暗い部屋に魔女は一人たたずむ、人形を目の前に置いて。
「シロウ、気分はどう?」
シロウと呼ばれた人形はその光のない目をキャスターに向ける、しかし返答を発することはない。
「洗脳が強力すぎたかしら?魔術防御もできないくせに自我だけは強いんだもの、思わず本気になっちゃったわ」
キャスターは学校から帰ってきた士郎を魔術をもって自らの傀儡としたのだ。
もはや衛宮士郎の意識は消え失せて、自我を持たない人形に成り下がっていた。
「この状態だと妙なサーヴァントが召喚されるかもしれないからやりたくなかったのだけれど……令呪を奪うときに抵抗でもされたら面倒ですからね」
それこそ召喚されたサーヴァントをけしかけられればキャスターに勝ち目はない。
それなら召喚前に洗脳したほうがいいと判断したのだ。
「あなたが悪いのよ。もっと御しやすそうだと判断したら、ちょっと記憶を失う程度ですんだのに……」
そう、衛宮士郎は失敗したのだ。
キャスターの信頼を勝ち取れれば洗脳されることはなかったのに。
そして洗脳されることがなければ、さらに関係を築くことができたかもしれないのに。
「さっ……それでは、魔術陣を描きなさい」
キャスターが命令する。
傀儡となった彼にはキャスターの意識が伝わるので、もくもくと複雑な魔方陣を描いていく。
キャスターはそんな彼を愉快そうに、つまらなそうに見つめる。
この感じ――あの時と同じだわ。
キャスターが感じていたのはかつて弟を八つ裂きにした時と同じような感覚だった。
どうでもいいものを手に入れるために本当に欲しいものを壊してしまったような感覚。
「ハッ……くだらないわね」
しかし、キャスターはその感情を一笑に付した。
私は『裏切りの魔女』だ。
今までだって何度も裏切り壊してきた。
今更失うものなど何もない。
外を見ると半端に欠けた月は薄暗い雲に包まれ、鈍い光があたりを照らしている。
「オワリ――マシタ」
抑揚のない声で人形がうめく。
「そう。じゃあ、早速始めなさい」
サーヴァント召喚を開始する。
魔力が収縮し、魔方陣を通じて英霊の座へと繋ぐ。
空間が歪み、まばゆい光があたりを包みこむ。
さて、いったいどんな英霊が召喚されたか……
「問おう、君は圧制者かな?」
召喚されたのは灰色の筋肉だった。
体には拘束具が巻き付けられ腰には剣を携えている。
そしてなによりも特徴的なのはその表情だ、その異常な風貌とは対照的に輝くような笑顔を浮かべている。
しかし、自らの召喚者である衛宮士郎の状態を見るとその目に哀しみの色が宿った。
「オオォ、なんということだ、圧制者ではなく虐げられし弱者であったか……しかし私では心の鎖まで破壊することはできない」
嘆くように呟くと、自らの剣をとり士郎に向けた。
「我はセイバーの叛逆者、スパルタクス。叛逆するものである。縛られしものよ、せめて今……楽にしてやろう」
そう言うと、持っていた剣を躊躇なく振り下ろした。
「ちょっと!!」
驚いたのはキャスターだ。
戦闘になるかもしれないとは思っていたが、ここまで即断決行してくるとは思わなかった。
慌てて魔術を放ち妨害する、しかし分厚い筋肉の壁によって攻撃がかき消される。対魔力ではなく純粋なタフネスによるものだ。
「スパルタクスといったかしら?取引をしましょう。私とあなたが組めば聖杯も必ず手に――」
「問答無用。圧制者よ、死の抱擁を受けるが良い」
言葉は通じるが話が通じない、繰り出される剣はキャスターにとって致死のモノだ。
キャスターは舌打ちをしつつ自ら宝具を手に取ると、それを衛宮士郎の胸へと突き刺した。
『破壊すべき全ての符』
裏切りの短剣がサーヴァント契約を破壊し、繋がりを失った令呪を奪い取る。
『止まりなさい、セイバー』
左手に刻まれた令呪を使用する。
主従の証、制約の楔。
サーヴァントである以上はこれには逆らえない。
しかし、それでも尚スパルタクスは止まらない。
「ヌウウウウン、そんな物で我が叛逆の歩みは止められない」
令呪の縛り自体は受けている、その身を幾重にも縛っている。
だが、それ以上に圧制への熱き怒りが彼を動かしていた。
「ま、待ちなさい。私を殺したところでシロウの洗脳は解けないわよ」
異常な事態を目の前に、叫ぶように命を乞う。
しかし――
「ならば、なおさら許すわけにはいかない。圧制者よ覚悟を決めろ」
振り下ろされた正義の剣はあっさりとキャスターの魂核を打ち砕き、苦しみを感じる間もなく消滅した。
こうして裏切りの魔女の第二の生は何も得ることなく幕を閉じたのだった。
BAD END
好感度が低いと、このBADになります