ブラック鎮守府提督のthe unsung war   作:spring snow

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 今回が最終回となります。今までお読みいただき本当にありがとうございました。
 後日談的な感じであと何話か投稿しますが、本編はこれで終了です。


第一〇話

「うん……」

 

 叢雲は寝ていたことに気づいた。

 目を覚ませば提督の執務室にいた。目の前にはいつものように無表情でコーヒーを飲んでいる伊藤がいる。彼は叢雲が知る中では初めて、窓を思いっきり開け放ち、その風を浴びていた。

 

「ねえ、私いつから寝ていたの?」

 

「ああ。知らんが、数時間ほどじゃないか?」

 

「何で起こしてくれなかったの? 職務放棄しているみたいじゃない」

 

「別に起こす理由もなかったし余りにも気持ちよさそうに寝ているのでな。起こすのも悪い気がしてな」

 

「あんたにしては珍しく気が利くじゃない」

 

「まあ、これが最後だしな」

 

「え?」

 

「そんなことよりもおまえにはいくつか伝えることがある」

 

 伊藤は無表情ではあるがどこか真剣な様子で言った。

 

「何よ、改まって」

 

「まず、ここの鎮守府では他の鎮守府に比べて資材の消費がかなり制限されていたはずだ。これの理由は簡単。様々な理由があるが一番の理由は備蓄のためだ」

 

「はあ。それは分かるけど、なんでそんなことをしているのよ」

 

「おそらくはおまえにもそのうち分かる。これら資材はこの鎮守府の裏側にある山の麓に築いた防空壕の中に備蓄してある。そして次にこの鎮守府にはいくつかの新兵器が開発されている」

 

「何、それ! それがあるにも関わらず、艦娘たちには搭載しなかったの!」

 

「兵器というのはいつも出たらすぐ投入して良いわけではない。実用化するには様々な問題があるが、ようやくそれらの条件が揃ったんだ」

 

「でも……」

 

「悪い、時間がないんだ。黙って聞いていてくれ」

 

 叢雲は反論しようとしたが彼にふさがれてしまう。

 

「そして最後にお前は、そうだな、この後もしかしたら寝てしまうかもしれない。そうして目を覚ましたら俺がいないかもしれない。そうしたらここの引き出しにある書類を見てくれ」

 

 そう言って彼は叢雲に小さな鍵を一つ渡した。

 

「ねえ、あんたさっきから変よ。時間がないって言ったり、よく分からないことを言ったり。本当に大丈夫?」

 

「なあ、叢雲」

 

 伊藤は最後に叢雲の言葉を無視して話し出した。彼の表情は叢雲が初めて見る物だ。微笑んでいるというか、泣き出しそうと言うか複雑な表情であった。

 

「今まで、本当にありがとう」

 

「え、さっきから本当になんなの? まるで、それじゃ……」

 

「そして俺はお前のことが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「叢雲さん、起きて」

 

 その言葉を聞いて叢雲は自分が目をつむっていることに気がついた。

 

「うん……」

 

 目を開くと目の前には白い天井と心配そうにこちらを見てくる赤城の姿があった。

 

「私……」

 

「無理をしなくて良いわ。本当にあなたが無事で良かった」

 

 周りを見渡して自分が今、ベットに寝かされていることが分かった。

 

「一体、何が……」

 

「あなたは先の作戦で沈みかけたのよ」

 

「え?」

 

「あなたは魚雷が二本命中して、一発が弾薬庫のすぐ脇だったから誘爆を起こしたの。でもあなたが沈没しかかった瞬間にあなたの中から見慣れない妖精さんが飛び出してきてたちまち浸水区画を止めたのよ。大破ではあったけど無事作戦海域から離脱することには成功して、こうして生きていられたの」

 

「じゃあ、ええと……」

 

 叢雲は余りにも聞きたい情報がありすぎるせいで何から聞くべきか混乱をしていた。

 

「とにかく、作戦は成功したわ。大きな犠牲は出たけれど……」

 

「犠牲って……」

 

「うちの鎮守府の艦娘が数隻やられたわ。うち一隻は加賀さんよ」

 

 赤城の暗い顔を見て何も言えなかった。叢雲は護衛対象を守り切れなかったのだ。

 詳しく聞けば叢雲が水柱を上げた直後、一瞬あいた防空網の穴から侵入してきた敵の雷撃隊にやられたらしい。

 

「ああ……」

 

「それと……」

 

「何ですか?」

 

「その……」

 

「大丈夫です。もう何を言われても受け入れる覚悟はできています」

 

 今更何を言われても動じない自信があった。

 

「数隻の加賀さん以外はこの鎮守府にいた娘たちが犠牲になったの」

 

「ここが空襲を受けたのですか!」

 

「むしろ敵は大きく二つに部隊を分けて一方をこちらの攻撃に回し、一方は本隊の守備に回していたみたい」

 

「そんなに大きな部隊が……」

 

「幸い、ここには最新鋭兵器であった防空隊や艦載機、爆撃機がこの鎮守府の脇にある飛行場においてあったおかげで被害は大きくならずに済んだわ。燃料庫や倉庫も爆撃されたけど、ドックや工廠と言った鎮守府としての機能はどうにか維持できた。おそらく提督は気づいていたのね。あらかじめこの鎮守府に残っている子たちには何かあったらすぐに防空壕に行くよう何度も訓練させていたみたいだし……」

 

「そう。そうだ、あいつは? 伊藤提督はどこなの?」

 

「それは……」

 

 赤城は言いづらそうに下を見る。

 

「え、まさか。あいつが……まさか。だってさっき話したのよ。その最新鋭兵器のこと、あいつが話したのよ」

 

「叢雲さん、あなた疲れてるのよ、ね。だから今はゆっくり寝ましょう」

 

「そんな、嘘よ。あいつは死ぬはずがない。だってあいつは……」

 

 叢雲は先ほど伊藤と話したときのことを思い出していた。確かにあれは伊藤であった。伊藤が死ぬわけがない。

 そんな思いがある反面、先ほどの伊藤は確かに様子が変だった。あれが最後の別れを言いに来たと考えれば説明が付く。

 

「叢雲さん、立てる?」

 

 赤城は叢雲をある場所まで連れて行った。

 

 

 

 それは鎮守府を代表する建物。伊藤がいた執務室などがあった赤煉瓦の建物だ。

 それはあくまでも以前の話。今は完全に破壊されてしまい、原型こそ保ってはいるが中に入るとがれきの山と化していた。

 その中を二人は歩いて行く。二階に上がりしばらく左に進んだ一室にある部屋。伊藤の執務室だ。

 

 赤城はそこの扉を開けた。叢雲は中に入る。

 そこは以前の面影を完全にとどめぬほど破壊されきっていた。天井は崩れ落ち、壁は半分ほど吹き飛ばされている。伊藤が気に入っていた窓はかろうじて存在はしているがガラスは吹き飛ばされており、見る影もない。

 

「……」

 

 叢雲は中に入りいつも座っていたソファーを見る。中の綿が飛び出しており、所々焦げたような跡がある。

 

「提督はいつものあの椅子で亡くなっていたみたい。見つかったときは余りにも普段通りであったから生きていると思ったくらいだそうよ」

 

「死因は?」

 

「おそらくは砲弾が爆発した瞬間の衝撃による脳挫傷だそうよ」

 

「そう。つまりは即死だったのね」

 

「ええ。苦しむ間はなかったみたい」

 

「そう、あいつらしい最後ね。誰にも挨拶せずにぶっきらぼうに逝く。本当にあいつらしい最後だわ……」

 

「……」

 

 叢雲の言葉はいつしか涙声に変わっていた。

 赤城は何も言わずに叢雲の肩を少し励ますように叩いて出て行った。その優しさに叢雲は感謝しつつその場で崩れ落ちた。

 

「馬鹿! 何で最後に挨拶しなかったのよ! この私をおいて一人だけ悠々と逝くですって! 何で、なんで私も連れて行かなかったのよ! 何で私にはあんな妖精をつけて生き残らせたの!」

 

 叢雲は自分が生き残れた理由に伊藤が乗せるよう頼んだ妖精の力があることは赤城の話で気づいていた。

 だが、その嘆きをいくら叫んでも答える人間は誰もいない。普段であれば伊藤の無視であろうが、今回はその伊藤がいつも飲んでいたコーヒーの香りすらしなかった。

 

「いや、あんたはあのとき私に別れを言いに来たのね。あの夢の中で」

 

 誰も返事はしなかったが、その場を優しく穏やかな風が吹き抜けた。

 空にはどこまでも青い空と高く昇る白い雲が見えていた。


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