ブラック鎮守府提督のthe unsung war   作:spring snow

11 / 11
 これが最終話になります。皆様、今まで本当にお付き合いいただきありがとうございました。今後も何かの作品でお会いしましたらそのときはどうぞよろしくお願いいたします。


番外編

 あの戦争が終結してから早二年。

 今では各国の制海権も取り戻されたことからようやく海運産業が回復して、各国の貿易などもかつての賑わいを取り戻しつつある。

 深海棲艦と呼ばれる異形の生物たちとの戦いは人類の勝利に終わった。深海棲艦の本拠地となっていたハワイを日本の艦娘たちの必死の攻勢のおかげで取り戻すことに成功。それから一年かけて深海棲艦の残党の制圧が行われた。

 そしてついに二年前の奇しくも八月一五日。深海棲艦の地球上からの消滅が宣言された。こうして人類と異形の戦いは幕を閉じたのである。

 艦娘たちはその武装を解かれた後にその功績から日本の国籍を与えられ、国が保証しうる限りの自由が与えられた。各艦娘たちは各々、新しい人生を送り始める。ある者は愛する者と結ばれ、家族を作る者。またある者は趣味の世界を思いっきり楽しむ者。そういった楽しい余生を送る者もいれば、戦時に仲間を失ったことから耐えれず、自らその命を絶つ者もいた。

 あの戦争の戦禍は未だに様々な人間の心に住み着いている。

 

 その中、ある一人の元艦娘が訪れていたのはかつて大本営の総指揮を執っていた男の邸宅だ。その男はこの戦争において最大の功労者と謳われ、戦争が終わると同時に軍を引退。日本のある片田舎で静かな余生を送っている。

 先の大戦で死んだ提督の机から発見された書類はその提督の日記であった。

 そこには彼の苦悩、そしていかに深海棲艦と戦うべきなのか、そういった必死で考え込んだ跡が残されていた。そして最後に残されていた言葉は秘書艦に向けて書かれていた言葉であった。

 

「こんな物を見せて考えてもらえる人物がお前以外いなかった。どうかこのような重いことを押しつけることになったことを許してほしい。どうか僕を見てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんください!」

 

 門を叩く若い女性の声に男は来たかと用意していた部屋に通した。

 

 片田舎とはいえど、ある程度住居の環境は整っており、まだ珍しい空調機も整備されている。

 

「急なご訪問、誠に申し訳ありません」

 

「いえいえ、あの提督の元秘書艦ともなれば無下にはできんよ」

 

「そう言っていただけるとありがたいです」

 

 その女性は白銀の髪をかき上げながらはにかむ。

 

「さて、何から話そうかな……」

 

 彼はそう言いながらその提督について話し出した。

 

 

 

 あいつは軍の提督養成学校時代からきわめて優秀な奴だったよ。元々はパイロットになりたかったらしいんじゃがな。妖精に好かれるという性から転属させられた。

 最初は自分なんぞは上に立つ人間じゃない。そんなことは無理だと断っていたのじゃが、上の人間がそれを説き伏せて提督養成学校に入れたのじゃ。

 それでもどの科目でも一番の成績を取り、特に机上演習の腕はピカイチじゃった。教官である軍人たちとの訓練でも常に勝利しておってな。奴はいつも相手の三手四手先を見越しながら戦っていた。

 だが、奴はそれでもまだ足りないと常に勉強しておったことをよく覚えておる。奴は何でそんなに勉強するのかと尋ねられたそうじゃよ。そしたら

 

「戦争といえど俺は大きな被害を出したくはない。自分はパイロットになりたかったから下の人間がいかに不安を抱きながら戦場に望んでいるかは痛いほどよく分かる。そのような思いを少なくするためにも被害を0の状態で勝てるよう努力するのが俺の仕事だ」

 

 とな。おかしな奴じゃよ。あいつが一番その無謀さを理解しているはずなのに奴が、一番それに向けて努力していた。

 そうして奴はトップの成績のまま卒業。あの鎮守府に配属された。

 そこで奴は改めて戦争の難しさを知ることとなった。何せ部下が思ったように育たなかった。これから先に考えられる戦闘はいずれも厳しい物になることはよく分かっておったから奴も必死だったんじゃよ。

 しかし、結局は育たなかった。奴はそのことをよく儂に手紙で送ってきていたよ。おお、これじゃ。

 

「どうにかもう少し作戦始動をお待ちください。我が鎮守府はまだ十分な戦力が揃っておりませぬ。あと一月お待ちいただければ準備が整います。どうかどうか」

 

 しかし、当時の日本に一月も待てるほど余裕はなかった。資源がそこをつきかけていたのじゃ。

 奴にもそれは分かっており、軍人として国を優先するか、それとも士官として部下の命を優先するか。奴は苦悩しながらも国を取った。

 そして出た結果はお主も知っておろう。あの囮部隊の大惨敗じゃ。だが、作戦目標自体は成功したのが奇跡と言っても過言ではない。当時、この戦力差を見た他の提督たちは誰もあの主力部隊を相手取ろうとはしなかった。しかし奴は一言。

 

「うちの鎮守府であれば叩けます」

 

 と言ったんじゃ。思えば奴はあの時点で終戦までのプロセスが見えていたんじゃろ。その後の作戦の成功の立て役者は常に奴の鎮守府出身の艦娘たちであった。奴は訓練と実戦を何度も積ませることで、死ににくくなり、作戦の主力として担えるようになれば、それだけ普段の無茶な苦戦に投じられずに済むと確信があったのじゃよ。

 奴は自分の部下も生き残り、日本も救うことができる。その唯一の可能性に全てを賭けたのだ。実際、奴が計画した通りギリギリながらもその後の作戦は成功を収めていった。

 

 だが、奴は自分を許せなかったのだ。あの囮部隊で死んだ艦娘たちを訓練しきれずに死なせてしまった自分のことをな。

 それに奴はそのせいで「ブラック鎮守府」などという汚名までつけられていた。他の提督たちは挑もうとすらしなかった作戦でいざ成功して終わってみれば手のひらを返したかのように奴の鎮守府を責め立てた。あいつは部下を無理矢理死地に追い込む最悪な奴だとな。

 全く薄情な奴らじゃよ。しかし、奴はそれに文句も言わず黙って受け入れた。しっかりとした指揮を執れなかった自分への罰だと考えていたのだろう。

 まあ、奴自身は艦娘とは交流を持たぬようにしておったからな。誤解は解けぬと諦めていたのもあるとは思うが。

 

 うん、奴が交流を持たなかった理由?

 

 それは軍隊の士官に共通するものじゃよ。士官というのは時に部下を死地に行かせねばならぬ。そういった時に部下と関わりが深ければ情が芽生えてしまい、死地に行かせることができない。そういった事を避けるために軍隊では士官と兵を別々の扱いをするのじゃ。

 奴は特にそういった情には弱い奴じゃった。元パイロットを目指していたと言ったろう?パイロットというのは組んだ相棒を信頼して背中を任せねばつとまらぬ。いわば、仲間を信頼し情で助け合う。そういった生き物なのじゃ。そんな中で生きていた人間じゃからな

 自分に情が芽生えぬよう必死じゃった。

 

 それに奴はいずれ自分が死ぬ可能性を考慮に入れ、万が一死んでも艦娘たちが落ち着いてその後の対処に当たれるようにとあえて関わりを薄くしていた可能性もある。これは儂の推測でしかないがな。

 

 そんな中で奴に儂らも頼るようになっていった。何せほぼ不可能と言われた戦いを勝ち抜いた男だ。その卓越した作戦指揮能力は儂らにとっても捨てておくにはもったいなかったのじゃよ。

 

 そして立てられたのがマリアナ方面の作戦じゃ。

 これは厳しい作戦じゃった。何せ補給が難しい。太平洋上のど真ん中に浮かぶこの島を占領してもそれを維持するための補給や維持。またそれ自体を奪還する作戦も厳しいものがあった。

 そこで奴はある情報をつかんだ。深海棲艦側が自分の鎮守府を攻撃しようと狙っているという情報だ。何せ以前の作戦からあの鎮守府の艦娘たちが主力となっている。さらにその鎮守府の提督が作戦指揮を執っていると言うことを秘密裏に気づいたのだ。ではその基地ごと破壊してしまえば良いという考えじゃ。

 奴はそれを逆手に利用して敵を各個撃破する作戦を立案した。そうすればあの島の奪還もできる。その後の維持に関してはその島を基点として大規模な防空網を敷けば敵も近寄れまいとして奴が密かに準備していたのが、奴が秘匿していた新兵器。そして防空壕に秘匿されていた資材だ。

 

 だが、この作戦には大きな問題があった。下手に奴が動いてはバレる可能性がある。そこで自分を囮にしてた作戦を立てたのだ。無論、大本営としては反対したよ。奴は今後の日本に必要な人材だ。そのような人物を殺すわけにはいかん。

 しかし、奴の意思は堅かった。

 儂らは奴を説き伏せることができなかった。元々奴が作戦計画に携わることには反対であったが、奴の言い分を通すことを条件に受けてくれた話だ。こちらが無理強いをすれば今度こそ奴が何をしでかすか分からん。

 儂らは奴のわがままを聞くしかなかった。

 その結果があれだ。

 奴はある意味思い描いたとおりのシナリオに沿って、戦ったのだ。たった一人でな。

 

 死に間際の奴が送ってきた最後の手紙。それにそれから先の大戦後半の作戦概要が書かれていた。

 あの戦争で勝利を導いたのは儂だったとなっているが実際は違う。しかし、これを公表するのはできなかった。奴自身もそれを望んでいなかったし、これを公表してしまえば、我々首脳部が任務を怠慢していたことになる。そういった内容は政治的に公表するわけにはいかなかったのじゃ。

 ただ、あんたには本当のことを話しても良いと思った。秘書艦であり、奴がただ一人情を湧かせた艦娘の叢雲。あんたならな。

 叢雲、あんたの提督が全ての作戦を立案し、勝利へ導いたのだよ。

 

 

 

「あいつはいつも雲みたいな奴でした。いつも遠くから私たちを見守り、こちらからの反応は何一つ受け付けてくれない。いつも一人で抱え込む」

 

「奴がパイロットになりたかった理由を知っておるか? 奴は雲が好きだったのじゃよ。青空に高く高く昇る白い雲がな」

 

「だからあいつはいつも窓を見つめていたんだ。常に制限されていた自分の立ち位置から自由になりたいと閉じた窓の向こう側に浮かぶ自由な白い雲を」

 

「ああ。そうかもしれん。だが、奴はそんな自分の思いとは別に常に日本のため、そして艦娘のために最善を尽くしていた」

 

「つまり、あいつがこの戦争の本当の立役者であったと」

 

「ああ。これが儂の知る奴の戦争だった。儂らは奴の功績を賞賛し、あの戦争をこう呼んでいる」

 

 ブラック鎮守府提督のthe unsung warと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。