緋月昇は記録者である   作:Feldelt

10 / 58
第10話 歌

夏凜のバースデーパーティーのあと、勇者部と夏凜はある程度打ち解けることができた。御役目というくくりに縛られずに日常を謳歌できているのはいいことだ。俺も俺で朝から夏凜の鍛錬に付き合わされたり勇者部に舞い込んできた依頼の解決に奔走したり、常日頃忙しいと思っていた大赦時代よりも忙しい気がするよ。

ちなみに今日は猫の里親探しに行く準備をしていた。前に議題に出ていたのをこんな時間が経ってやるのはひとえに御役目ないしバーテックスの仕業だ。やれやれだよ全く。

 

「夏凜、猫のポスター書き終えたかー?」

「当然よ。見なさい!」

 

夏凜が自信とともに見せるポスターに描かれた猫は、猫というよりもむしろお化けのように見え、どこからか童話にある消える猫のようなおぞましさを感じる。

 

「お化け?」

「地縛霊……?」

「それじゃ猫になっちゃうだろ、どう見ても猫じゃないって。」

「猫よ!」

 

勇者部……というか俺は意地でも夏凜の描いた絵を猫と認めたくはなかったが、その流れはひとつの重いため息によって絶たれる。

 

「はぁ……」

「ん、どしたの樹。ため息なんかついて。」

「いかにも魂が抜けそうなため息だな。」

 

話を聞くと、間もなく樹は音楽の授業で歌のテストがあるらしい。しかし樹は人前で歌うのがとても苦手というわけで憂鬱になっていると。

 

「樹は上がり症だからね……よし!」

 

風先輩はそう言ってチョークに手を伸ばし、おもむろに黒板に字を書き始めた。なになに……

 

『今日の議題 樹を歌のテストで合格させる!』

「勇者部は困っている人のための活動を勇んでする部活。それは部員も対象よ。というわけで今日の議題はこれ!」

 

なるほどねぇ……けどだとするなら俺の報告書書くの手伝ってほしいと言えば手伝ってくれるのだろうか。困っているなら。いや、あまり見せられるようなものじゃないけど。

 

「歌、か。」

「歌声からα波が出せれば完璧ね。」

「α波……」

「うん、東郷それは人間には厳しい。」

「うーん、こういうのは習うより慣れろじゃないかな!」

 

東郷の小ボケにツッコミつつ、友奈からはカラオケに行くという案が出された。もちろんこの後もいくつか意見は出たものの、まずは息抜きも兼ねてということでカラオケに向かうこととなった。

 

「じゃあ駅前のカラオケに移動するわよー。」

「あー、俺はパスで。仕事が入りました。」

 

俺もまぁ、カラオケに行きたいのはやまやまではあったが大赦からメールが来た。内容は玄関先に大赦の紋様が描かれた箱が置かれている画像のみ。早急に受け取れということだろう。

 

「アンタも大変ね。別の日にまた緋月連れてやろっか。」

「まぁ、仕事がなければ。」

 

緋月昇は学生であり、勇者部に所属している。しかしそれ以前に大赦の人間である。普通の中学生の普通の日常はない。

 

「……ずいぶんと立派な箱だ……」

 

桐箱。その箱という物体だけで威厳を感じる。

 

「中身は、補充を申請した霊札と、短剣……そして封書か。」

 

封書の内容は敵バーテックス残り七体が一斉攻撃を仕掛けてくる可能性が高いこと。箱の中の短剣の名が《叢雲》だということ。《叢雲》は記録者:緋月昇の護身用装備であり、神樹様の力で作り出した天叢雲剣のレプリカであることが書かれてあった。

 

「やはり天叢雲剣か。天の神の三種の神器のうちの一つではあるが神話ではもともと素戔嗚尊の所有物であり、それが天の神に献上されたということだったな……」

 

天の神が人類を滅ぼすために送り込んだ尖兵がバーテックスであり、それを是としない地の神の集合体が神樹様となって結界を作り人類を生かしている。だのに、その神樹様がかつての自分の武器の複製をなぜ作った?それに、霊札で制御できるとはいえ天叢雲剣は別名が草薙剣、文字通り草を薙ぎ焔をもたらすものだ。……もしも樹海内で使えば封印の儀使用中に樹海が焼けるように、《叢雲》の炎で樹海を焼いてしまうのでは。そしたら現実にひどく影響が出てしまう。そもそも何から身を護るためのものだ。バーテックスか?だとしたらどうして最初から持たせなかった?

 

「何か隠してることは確かか……」

 

それにしても《叢雲》に描かれている紋様、どうにも見覚えがあってしょうがない。初めて見るはずなのに。それに持ってみると妙に体になじむ。体中が一気に刺激されて動きやすくなっているような、そんな感覚。身体の奥から熱を感じる感覚。

 

「わからん。物には質問ができないしな……」

 

情報としては見たままの情報と自分自身の知識のみ。情報不足が否めない。考えるべきことは山ほどあるってのに。

 

「まぁ、まずは総攻撃の方をどうにかするほうが先決だな。《叢雲》に関しては書史部の書庫を延々と漁っていれば何かはわかるだろ……」

 

しかしそれは本分ではない。あくまでも本分は記録者として、樹海内の戦闘を見届けること。たとえそれがいかに■■だとしても、緋月昇は記録しなければならない。

 

 

 




次回、第11話、エール

感想、評価等、お待ちしてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。