ブラック鎮守府提督のthe unsung war 作:spring snow
「……」
機体の中は声一つしない。聞こえるのは機体を強く押し進める中島飛行機の誇る傑作発動機の中島製「誉」エンジン一二型だ。彩雲にも使われているこの二〇〇〇馬力エンジンは流星を五四二キロという艦攻としては信じられないような高速力の機体にしている。このエンジンのおかげで従来の艦攻よりも防弾性能や攻撃力も上がっておりまさしく決戦にはふさわしい機体と言えた。
しばらくすると前方を行く誘導機がバンクを振り搭乗員の妖精が前方下を指さす。
指さす先には何条もの航跡が確認でき、その先端には黒い敵艦らしき姿が見えた。同時に敵艦隊の上空に展開している護衛の戦闘機がこちらに突っ込んでくるのも確認できる。
「トトトト……」
ト連送が全機体の無電に聞こえてくる。全機突撃せよという意味だ。
「……!」
機長の妖精は後部にいた通信手兼機銃手の妖精に無言で合図を送り、機体を一気に加速させる。
急激な加速は体を座席に押しつけるような力になり、機体のエンジン音が少し大きくなる。それと同時に敵の戦闘機もみるみるうちに大きくなりやがてはっきりと形が認識できるレベルになってくる。
そこまで近づくと、味方の護衛の戦闘機の烈風が勢いよく前にせり出し、敵戦闘機と銃火を交え始めた。初撃で運悪く敵味方双方の機体が数機墜落していく。
その大半は機体から白い煙を噴き上げており一撃でばらばらになった機体はいなかった。おそらくはエンジンに被弾し、発動機が推進力を失ったことによるモノであろう。
だが、彼らを心配するほどの余裕はない。それが数秒後の自分の姿なのかもしれないのだ。空の戦いというのは非情だ。どこから来るとも分からない銃弾に運悪く当たればそれで終りになることもあるし、逆に数千発の機銃弾の中を飛んでも一発も当たらないこともある。
その一発に人生の幕が掛かっているのだ。
妖精はそんな考えを捨て、今の一瞬を生き残ることに集中する。
敵戦闘機は味方の戦闘機が押さえてくれているため、その間に敵艦めがけ邁進する。しばらくは何もない空間を飛んでいるがやがて周囲に黒い煙が描かれ始める。敵の対空砲火だ。
それは優に機体一つ分が入り込めそうなほど大きいモノで当たればただでは済まないであろう。その対空砲火の煙に何機もの攻撃機が落とされていく。
あるモノはもろに突っ込み機体をばらばらにされ、落ちていく。またあるモノは機体の主翼を引き裂かれ、バランスを崩し、錐揉み回転をしながら落ちていく。またあるモノは全くの無傷なようであるが、搭乗員がいる風防の中を朱に染めて落ちていく。
それは艦隊に近づくごとに増えていき、どんどん周囲の機体は落ちていく。
しかし、彼らの機体は落ちることなく艦隊上空へと到達する。
目指すは敵空母だ。
艦隊の中央に配置された空母を目指し、さらに機体を一気に低空へ落とす。
体が浮くような気持ちの悪い感覚にさいなまれつつもそのコントロールに全神経を集中させる。海面がみるみる迫り、激突するのではないかと言うほど低空に来た瞬間、機を水平に保ち機首を敵空母に向けた。
敵は射角がとれないために、機銃で攻撃を始める。際ほどの対空砲火とは違い、凄みはないがジョブが何発も一気に襲いかかってくるようだ。
しかし、彼らもそう簡単に機銃にとらわれるような訓練は行っていない。
機銃が機体を捕らえることはなく、すぐに艦隊の中央にいた敵空母は目の前に迫ってくる。
「……!」
不意に機体がすっと上がりそうになるが、機長はその機体を下へ押さえつける。投雷したのだ。
もうぶつかるのではないか。その距離まで来てようやく機首を真上に上げ、機体を一気に上空へと押し上げる。
敵空母の船体をかすめるようにして上昇した機体は敵機銃の銃弾に追われるように急上昇を始めた。
機銃手は体を締め上げられる強力なGに耐えながら自機の魚雷を見つめた。
敵艦の未来位置目がけて投雷された魚雷は過たず敵艦に命中。白い水柱を上げた。
「……」
二人はガッツポーズ一つするとでも思うが、彼らはそんなことにかまけている暇はない。空母をやられたことで怒り狂った敵の対空砲火や護衛の戦闘機からの攻撃に備えるのだ。
まだ周囲には敵の銃火が飛び交っている。
「!」
後部から不意に機銃の連射音が聞こえ始めた。
見れば、後ろを敵の戦闘機に押さえられている。機銃手は必死で弾幕を張るが、なかなか当たるモノではない。敵の戦闘機はすばしっこい動きでヒラリヒラリと機銃弾をいなしつつ接近してくる。
確かに、流星のエンジンはかなり高性能で機体も艦攻の中では高速ではあるが、あくまでも艦攻の中での話だ。戦闘機と比べられればそもそも機体の目的が違う。
その性能差が空戦になって出てくるのはやむを得なかった。
機長は歯がみしながらも機体を右へ左へと振る。敵戦闘機の標準機から少しでも機体をそらすためだ。
そしてついに戦闘機は撃ってきた。敵戦闘機は人間側とは違い、飛行機としての形と言うよりは生き物としての形としての方がイメージには近い。太い曳光弾の切っ先が流星に迫ってくる。
機長はすぐに機体をスローロール(緩横転)を掛け、機体を敵射線上から逸らす。おそらく敵はこの一撃で落とすつもりであったのだろう。勢い余って正面へすっ飛んでいく。
その瞬間、敵機に上空からいくつもの槍が刺さったように見え、直後爆発した。
目の前を勢いよく何かが降下していき、やがて上昇してくる。味方の烈風であった。おそらくはこたらの危機に気づいた一機が救援に駆けつけてくれたのであろう。
二人は手を振ってお礼を伝え、その戦闘機に護衛されながら帰路につく。気づけば周囲には帰還する味方の航空機が数多くいて、これほど生き残ったのかと驚かされる。
そのまま二人を乗せた流星は母艦を目指し、空の戦場を後にした。