ブラック鎮守府提督のthe unsung war   作:spring snow

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第九話

「対空戦闘用意!」

 

 赤城から全艦艇に向け命令が発せられた。

 赤城の対空電探が接近する敵の機影を捕らえたのだ。叢雲はすぐに手に持った12.7センチ連装砲B型を構える。あまり対空戦闘には向かない主砲ではあるが、文句も言えない。

 

「来るなら来なさい! 撃ち落としてやるわ!」

 

 叢雲がつぶやきながら電探に神経を集中させる。駆逐艦の艦橋は赤城のような大型艦に比べて背が低いために敵影を捕らえるまでに時間がかかる。

 やがて、電探にぼんやりとした影が映り始めた。それは大きな塊で明らかに水上艦艇とは異なる写り方だ。

 

「来た!」

 

 上空では護衛の戦闘機が舞っているとはいえ、油断はできない。護衛の戦闘機はまずは敵方の護衛の戦闘機と空中戦になるため、よっぽど敵方の護衛の数が少なくない限り、防空に穴ができる。

 そうなれば対空砲火で食い止めるしか無い。

 

「撃ち方用意!」

 

 叢雲は射撃に神経を集中させる。

 基本的に主砲で敵艦載機を狙うのは不可能に近い。というのも艦娘が搭載している主砲の射撃方法は敵の距離や方位、速力と行った様々な情報に加え、こちらの速力などの情報を加え、気象条件などを加味した上で複雑な演算処理を行い主砲が動いてくれる。

 さらにこれらの主砲の内部で対空用の砲弾は時限信管をセットし、発射する。このような事を行うには少なくとも数十秒はかかる。この間に敵艦載機は何キロと移動していく。

 そのような状況では当てる方が難しい。

 

 それでも狙わなくては気が済まない。

 

「発射!」

 

 ドンッと言う腹に堪える衝撃が走り、主砲が火を噴く。

 他の艦船も同じように主砲や高角砲といった対空火器を発射している。皆必死だ。数秒、あるいわ十秒に一回のペースで主砲を発射していく。

 美しい太平洋の青天にいくつもの対空砲火の真っ黒な花が咲き乱れる。

 当然のことながらこれに引っかかるような敵艦載機はなかなかいない。無論、運の悪い機体や、秋月型のような防空駆逐艦の対空砲火に狙われた機体は落ちていく。

 

「空母に近寄らせるな!」

 

 必死で打ち続ける艦娘たちをあざ笑うかのように敵艦載機は近づいてくる。もう主砲では対処できない。

 

「主砲撃ち方止め!」

 

 主砲をいったん撃つのを止め代わりに機銃を構える。

 最早主砲で対処できる距離ではない。

 

「撃て!」

 

 ドンドンッと言う小太鼓を連射する音が聞こえてくる。先ほどの主砲のような力強さはないが、それでもそれ相応の衝撃を感じる。

 

 敵艦載機はついに編隊に分かれ、攻撃態勢に入る。

 大きくは二つに分かれていき、高度をさらに高くしていく部隊と高度を一気に下げ、海面すれすれまで降下していく部隊だ。前者は爆撃機(急降下爆撃)、後者は雷撃機であろう。

 

 叢雲はとりあえず狙いやすい位置にいた雷撃機を狙うことにした。

 三機編隊を作っている中で一番先頭にいる機体だ。

 

「当たれ!」

 

 必死で艦上に存在するありとあらゆる兵装を撃ち続けるが、敵の右あるいは左に空しく逸れていくばかりでなかなか当たらない。

 ぐんぐんと距離が近づいていき、もう敵の形もはっきりと認識できるレベルである。

 叢雲の中にいる妖精たちも慌ただしく動き始めている。

 この状況では土手っ腹に攻撃を受ける可能性があるために、艦を敵機と相対させようとして舵を切る。

 

「面舵いっぱい!」

 

 操舵妖精が必死で舵輪を回して艦を回頭させていく。小型艦艇であるため、舵を切ってからの効きは早い。すぐに舵は効いていき、今にも転覆するのではないだろうかというほど艦が傾いていき、右へ右へと進んでいく。

 

「……!」

 

 見張り妖精が何かを指さして叫ぶ。見れば多数の艦載機が赤城や加賀のような大型艦を狙っていく。

 

「くそ!」

 

 自分を守るために使っていた対空火器のほとんどをそちらの機体に向けて打ち始める。

 それと同時に自分に向かっていた三機の敵機の両翼が火を噴いた。機銃を発射し始めたのだ。目の前の海にサーッと小さな水柱が何条も上がり一気に近づき、船体の様々な場所に当たり火花を上げた。

 

「ぐっ!」

 

 軽い痛みが走るが、耐える。堪えられない痛みではない。しかし、今の攻撃で機銃を扱っていた妖精が二人ほど朱に染まり倒れた。

 すぐに脇にいた別の妖精が代わりに銃座につき、打ち始める。

 敵雷撃隊は投雷することは無く上空を通り過ぎていった。

 おそらくは空母に打つつもりなのであろう。

 

「やらせない!」

 

 必死で追い打ちをかけるが、追い打ちというのは当たるモノではない。全弾が空を切っていく。

 敵機の腹から黒く細長い塊が落ちていくのが見えた。それは水柱を上げ、赤城にまっしぐらに向かっていくのが見える。

 

 魚雷だ。

 

 赤城は上空の急降下爆撃に対処して、取り舵を切ったばかりだ。その大きな土手っ腹を雷撃機に見せつけている最悪の瞬間だ。

 

「赤城さん、避けて!」

 

 叫ぶが、そのような思いが届くはずはない。

 赤城も気づいてはいるが、最早避けようはない。赤城はぎゅっと目をつぶり衝撃に備えた。

 赤城の右舷に吸い込まれるように雷跡が消えた。

 

 

 しかし、いつまで経っても想像していたような大きな水柱は上がらない。赤城もえっと驚いたように目を開ける。

 

「不発だったんだ!」

 

 良かったと叢雲は胸をなで下ろす。

 その叢雲に向けて赤城が何かを叫んでいる。喜んでいるのであろうか。何かしら大きくジェスチャーをしている。

 

「良かった、良かった」

 

 胸をなで下ろしながら前を向いた叢雲は自分にまっすぐに向かってきている敵機が見えた。

 それは上空を通り過ぎていき、海面に写る陰の下には、白い跡が見える。

 

「……」

 

 叢雲はすぐに赤城が何を言わんとしているかを悟った。

 しかし、もう何もかもが遅い。距離は数十メートルほど、舵は間に合わない。

 

「不発だと……良いな」

 

 そう呟いた彼女の姿を大きな水柱が隠した。


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