ブラック鎮守府提督のthe unsung war 作:spring snow
それから数ヶ月の間、舞鶴鎮守府は大きな作戦もなく落ち着いた日々を過ごしていた。傷ついた艦娘たちも傷を治していきやがて鎮守府はかつての活気を取り戻しつつあった。
「良かったわね、あの頃の活気が戻って」
叢雲は嬉しそうに伊藤に言う。
「そうだな」
伊藤は気のない返事をしながら窓から外を見ている。
彼はこの窓から外を見るのが相当好きなようで、彼が執務をしていないときはコーヒーを入れたカップを片手に必ずこの窓から外の様子を眺めている。
「ずいぶんとぶっきらぼうな返事ね」
叢雲は頬を膨らませながら文句を言うが、伊藤は何も答えずただ外の風景を眺めている。
「そういえば、そろそろ夕食だけど、あんたどうするの?」
普段叢雲は、姉妹である吹雪などと夕食を取っているが彼女は哨戒任務に就いており珍しく叢雲はフリーなのだ。
「別に、自分で勝手に食うだけだ」
「食堂に行ったりしないの?」
意外とでも言いたげに彼女は言った。
実際、他の鎮守府では提督は皆、艦娘たちと一緒になって食事をしたりしており、親密になっている場合ばかりだ。それに対し舞鶴鎮守府では伊藤自身があまり外に出ないため、他の鎮守府に比べ艦娘と提督の距離はかなり離れている。
「ああ。別に行く必要もないしな」
「なんでそうも頑なに私たちと交流を持つことを拒むわけ?」
叢雲は問いかけるが彼は何も答えはしない。ただ静かにその場にたたずんでいる。
叢雲はしょうがないとでも言いたげに彼に言った。
「良いわ、今日は私が一緒に夕食を食べてあげる。感謝なさい」
「別にいらん。夕食は一人で結構」
叢雲の提案はあっさりと却下される。しかし、その程度で折れる彼女ではない。
「何ですって! 私がせっかく、あんたに付き合って夕食を食べてあげるって言うのに、いらないって言うの!」
「うむ、いらん」
「き~っ! 頭きた! あんたが何を言おうともこの場で一緒に食べてやる!」
そう言うなり、執務室に隣接したキッチンに駆け込む。
「おい、何するつもりだ!」
さすがにこの事態には彼も驚いたのか、珍しくうろたえたような声で彼女に問いかけるが返事はない。代わりに何か食器や調理器具をいじくり回す音が聞こえ続ける。
「全く、面倒なことを……」
口では言いながらも彼の口元が少し緩んでいたのは気のせいであろう。
三十分ほどしてから叢雲がキッチンから出てきた。
手に握られたお盆は二つの食器が乗っている。中身はチャーハンのようだ。
「できたわ」
それだけ言って彼女は伊藤の執務机の前に設置された来客用の机の上に置いた。
「……」
伊藤はためらいながらも席に着き、そのチャーハンを見下ろした。
「何見てるの? 食べなさいよ」
叢雲はいただきますと言ってからモグモグとチャーハンの内の一つの皿を取って食べ始めた。
「い、いただきます」
伊藤はチャーハンの皿を持って食べ始める。中身はいたってシンプルでネギや白菜といった野菜類が豊富に入った野菜チャーハンだ。残念ながら肉はなかったが、野菜が豊富なためにあまり肉の物足りなさを感じさせなくなっている。
「うまい」
伊藤はそう言ってかっ込むように食べていく。
叢雲はその様子を見てどうよと言わんばかりに胸を反らせながら言った。
「当然でしょ、私が作っているのだから」
「ありがとう」
「え?」
予想外の一言に今度は彼女が面食らったような顔をした。
「ありがとうと言ったんだ」
「え、あ、うん。どういたしまして」
語尾に近づくにつれごにょごにょとごまかしながら言う。
予想外の一言に驚きと照れが混じって何を言っているのか分からなくなったが、伊藤は気にせずチャーハンを夢中で食べ続けた。
彼のその様子に叢雲はそっぽを見つつも、満足げに笑いながら残ったチャーハンを食べていた。窓辺には美しい星空が広がっていた。
「すまんが、今日は大本営に行ってくる」
そんなある日、彼は唐突に大本営から呼び出しがかかった。彼は提督ではあるがその能力の高さから時折大本営から作戦の助言を頼まれることがある。そのため、彼にはあまり休みがない。
戦争中であるから軍人に休みがないことはやむを得ないとはいえ、彼の場合はそれを踏まえた上でも休みは少なかった。
「最近ろくに休めてなかったのに、大丈夫なの?」
叢雲は伊藤に尋ねるが彼は大丈夫だと言って外に待たせておいた車に向かう。手には大きな鞄を持っており、かなり重さはありそうだ。
「俺がいない間、おまえに指揮を任せる。困ったらこれに電話をして対処をしろ。この地下に通信施設がある。あと戦闘は厳禁だからな」
彼は一通の手紙を彼女に渡しながら言った。
そこには大本営がある行幸行在所の電話番号が書かれている。
「分かったわ。任せときなさい!」
自信満々に彼女が言うのを満足げに見届けて彼は車へと乗り込んだ。
彼の車は門を出て駅へ続く道に消えていった。
その日から3日目の正午、突如舞鶴鎮守府の無線機が動いた。
我、敵ノ攻撃ヲ受ケツツアリ 至急救援ヲ求ム
近くを航行していた輸送船からの緊急入電であった。