緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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ー勇者部と記録者ー
第1話 緋月昇


讃州中学勇者部。その活動は人のためになることを勇んでする部活。ボランティア、というのが一番分かりやすいだろう。例えば今ここ、保育園でやっている人形劇も活動の一環だ。だが、それは表向きの話。裏、というかむしろ本業は、もっと■■で、もっと、■■だ。(大赦書史部・巫女様検閲済)

 

 


 

 

《むかーしむかしあるところに、ひとりの勇者がいました。勇者は人々を困らせる魔王を討伐するために旅をしています。そして、長い長い旅の果て、遂に勇者は魔王の所にたどり着いたのです。》

 

劇が始まった。俺はセットの垂れ幕を動かしたり、小道具を操ってたりしている。子供たちからは見えないし、友奈と風先輩からも見えない位置でだ。俺の前には段ボール製のレンガをあしらった壁が、俺の後ろには木板でできた人形劇用の枠がある。壁に挟まれてるわけだ。

 

「ようやく会えたな、魔王!」

「よく来たなぁ、勇者。長旅だっただろう。」

 

ここらは俺の書いた所かと思いつつ、俺の後ろにあるハンドルの一つを回して魔王の城のセットを呼び出す。この機構は考えるのも作るのも時間がかかった……なんて、そんな思いは文字通りの意味で倒される。

 

「今日、人々を困らせるお前に引導を渡す!」

 

演技に熱の入った友奈が腕を振りぬき、友奈の前にある、つまり俺の後ろにあるセットを倒したのだ。当然俺は下敷きにされ、さらには俺の前のセットも倒れていった。

 

「ちょ、友奈!?セットが、にょわぁぁ!?」

「ひーくん!?」

「緋月……は気の毒だけど、まず子供たちに当たらないでよかった……」

「うげぇ」

 

先輩の言う通り子供たちに当たらなかったのは不幸中の幸い。これぐらいのハプニングならまだ修正は効く。そう思った矢先、友奈がとんでもない行動に出た。

 

「ゆ、勇者キーック!」

「あいだぁ!?ちょ、友奈それキックじゃない!後勝手に始めるな!しゃあない、樹!ミュージック!」

 

なんと友奈が沈黙に耐え切れず魔王といきなり戦闘を開始したのだ。それでいいのか勇者。そしてそのせいか先輩のスイッチも入ってしまったようでもはや魔王そのものが降りてきている。だがそんなことよりも俺がまだ動けないということのほうが問題だ。

 

「えぇ!?ここで魔王君臨のテーマ!?」

「ふははは、引導を渡されるのは貴様の方だ!」

 

しかしまぁ、熱が入りすぎて迷走し始めたな。こうなってくると頼りになるのは東郷だけかもしれん。

 

「皆!勇者を応援するのよ!勇者にパワーを届けるの!がーんばれ、がーんばれ!」

『がーんばれ、がーんばれ!』

「うぐぐ、皆の声援が、私を弱らせる……!?人の心の共鳴とでも言うのか……!?」

 

しかし東郷もすっちゃかめっちゃかにやってくれた。まぁ子供たちを巻き込んで演者として一体化させたと判断して先輩がうまくアドリブを挟んだことで事態は解決できそうだ。

 

「うおおおおお、勇者、パーンチ!」

「うぎゃぁぁぁ!?」

「もう終わりだよ、戦いも、憎みあいも、全部!」

 

よし、子供たちは盛り上がった。じゃあもうこれでいいだろう。どうにか枠の下から顔を出して東郷に伝える。

 

「今のうちに、締めてくれ……」

「と、いうわけで。祖国は守られましたとさ。めでたしめでたし。」

 

祖国って言葉通じるの?なんて思ったが、まぁ終わったことだしもういいや。めでたしめでたし……じゃない。まだ下敷きなんですけど。

 

 


 

 

あぁ、そういえば自己紹介も何もしていなかった。讃州中学勇者部部員の話も、何も。

どこから話したものか。まずは部長か。部長は三年生、犬吠埼風先輩。女子力全開にして厨二病患者、しかししっかりものの姉である。なお女子力の定義は不明。

次は部長の妹、犬吠埼樹。一年生。先輩曰く女子力低め。なんというか、勇者部の癒し枠。そしてタロット占いが得意。よく当たる。死神や塔がよくめくれるのは愛嬌。

次は……結城友奈。二年生。明朗快活、天真爛漫。元気を体現しているような存在だ。特技は武術。なんでも親から教えて貰ったらしい。護身用なのかは知らん。そしてその友奈の親友である東郷美森。どうも名前よりも名字で呼んでほしいらしい。まぁ、確かに美森よりかは東郷の方が俺も呼びやすい。デジタルに詳しく和菓子作りが得意。その他色々キャラが濃いが、事故で両足の機能と過去二、三年の記憶が無いらしい。よく生きてたな、そんな重大な事故で。あれか?二年前の大橋の事故か?末端の俺には上からの情報が少ないからなんとも……っとそうだ。俺自身の紹介を忘れていた。

俺は緋月昇(ひづきのぼる)、二年生。友奈と東郷と同じクラスにいる。今年から上の拝命というか辞令を受けてこの讃州中学に入学した。上の話は……まぁ来るべき時が来たら話すことにしよう。今話しても、きっと検閲されて黒塗りの全く読めない文章になるだろうからな。

 

ともあれ、これが讃州中学勇者部五人の紹介だ。

 

 


 

 

人形劇の日の翌日。

 

「緋月ー、お前今日暇?」

「悪い、暇じゃないんだ。いつもならミーティングはサボるのだが、今日は結構重要な議題があると釘を刺されてな。ホントにすまん。」

「いいっていいって。しかし、勇者部ねぇ、お前以外全員女子だろ?いいよなぁ~」

「あんまり良いもんじゃないよ、木板に押し潰されたりするからな。」

「木板?潰される?」

「何でもない、またな。」

 

クラスメートが良心的でよかった。ここにいるということが俺には重要だからな。さて、友奈達は先に行ったか。俺も後を追わねば。そう思って校内を移動し、家庭科準備室もとい、勇者部部室に足を踏み入れる。

 

「緋月昇、合流しました。」

「ご苦労、緋月准尉。」

 

この挨拶にはコメントしない。そういうものだ。

 

「いやー、昨日の人形劇、大成功でしたね!」

「大成功って、何もかもギリギリよ、ギリギリ。東郷の機転が無かったら、どうなってたことか……」

「先輩の言う通りだな……木板に色々詰め込めるだけ機構を詰め込んだはいいものの、まさか倒されるとはね。」

「あうぅ、ごめんねひーくん!」

「もういいよ、そのぶん盛り上がった。それよりも先輩。俺を呼びつけるほどの重要な議題とは、一体なんですか?」

「あぁ、それはね……猫の飼い主探しよ!」

「お姉ちゃん、囲碁部からの依頼じゃなくて?」

「それもあるわ!」

「後者は別に俺でなくても東郷に任せればいいでしょうに……」

 

勇者部のボランティアの範囲は広い。専用のホームページもあるレベルだ。そしてそのアクセス数は一日に一万を越える。間違いなく大赦の行政組織より公共の福祉に貢献しているだろう。

 

「だめよ、ホームページの改修が必要だから、東郷にはそっちをやってもらうわ。」

「あぁ、それならしょうがないか……」

「というわけで東郷、早速だけど頼むわ。」

「頼まれました。携帯からもアクセスしやすいようにモバイル版も作ります。」

 

囲碁部からの依頼内容を確認……って明日じゃん。今日かと思ったじゃないか。

 

「お姉ちゃん、私たちは?」

「え、えーっと、今までも頑張ってたけど、今まで以上に頑張ればよろしい。」

「あ、アバウトですね……」

「じゃあ、猫のポスターでも作るか?」

 

にゃー、と冗談混じりに言いながら、そんなことを言ってみる。

 

「それいいね!ひーくん!」

「ベタだけどな。」

「ふぅ、ホームページ改修任務、完了しました。」

『早っ!?』

 

とまぁ、そんなこんなで下校時刻となり、ミーティングの続きはうどん屋さんで行われることとなった。

 

 


 

 

「もうひとつ重大な議題があるわ、十月の文化祭のことよ。」

「まだ四月なのにですか?」

「そういえば、去年はどたばたしてて、何も出来ませんでしたから……」

 

そうだったのか。

 

「今年は猫の手も男手も入ったからね。色々できそうとは思わない?」

「猫の手って、私!?」

 

嬉しそうだな、先輩。

 

「というわけで、文化祭でやる出し物を考えること。これ宿題ね。」

『はーい。』

 

……いや、俺は別に……そんなことのためにここにいるわけじゃないんだ……

 

 


 

 

うどん屋からの帰り、東郷は車椅子のため車で友奈と共に帰る。帰る方向が俺も同じなため俺も乗せて貰う。もっとも、友奈と東郷は家が隣だからいいが、俺の場合少し離れているから車を降りてからまた少し歩かなければならない。川沿いの小さなマンションだ。俺の部屋の隣は空室。そんな情報は要らんか。そのマンションに向かう途中に俺のスマホにメールが届く。

 

「上から、か。」

 

差出人は大赦。内容は、

《犬吠埼班の適性値は概ね良好。緋月昇、あなたの記録者の任がまもなく始まります。気を引き締めなさい。以上》

 

「はぁ……始まっちまうのか……」

 

空の星が少し、輝いた。

 

 




2021/11/15 再編集

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