緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第26話 大赦としての緋月昇

仮面を被った人達が俺を大赦に連れてきたのはもう7年くらい前である。神世紀293年、俺は大赦の人間になった。その理由は、神具《叢雲》のポテンシャルを最大限に生かせるから。

 

《叢雲》は天の神の三種の神器のうちの一つ、天叢雲剣のレプリカである。その昔、天の神のうちの一柱である天照大神の弟、素戔嗚尊が八岐大蛇を倒した際に手に入れたもので、後に日本武尊が使ったものである。

 

神樹様はその時の記録をもとに神具《叢雲》を作り出した。だが、レプリカといえど元は天の神の神器。神樹様をもってしても威力の抑制は困難であった。だから神樹様は《叢雲》の力を抑制、制御させるために霊札(つまり俺が使っている札)を作り、それを使える人間を大赦は探した。

 

そしてそれが偶然にも不幸にも、俺だった。

 

これを知ったのはつい最近のことだが、多分園子様から《叢雲》の正体を教えられていなかったらこのことは知らずに俺は生きていただろう。

 

──《叢雲》は対勇者戦闘を想定した神具だ。

 

なぜ神樹様はこんな物を作ったのか。最初はそう考えた。けど園子様から、そして書史部の記録から真実を知っていくと、一つの考えが浮かんだ。

 

勇者は弾劾されない。一度勇者として選ばれ、神樹様の力を振るうようになった者にはもう、神樹様は手出しできない。だから勇者を弾劾するために精霊によるバリアすら貫くことの出来る神具《叢雲》が作られた。元が天の神の神器なのだから、それくらいの威力はあって当然であるし、あの双子型を《叢雲》で斬ったときに感じた違和感の正体は、同じ天の神にまつわるもの同士の同質的反発、つまり磁石の斥力みたいなものだと考えられる。

 

...もっともこの考えには矛盾がある。

現行の勇者システムが完成したのは約2年前だ。だというのに、7年前にはもうこのシステムに対するメタというか、対策が取られている。だけど、システム設計の原案が既に7年前にもあって、完成までに時間がかかったとしたら...まぁ、無理やりだけど辻褄は合わせることができる。

 

とするならば、記録者という立ち位置は襲来してきたバーテックスの情報を記録するのではなく、勇者達が謀反を起こした時に止める役回りなのではないか。そこまで行かなくても、謀反の様子がないか監視する役回りなのではないか。

 

...いくらなんでも疑いすぎだろう、俺も大赦も。けど、現状はこうも疑いたくなるようなものばっかりだ。

 

「話しているうちに脇にそれちゃったかな...ともあれ、大赦としての俺はもう完全に勇者部と一戦交えることを想定に入れている...それも対策も立てるほど本気で。」

「のぼるんはそこまでたどり着いたんだね〜。わっしーにも負けず劣らずだ〜。」

「...どういうことです?」

「あぁー...実はね、のぼるんが来る前にわっしーが来ていたんだ〜。」

 

園子様がわっしーと呼ぶ人物はきっと先代勇者である鷲尾須美だろう。俺は面識がないが。で、記録によると鷲尾須美の消息は不明となっていた。

 

「行方不明の鷲尾須美様が、ですか......」

「うん、久しぶりにお話しできて嬉しかったよ〜。ちょっと前に来てくれた時はもう一人...えっと、友奈ちゃんだったかな。がいたからあんまり話せなかったけど...今度は二人っきりでお話しできて......のぼるん...?」

 

頭を殴られたような衝撃、なんて生ぬるい表現だと思えるほどの驚愕が俺を襲った。

そしてまたたくさんの予想が泡のように浮かんでは消えていくを繰り返す。

 

「友奈って...赤い髪で、右目の右上辺りに髪飾りをつけている、明朗快活な少女でしたか...?」

「そうだよ〜。」

 

ぐらりときた。友奈以外にその瞬間に園子様のそばにいたのは東郷美森ただ1人。

つまり、東郷は先代勇者、鷲尾須美だった。

 

...そうなると、東郷にまつわる謎が紐解ける。車椅子の謎、記憶がない謎...それは事故ではなく、満開による散華の影響...

 

...いよいよもって俺は大赦を信用できなくなってきた。だが、声を大にしてそんなことなど言えるはずもない。結果、1人で抱え込めない俺は全部話して楽になろうとしているのであった。

 

「...園子様。一ついいですか?」

「どったの、のぼるん。」

「...今、この瞬間だけ、私の立場を大赦から、勇者部に切り替えてもよろしいですか?」

 

支離滅裂な請願だった。

 

「いいよ、のぼるん。私も敬語使われるのは飽き飽きしてるんよ〜。」

 

それでも園子様は俺の考えというか、本意を汲み取ってくれる。上司の鑑だ。

 

「ありがとうございます...」

 

1拍置く。今俺が言おうとしていることは言ってしまえばそれだけのものだ。でも、口に出すにはそれだけとはいえないものでもある。

 

「...園子...俺は...どうすべきなんだ...どうしたらいいんだ...何もできないんだ...」

 

沈黙が部屋を包む。

この沈黙は何分間か続いた。

でも、不躾ともとれかねない慌てた足取りと息を上げてやってきた神官にそれは破られる。そしてさらに俺に衝撃を与える言葉を耳にした。

 

「た、大変です園子様!犬吠埼風様が乱心なされました!こちらに急接近しているとのことです!園子様、何卒...!」

 

遅れてやってきた神官達がそそくさと並び、園子様にとあるジュラルミンケースを見せる。

その瞬間、俺の腹は決まった。

 

「俺が止める。園子、様の手は煩わせるわけにはいきません。そのための"記録者"ですから。」

 

この感情は怒り...か。

乱心したと言われる先輩にもだが、やはりこの神官集団によるものが大きいだろう。

 

「のぼるん。できるだけ、《叢雲》は使わないでね。それは勇者を殺せちゃうから。」

「自分が死なない程度にしますよ。」

 

霊札を両脚に纏い、夕暮れの空を跳躍して、俺は怒りをもって先輩の迎撃に向かった。




次回、第27話「勇者部としての緋月昇」

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