「魔術を見てほしい、ですか」
夜になると坊やが提案してきた。
ふむ、どうせ明日の夜にはサーヴァントを奪って、とんずらをかますつもりだ。
1日で教えられることなど知れているし、それくらいはかまわないか。
「切嗣が死んでからずっと独学でやってたからな。伝説に出てくるような魔術師に見せれるような大層な物じゃないんだけど」
そう言って、坊やが笑う。衛宮切嗣が死んだのは5年前のことのはずだ。そんなに長い期間、一人で鍛錬とは危険極まりない行為だ。
「とりあえずいつもやっているようにやって見せて頂戴」
坊やの魔術を見るのはこの前に整頓した土蔵だ、そこに置かれた瓜二つの壺に視線を向ける。
おそらく、この奇妙な投影魔術を使うのだろう。
これほどの投影錬度にどうやって至ったのかは少し興味がある。
「よし、それじゃやるぞ」
座禅を組み目をつぶる、変わった魔術の使い方ね。
「―――同調、開始」
言いなれたように呟くと、彼は一から魔術回路を組み立て始めた。
「は?いえ、ちょっと待ちなさい。一体何をやっているの?」
慌てて止める。
私のいた時代と現代では魔術の方式は違うが、それでもこんなことをする必要はないはずだ。
「む?何で、止めるんだよ。魔術を使うには魔術回路を造らないとダメだろ」
当然のことのように言い放つ。
このやり方で今までやってきたらしい、なんと恐ろしいことだ。少しのミスで死んでしまっていてもおかしくはなかった。
「そのやり方は衛宮切嗣に教えられたのかしら?」
「ああ、そうだ。俺には魔術刻印がないからな」
ふむ……資料によれば衛宮切嗣は『魔術師殺し』と呼ばれた男だ。こんな無意味な修練を教えるはずがない。
考えられるとすれば坊やに魔術に関わってほしく無かったたのだろう。自身の死後5年間も続けるというのは予想外だったようだが……
さて、私は明日になれば坊やを裏切るつもりだ。坊やは記憶を失い、これまでのように無意味な修練を続けるだろう。
その結果、彼が死んでしまっても私に不利益は無い。無いが、なんとなく夢見が悪い。少しくらい手ほどきをしてあげてもいいでしょう。
「とりあえず、そのやり方では効率が悪いわ。二度とやらないように。そもそも魔術回路というのは1度つくれば、スイッチを入れるだけでいいのよ。」
そう告げると、坊やは信じられないという顔をしていたが、神代の魔術師である私の言葉ということでおとなしく聞くことにしたようだ。
「それで、スイッチというのはどうやって入れればいいんだ?」
「一度、魔術回路を定着させなければなりませんね。霊薬でも使えば簡単なのですが……まあ、そこまでする必要もないでしょう」
彼の手を握り、魔力を流し込む。
他人の回路をいじるくらい、私にとっては容易いことだ。
「ぐっ……これは……」
坊やがうめき声をあげる、体が作り替えられているのだから当然だ。握られた手が沸騰するように熱くなっていく。
「私の眼を見て。そう、拒絶しないで、受け入れて頂戴」
軽く暗示をかけながら私の魔力を送り続ける。
魔力は回路をこじ開け、拒絶された魔力が私にかえってくる。
その魔力をまた流し込み、循環しながら魔術回路を形づくっていく。
「っ……ふぅ」
坊やはすでに痛みに順応し始めていた。自身を制御するのがうまいようだ。
余裕が出てきたのでついでに探知魔術を使い、坊やの体を探る。
魔術回路の数は27本。
野良の魔術師としては多いが、代を重ねた優秀な魔術師には遠く及ばない。
起源は『剣』だ、正義感が強く信念を持っている彼らしい。
他に何か変わったところは……
「あら?」
思わず声が漏れていた。それほどまでにその異能は珍しいものだった。
『固有結界』
現実を侵食し心象を映し出す特異な魔術だ。
なるほど彼の投影魔術が世界の修正を逃れていたのはこれが原因か。
この異能は生まれ持っての才能でしか身につかない。私でも似たことはできるが固有結界自体は使えない。
興味深いわね……彼を裏切った後は捨てるつもりだったけれど、魔術回路だけ刈り取って礼装にでもしてしまおうかしら。
「キャスター……?」
私の悪だくみが顔に出ていたのか坊やが怪訝な顔をする。
フフ、冗談よ。
そもそも、固有結界の展開には膨大な魔力を喰らう、数分しか保たないだろう。
珍しくはあるが強力な魔術という訳では無いのだ。
「さあ、魔術回路の形成は終わったわよ」
そんなことを考えているうちに魔術回路の形成は終わった。坊やは汗をびっしょりかいて息も絶え絶えだ。
「今日はもう寝ましょう。体が作り変わったのですからそれなりの拒絶反応があるはずです」
もっとも、私が直々に魔術回路を開いたのだ。後遺症なんかは出ないだろうし、これから使うときも自然に使うことができるはずだ。たとえ記憶を失ったとしても。
「はぁはぁ……これでちょっとはキャスターを助けられるかな?」
肩で息をしながら坊やがそんな言葉を吐く。
いきなり魔術を見て欲しいと言い出したかと思えば、そんなことを考えていたのか。明日には裏切られるとも知らずに愚かなことだ。
そう蔑む思考とは裏腹に少し声を弾ませながら答える。
「ええ、頼りにしてるわよ坊や」