緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第11話 エール

上がり性の対策やら札の補充やらあの短剣、《叢雲》の調整やらで結局徹夜してしまった俺は翌日の登校時に夏凜から昨日のカラオケの顛末を聞いた。正直に言おう、眠いからあんまり聞いてない。なんで来なかったのかと問われるのを危惧していたが、冷静になってみれば夏凜はそもそもそんな問いかけなどせずに事実を淡々と述べるキャラであったとすぐに思い、その危惧は杞憂に済んだ。

 

「寝てないの?」

 

が、寝不足は看破された。

 

「昨日の連絡のせいでな、おちおち寝てもいられん。」

「そう。私には来てないのに。」

「その様子だとそっちには先輩に連絡が入ったのか。……そんなことよりその荷物の量はなんだ。」

「これ?樹に渡すサプリと私の煮干し。」

 

いつも煮干し食べてるよな、煮干しにちなんだあだ名とか出来そうなレベルじゃないの?もう。

 

「ほんと好きだねぇ……遥か昔、神世紀が始まる前にふなっしーとかいうキャラクターがいたそうだが……それとかけてにぼっしーとかどうだ。」

「待ちなさい昇。それ、あいつらから聞いたの?」

「いいや、たった今思い付いた。」

「……あんたの思考もよくわからないわね。恐ろしいまでの偶然の一致だわ。」

 

そんな覚えは毛頭ない。話を変えるため、向こうにいる友奈と東郷を呼ぶ。

 

「おーい!友奈ー!」

「おろ?あ、ひーくん夏凜ちゃんおはよー!」

 

さ、今日も朝が始まったな。

 

 


 

 

時は流れて放課後。

勇者部は二組に別れて猫の引き取り及び引き渡しの任についた。俺は犬吠埼姉妹と行動を共にしている。先輩に任せておけば大体なんとかなるとも思っている。

 

「住所はここね。すいませーん、讃州中勇者部のものですけどー」

 

先輩が依頼主の家の扉を少し開ける。中から聞こえたのは女の子の泣き声。察するに猫を引き渡すのに反対のようだ。

 

「どうしようお姉ちゃん……ここの子、猫を預けるの反対してるのかも……」

「それほど猫が好きなのか、あるいは自分で拾ったから離れたくないのか……子どものいう『自分で飼う』という言葉の信ぴょう性は低いけれども……」

「あちゃー……もう少し確認すべきだったか……」

「どうする?泣いてるよ……?」

 

先輩は少し悩んだというよりかは表情を曇らせたと言ったほうがいいか。そのあと、前よりも声音を下げて言った。

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて。」

 

そうして先輩は家の中に踏み込んだ。俺がついていってはだめだろう。大人しく樹と二人で待つことにした。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな……」

 

数分くらい経った後、樹がぽつりと言う。思えば、俺と樹はそんなに話した覚えはない。

 

「姉を、信じられないか?」

「そんなことはないです!お姉ちゃんのことはいつでも信じてます!」

「……だったら信じて待て。それぐらいしか、今はできないだろう?」

「はい……」

 

少し素っ気なさすぎた上に意地悪だったか。

 

「樹。」

「はい!?」

 

おびえたように反応されてしまった。まぁさっきのこともあれば仕方がないかあるいは……

 

「カラオケ、楽しかったか?」

「あ、はい。私はうまく歌えなかったんですけど……友奈さんや東郷先輩、夏凜さんもお姉ちゃんもみんなで楽しんできました。」

 

そう答える樹からは確かに楽しかったと、そう読み取れた。だが、本質には遠い。視線に弱い、姉の背に隠れていたから。……いや、言うのはやめておこう。言ったところですぐ変わるものでもないし、怒られそうだし……

 

「そうか。それはよかった。じゃあもう一つ……うまく歌えなかった理由、自分なりに考えてみたか?」

「えぇっと、やっぱり見られてると思うと……」

 

それはもう知っている。先輩から前に部室で聞いた。しかしどうも樹と俺は何かどこかが似ている気がする。

 

「人前は嫌いか。そうだよな、俺も嫌だ。」

「え……?」

「少し、長めの話になる。」

 

そういった俺は身の上話をしていた。俺が大赦にいた頃の話。詳しくここに書き出すと検閲されるから要点をまとめると、俺はここに来る前、正確には勇者と出会う前はもっと冷めた性格をしていた。誰とも関わらなかった。与えられた訓練をこなし、御役目へ向かうために。他人が嫌いだった。嫌だった。人の本質にまで触れてしまう自分の観察力と思考力が、勝手に情報を拾い集めてつなぎ合わせる。それは苦痛だった。勇者と違って、記録者は最初から俺一人だったから、共有することもできない。発散することもままならない。でも、夏凜や芽吹と出会って、第一印象は驚きだった。それをきっかけに少し変わった気がする。なんでそんな話をしたかはわからない。けど、それは樹の為になると信じていた。

 

「とまぁ、緋月昇というのはこういう人間さ。目で見て耳で聞いて記録する。それは人の本質にまで近づいてしまう諸刃というわけだ。」

「ありがとうございました、失礼します。」

 

俺が話を終えたのと、先輩が出てきたのは同時だった。きりがいい。そのまま俺は仕事があると嘘をついて先に返してもらった。

 

「なんであんな話をしたんだろうな……」

 

夕焼けが町を照らしている。日陰にいた俺に、日の光は射してこなかった。

 

 

 




次回、第12話「戦い」

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