ブラック鎮守府提督のthe unsung war   作:spring snow

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第五話

 ピッ、ピッ、ピッ……パチン。

 

「朝か……」

 

 叢雲は目覚ましの音を止めてボンク(ベット)から這い出してくる。

 彼女は秘書艦のため、他の艦娘よりも30分ほど早く起きる。

 

 彼女は寝間着から普段の服装に着替え、部屋を出た。執務室に行き、伊藤を起こすためだ。といっても彼が起きていないことなどほとんどなく、いつもは彼が先に来ていて挨拶されるのが落ちなのであるが。

 

「叢雲よ。入るわ」

 

 そう言って部屋の扉を開けた。彼はいつも寝起きのコーヒーを飲みながら叢雲を待っているのだが、今日に限ってその香りがしない。それは当然であろう、彼は執務室にいなかったのだ。

 

「あら珍しい。寝坊かしら」

 

 そう思って寝室に向かおうとしたとき、不意に机の上に置いてあった紙切れに目がとまった。

 

「何かしら、これ?」

 

 疑問に思い、それを見てみる叢雲に宛てて書かれた手紙だ。

 

(工廠に向かっています)

 

 端的にそう書かれており、裏には何もない。

 

「急にどうしたのかしら?」

 

 普段、彼が工廠に行くようなことはあまりない。せいぜい新鋭艦や新鋭兵器ができたときの確認くらいだ。その彼がわざわざ早朝から工廠に行くような理由が考えられない。

 

 とりあえず言って確認をしてみるかと叢雲が行こうとしたとき、執務室の扉が開いて伊藤が入ってきた。

 

「工廠に行くなんてどういう風の吹き回し?」

 

 叢雲は開口一番にそれを聞くが、彼は答えない。

 

「答えられない理由でもあるの?」

 

 通常、秘書艦というのは提督不在時の提督代理をできるほど権力を持っている(前回の伊藤がいなかったときに叢雲がその業務を代行していたように)。それ故、滅多なことがない限り提督は秘書艦には隠し事をしない。

 無論これは通常の話であり、この鎮守府には当てはまらないのであるが。

 

「あれ、何であんたが妖精さんを連れているの?」

 

 不思議なことに彼の肩には何故か妖精さん、それも工廠の仕事を一手に引き受ける妖精さんが載っている。

 これは極めて珍しいことで普通の提督であれば好かれることは多いが直接触れたりできるほど親密になるものはごく限られている。

 ただでさえ無愛想な彼が妖精に好かれる時点で意外になのにこれほど親密になるなど信じられない光景であった。

 

「少し用があってな……」

 

 珍しく気まずそうに言う伊藤に対し、妖精さんはうんうんと頷いている。

 

「用って何なのよ?」

 

「それは言えん」

 

 これに関してはきっぱりと断り伊藤は妖精さんをいったん机の上に置き、叢雲に言った。

 

「叢雲、いったん部屋から出てくれ」

 

「どうしてよ?」

 

「軍機に関することだ。おまえにも言えない」

 

 軍機という言葉を聞いて叢雲は静かに立ち退いた。

 伊藤の立場はかなり複雑な立ち位置にある。彼は提督として艦娘を指揮する地位にありながら、大本営からも意見を求められるほどの優秀な人物である。

 それ故、彼は時たま艦娘には言ってはいけないような任務に就くことも少なくはない(こうしたことが彼と艦娘の間に関わりがないと言われる要因の一つでもあるが)。

 今回はその事案らしい。

 

「分かったわ。何時間ぐらいかかる?」

 

「昼頃には戻ってきてくれ」

 

「了解」

 

 叢雲は端的にそれだけ言って執務室を出た。

 

 

 

 

「さて、工廠長。こいつをおまえら妖精の中で探し出すなり何なり、見つける手はあるか?」

 

 そう言って伊藤が見せたのは腕を組んではちまきを頭に巻いた妖精さんだ。この存在を知っているのは海軍内でもごく限られた人間でしかなく、この深海棲艦との戦争を根本から変えてしまうと言われるほどの妖精さんであった。

 

「……あるよ」

 

 妖精さんは良い声で答えた。

 

「そうか、それはどういった手か教えてもらえるか?」

 

「良いが、彼女を作り出すには多くの対価がいる。伊藤さん、あんたにはそれを準備できるのか?」

 

「ああ。必要とあれば天使にでも悪魔にでも我が魂を売ろう」

 

「分かった。ではあんたにはこれから言う物、そして手順を踏んで準備をしてもらう。この結果、起こることは……」

 

 妖精さんから聞かされた内容は実に衝撃的内容であったが、彼はそれを引き受けることにした。

 そしてその夜、大本営に一通の手紙いくつかの書類と共に信頼のおける兵士に持たせ、送った。

 

「先の件に関するお話を受けましょう。ただし、我が身の安全は保証できないため、あらかじめこちらに私の意見をまとめたものをお送りいたします」

 

 

 

 

「月がきれいね」

 

 叢雲は窓の外を見ながら言った。いつも通り伊藤は窓の外を眺めている。この窓から見えるのは船着き場に続く道である。この道をさらに行くと以前、伊藤がいた例の見晴らしの良い岬に出る。

 

「ああ。そうだな」

 

「あんたはこの戦争どうなると思うの?」

 

 叢雲は気になってい聞いた。何せ大本営の作戦計画に携わっている彼だ。この戦争の行く末は自分よりは見えていると考えたのだ。

 

「分からない」

 

 予想と違い、意外な答えが出た。

 

「この戦争は人類が今まで遭遇したことがない戦争だ。ただでさえ戦争というのはどう転ぶか分からない。三国志における官渡の戦いでは七十万と謳われた袁紹軍はたった七万ほどの軍勢を率いていた曹操に敗北した。逆にその曹操は八十万を誇っていた赤壁の戦いにおいて孫権、劉備連合のたった五万の軍勢に敗北した。古来より戦争というのは圧倒的有利な側が勝つとは限らないことをさんざん繰り返してきている」

 

「あんた、三国志詳しいのね」

 

「ちとばかしな。言いたいことはそんな大どんでん返し起こりうる戦争は未来を予測することは難しい。ましてや人類が経験したことのない戦争なんてさらに分からんよ」

 

 彼はそう言いながらコーヒーを一口飲んだ。

 この日は静かで月が綺麗な夜だった。


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