《叢雲》を顕現し、札の制御段階を一段下げて炎の刃を作り出し、樹海ごとなだれてくる敵を一掃する。

 

「っ...これだけはやりたくなかった...」

 

《叢雲》は天の神の神具のレプリカ。地の神の集合体である神樹様が作り出した樹海を焼くのは造作もないことだ。もっとも、それは本来霊札によって制御されてるもの。霊札を制御できるのは俺だけ。よって、樹海を焼くことができるのはバーテックスと俺だけ。

 

そして樹海を焼くと...現実に影響が出る。

影響を及ぼせば、もしかしたら...

 

「...っ...考えるな...考え始めたら戻れなくなる...」

 

その隙に。

その隙に敵は俺を狙って一気にやってくる。

 

「はぁっ!!」

 

だが、それは目覚めた夏凜によって殲滅される。

 

「サンキュー、夏凜...」

「昇...あんた腕は...」

 

札でできた腕はもう真っ赤だ。でも、

 

「それはこの際どうでもいい...友奈は...?」

「どうでもいいって...まだ気絶してるわね...」

「そうか...」

 

周囲に敵はいない。状況の打開策を考えるのは今が最善だろう。考えたところでどうにかなるかは別だが...それでも何もしないよりかはマシだ。

 

「どうせあんたのことだから今のこの状況をどうにかしようとしてるんでしょ。で、その解決法がひとつだけなのもわかる。あんたがそれを認めたくないのも含めて、ね。」

「お見通しかよ...あぁそうだよ。」

 

夏凜が満開すれば確かにどうにかできる可能性が高い。高いけど、散華がついてまわるんだったら、それは駄目だ。満開させるわけにはいかない。

 

「甘いわね、昇。」

「甘くて悪かったな...でも...それでも俺は...大事な人の身体機能が失われていくさまをただ見ているだけなんて...そんなの...認めたくない...!」

「あんたは記録者でしょ!緋月昇!」

 

夏凜が俺の胸ぐらを掴む。

 

「あんたは目を逸らしちゃいけないのよ、私から...私の覚悟から!」

「覚悟だって...?なんでだよ...なんでそこまで...何が失われるかもわからないのになんでそんなものが持てるんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「私は...大赦の勇者としてしか生きてなかった...楠や昇がいたけど、友達だなんて考えは私にはなかったの。でも...御役目を効率よくこなすために入った勇者部は、私の考えを変えてくれた...」

 

 

 

 

 

 

気づけば俺を掴む手は下ろされていた。

何も言えなかった。夏凜は友奈を見て続ける。

 

「中でも友奈は...ちゃんと言ってくれたのよ、私はここに、勇者部にいていいって。」

 

友奈はまだ目覚めない。

 

「だからね、昇...私は大赦の勇者としてじゃなくて、勇者部の一員としてこれから戦うわ。大赦としてじゃなくて、仲間として、東郷を止める。」

 

もう俺は何も言えなかった。何も言葉が浮かばなかった。目の前の少女の目はあまりにも、あまりにも美しすぎたのだ。

 

「昇。友奈が起きたら、支えてあげて。勇者システムは精神が安定してないと使えないから。」

「友達に裏切られたら...まぁそうだよな...」

 

夏凜の目を、俺はもう見ることができなかった。

でも、その輝きは焼き付いている。それが俺にあるひとつの提案を思いつかせた。

 

「夏凜...友奈が変身できるようになるまで、時間を稼いでくれ...」

「再生した連中5体とちっさい取り巻きを?簡単に言ってくれるわね...いいけど、別にあいつら殲滅しちゃっても構わないんでしょう?」

「でも、満開は使うな。すぐ友奈を助けに行かせるから...状況をちゃんと、目で見て、耳で聞いて判断してくれ。完成型勇者さん。」

 

夏凜は一瞬だけ表情が緩み、すぐに臨戦態勢に戻る。そして身を翻し数歩進んで二本の刀を顕現する。そして最後に振り返ってこう言った。

 

「あと頼むわ。昇、友奈。」

 

その一言で俺は夏凜の真意を知り、届かないと知りながら俺は叫びながら左腕を伸ばした。

 

「待てっ、夏凜!!」

 

その手はただ空を切っただけだった。

 

 

──さぁさぁここからが大見せ場!

 

──遠からんものは音に聞け!

 

──近くば寄って、目にも見よ!

 

──これが讃州中学二年、三好夏凜の実力だー!

 

 

戦場に響く見得。

 

 

──さぁ、持ってけぇーーー!!!

 

 

その見得と共に気高く咲く大輪の花。

 

それは俺が一番見たくなかった一番美しいもの。

 

 

「やめろぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

ただ叫んだ。ただ、叫んだだけだった。

 

 

でも、目を逸らすことはできなかった。

 

 

散って、咲いて、散って咲いて、散って咲いて散って...一度の散華すら恐怖のはずなのに夏凜は四度も満開した。四度も、散華した。

終わってみればそれは短時間の出来事で、敵もほぼ全て殲滅された。それだけだ。

一人の身体の機能を四箇所捧げて状況を無理やり良くした。それは、ある種生贄ともとれる。

 

 

「...くそっ......ちっくしょぉぉぉ!!!!」

 

 

あてもない叫びがこだました。

 

 

───────

 

 

友奈が目覚めたのはそれからちょっと後だ。

 

「ひー、くん...夏凜ちゃん...夏凜ちゃんは?」

「友奈...目覚めてすぐ他人の心配かよ...」

「あはは...ひーくんも、何かあったの?」

 

あぁ、こんな簡単にわかるのか。

ほんとこの子は他人の傷に敏感すぎる。

いつか壊れるんじゃないかと心配するほどに。

壊れかけの俺も心配してしまうほどに。

 

「そうだな、友奈はそういう奴だ...ははっ...支えるのはどっちなんだか...」

「ひーくん...?」

 

ただ他人を心配できる友奈を支えるのは土台無理な話だった。こと、夏凜の満開で傷心の俺には尚更。だから俺は寄りかかりたくなる。でもだめだ。それじゃ、友奈じゃなくて俺が支えられてしまう。夏凜との約束が果たせない。それはだめだ。

 

「立てるか?いや、動くな。」

「え、え、ひーくん!?なんでお姫様抱っこ!?」

「夏凜のところ行くぞ。捕まってろよ...あと俺も傷心だから荒々しく動く可能性あるし...先謝っとくぞ。変なところ触っちまったら悪いな...」

「え、ちょ、えぇぇぇ!?」

 

 

───────

 

 

樹海の下の方で夏凜を見つけた。仰向けで寝転がってる。でもあの夏凜が動かないのは何故だ...脚の機能が持ってかれたのか...?いや、気絶してるだけだろう。

 

だがそれは違った。友奈が夏凜の側に寄って抱きかかえ、意識があるか確認する。

 

「だれ...?友奈...?ごめん、なんか目も耳も持ってかれたみたい...この手は友奈...友奈よね...?」

 

頭が真っ白になった。

 

「え...?目も、耳も...?」

 

これじゃ会話もできない。何も伝えられない...

 

夏凜の目はもう見えなくなった。それだけでなく、声を、音を聞くことすらできない。

 

「そんなの...そんなのって...」

 

ぐらりときた。

 

果たして夏凜を見つけてから言った言葉は友奈が言ったのか俺が言ったのか...それはわからない。

 

わからないまま、俺は立ち尽くした。

 

友奈の慟哭がこだました。

 

絶望、それこそが今、俺を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ......うあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 




次回、第30話「想いの殴り合い」

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