緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第16話 世界のズレ

「知らない天井だな...」

 

目が覚めた時の定番を言える辺り脳は無事らしい。だが右腕はがんじがらめに固定されていた。どんな骨折したんだよ...そして左手にはまだあの時の違和感が残る。結局あれはなんだったのかはわからない。けど、それを気にする前にまずは...

 

「ようやく起きたわね、昇。」

「え!?ひーくん起きたの!?よかった~...」

「ほんとによかったわ...なかなか起きないからヒヤヒヤしたわよ...」

 

あいつらはどうなってたのだろうか。という心配をしようと思ったが、無用の長物だったらしい。むしろ俺のほうが心配されていた。

 

...えぇ...俺だったの...

 

ともあれ、勇者部は無事っぽかった。

いるのは夏凜、友奈、そして風先輩だった。

 

気づいた事がある。風先輩の左目だ。眼帯を付けている。まさか、あの火球を受けたあとに怪我したのか...とにかく、聞くか。報告書案件かもしれないし。

 

「先輩、その左目、どうしたんですか?」

「あぁ、これは先の暗黒大戦の際に魔王と戦った時、奴の魔法を避けきれずに少し傷を負ってしまったのだよ。」

「夏凜、要約してくれ。」

「視力が落ちてるのよ。勇者システムの連続利用による疲労が原因。」

「そりゃ7体同時に倒せば疲れますよね...あ、友奈、俺の荷物に封筒があるはず。大赦のマークがついてるやつ。」

「うん、あるよー。」

「じゃあペンと共に持って来てくれ...報告書書かないと...」

「昇。右腕は複雑骨折で全治一月だそうよ。しばらくは文字は書けないわ。」

 

そういえばそうだった。俺は右腕が折れてるんだった。

痛みを感じないのはきっと麻酔が効いているから、かつしっかり固定されてるからだろう。困った。仕事が出来ない。

 

「じゃあ夏凜、代筆してくれよ。」

「嫌よ。」

「おい 、即答かよ...」

 

病室の中で笑いが起こる。

ちょうどその時医師が入って来て、少し検査をすると言って夏凜たちを外に出した。しばしの別れだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「って思ったのに10分で終わったのには驚きだ...」

 

そう、検査はものの数分で終わり、今俺は談話室に先の三人と一緒にいた。

 

「ほんとに、もうちょいかかると思ったわ。」

「折れてたのが腕でよかったわね。脚だったらこうはなんなかったわよ。」

「怪我しないのが1番だけどな。」

「でもでも、生きてるんだから万事オッケーだよ!」

 

友奈の言う通りだ。俺は生きてる。それでいい。

 

そう思った時、東郷と樹が談話室にやってきた。全員集合だ。

 

「私達も検査終わりました。」

「来た来た。樹、検査で血を抜かれて泣かなかった?」

 

相変わらず妹煩悩だなぁと思ったが、樹の対応が少しおかしい。ただ首を横に振っただけで声を一切合切発しないのだ。

 

「どしたの樹。」

 

流石に気づくか。樹なら『ううん、平気。』とか、『子供じゃないんだから...』とか言いそうなものだが、それを言わない...いや、言わないなら尚更不自然極まりない。言えないとするならありえる。先輩の目のように、勇者システムの連続使用の弊害ならば。

 

「樹ちゃん、声が出ないそうなんです。勇者システムの連続利用によるものだとお医者さまは言ってました。じきに治るようです。」

「ふーん、私の目と同じね...」

 

 

...何か、おかしい。でも、何が?

 

 

そんな疑問が俺の頭を支配した。勇者システムにそんな弊害があったのならば説明するはずだ。それに時間ならば、東郷が初めて変身した時の戦いも結構時間がかかっている。確かに今回の7体同時襲撃はかなりの時間を要した。樹海が展開されている時は世界の時間は止まっているから果てして時間を要したと言うべきなのかどうか

は怪しい。だが、それでも説明はするはずだ。それをしないということは、何か上は隠している。知られたくない何かを。だが何故隠す?それがわからない。そもそもこの疑問が俺の考えすぎの可能性だってある。けど、どうにも戦う前の勇者部とは何かが違う。何か、ズレている。見る事に特化した俺の勘がそう告げている。だが何故だ...?

 

「...ぼる、のぼる、昇!」

 

夏凜によって現実に引き戻された。どうやらものすごく考え込んでいたようだ。心配そうに全員が俺の顔を覗き込んでいる。

 

「悪い、考え込んでいた。」

「全く...で、何を考えてたの?」

 

答えに窮する。何かがおかしいことを告げるか。いや、動揺させてはいけない。というか確証も何もない話だ。だが、なんでもないでは済ませられない。

 

「報告書、いつ出せるかってこと...俺今ペン持てないし。」

 

咄嗟に嘘をつく。とりあえずまずは上司に掛け合うしかない。ダメならもう1人、とても忙しいけどとても頼りになる人を頼ろう。

 

「あんたねぇ...どんだけ仕事人間なのよ。」

「さぁ...それより先輩、目の前にある菓子類は何です?」

「聞いて無かったのね...凄まじい集中力だワ。」

 

実際ほんとに聞こえてなかった。

 

「みんな無事だったし、バーテックスは全部倒したから祝勝会をやろうと思って、売店で色々買って来たんだよ。」

「ありがとう友奈ちゃん。さ、みんな飲み物を持って。」

 

東郷に勧められるまま、俺は微糖の缶コーヒーを手に取る。...友奈め、俺の好みを射抜いてきやがって...

 

「じゃあ部長、挨拶を!」

「えぇ!?えっと、本日は、お日柄もよく...」

「真面目かい!」

 

夏凜のツッコミが冴える。正直早くしてほしい。喉が渇いた。

 

「お堅いのは無しにするわね。じゃあみんな、よくやったー。かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

さてさて、ようやく休息の一時か...記録者の任とかどうなるのかな...まぁいいや。考えたい事は色々あるけど、とりあえず今手に持ってるコーヒーを飲むことから始めよう...あれ?俺、右腕固定されてるんだよな...

 

「...あ、すまん。誰か開けてくれ...」

 




次回、第17話「役目の後には」

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