「ここは…………俺の家、か」
鳥のさえずりで目が覚める、窓から射す日の光が眩しい。
「ゴルゴーンはどうなったんだ?」
伸びをしながら考える。
確か、ゴルゴーンと戦っていたら蒼く染まった聖杯から雨が降り出して……その後の記憶があいまいだ。ただ、何か懐かしい夢を見ていた気がする。
「…………」
胸にしまったままの金羊の皮を取り出す。
聖杯戦争がどんな顛末を迎えたのかは分からないが、終わったのだという確信はあった。
「今……何時だ」
時計を見れば8時34分を指していた。
「ゴルゴーンとの戦いが日付が変わるあたりだったから……そんなに時間は立ってないな」
言ってから気づく、日付が変わったのだ。
今までは繰り返しの時間を歩んできたが、今日は新しい日の朝を迎えたという事になる。
「とりあえず……朝飯にするか」
布団から抜け出して、俺は一歩を踏み出した。
◇
「…………」
当然ながら家には誰もおらず、がらんとした部屋は静寂で包まれている。
「……残り物でも食うか」
そう思い、冷蔵庫を開けたとき――
「?―――なんだこれ?」
見覚えのない箱が入っていた、可愛らしいラッピングがされた小さな箱。
不審に思いながらも包装を解いていく。
「ッ―――」
その中に入っていたのはチョコレートだった。
羊の形を模した可愛らしいチョコ。
同封されていた『親愛なるマスターへ』と書かれたメッセージカードを見て思い出す。
今日は2月14日、バレンタインデーだ。
涙に目頭を熱くしながら、一口かじる。
少し苦く、それ以上に優しい味がした。
「…………」
キャスターとの思い出がありありと浮かんでくる、『雨天の月』の出会いから駆け巡ったさまざまなことが。
「っと…………」
玄関のチャイムが鳴らされる。
俺は涙をぬぐって歩き出した。
◇
「―――遠坂?」
玄関に出ると、遠坂が立っていた。
「はい、衛宮君。元気になったみたいね」
にこやかな笑みを浮かべる遠坂を家の中に招き入れる。
「遠坂が俺を家まで運んでくれたのか?」
「えぇ。遠視の魔術で見ていたら、なんだか大変なことになってるみたいだったから慌てて助けに向かったのよ。あぁ、ちなみにキャスターのチョコはもう食べた?あれは『自分が消えたらシロウに渡してくれ』って託されたものなの」
自分が消えたら……か。
やはりキャスターは消滅したんだな。
「聖杯戦争はどうなったんだ?」
「私もすべてを把握しているわけじゃないんだけど、とりあえずは終結したみたいね。私が大空洞に行ったときはゴルゴーンが消滅して衛宮君が倒れているだけだったもの。聖杯は顕現したまま放置してあるわ」
ゴルゴーンは消えてしまったのか、復讐の相手とはいえ彼女のことも救ってやりたかった。
「終わったんだな……全部、サーヴァントは全員消滅して、聖杯戦争は終結した」
キャスターもリリィもセイバーも消滅して、イリヤは聖杯になった。
奇跡は起きるはずもなく、聖杯戦争は厳しい現実を残して真の幕引きとなった。
「全部ってわけじゃないけどね、監督役の神父が変死したりマキリの家のこともあるし……といっても、これは私が処理するから衛宮君には関係ないけど」
遠坂は言葉を区切ると、不意に俺のことを見つめる。
「それで……衛宮君はこれからどうするの?」
これから……か、聖杯戦争中は今を生き抜くのに精いっぱいでそんなことを考える暇もなかったな。
「……前に、イリヤからキャスターとはどんな関係なのかって聞かれたんだ」
あれは、確かどこかの公園での話だったか。
「その時は答えられなかったけど、今思えば、俺達は互いの中に自分を見ていたのかもしれない」
『理不尽な運命』に全てを奪われた俺とキャスターは、相手が幸せになるのを見ることで自分も救われようとしたのかもしれない。
「キャスターと出会えて俺は良かったと思ってる。でも……これ以上一緒にいてもただの傷のなめ合いになっていたとも思う」
俺の独白を遠坂は黙って聞いている。
「俺たちは今回のことで少しだけ自分を好きになれた、理不尽な運命を許すことができた、血にまみれた『過去』を受け入れることができた。だから……今度は未来に向けてそれぞれの道を歩いていけたらと思う」
キャスターは消滅した。
だが、彼女との出会いが無くなったわけではない。
思い出を糧に歩き出すべきだ。
「それぞれの道って、衛宮君はどうするのよ」
「俺は……とりあえずは聖杯を守ることにするかな」
蒼く染まった聖杯。
奇跡として顕現したそれは、他の魔術師を引き付けることになるだろう。
イリヤとキャスターが残してくれたものを他人に触らせるわけにはいかない。
「聖杯を守りながら手が届く範囲で人も助ける、それが俺のするべきことかな」
『金羊の皮』を取り出す、キャスターから託された約束の証。
かつてこの毛皮を守っていた竜は『コルキスの守護者』と呼ばれていたらしい。
ならば俺は『冬木の守護者』となって聖杯と毛皮を守り続けよう。
「キャスターはどうするの、それぞれの道を歩むと言っても彼女はもう……」
遠坂が目を伏せる、サーヴァントに未来はないと言いたいのだろう。
「人の出会いに意味はある、強烈な出会いはそれだけで存在を変えることになる……サーヴァントってのは召喚された時の記録を本のように読むことができるんだろ。なら俺とキャスターの物語を読んでメディアが少しでも変わってくれればと思う」
物語を読んだ彼女が自分のことを好きになって
次の召喚では誰かのことを愛せるように―――
最後までお読みいただきありがとうございました。
感想欄に質問や意見をお書きいただければいずれ答えるつもりでいます。
この作品を読んでくださった方がメディアのことを好きになってくれれば嬉しいです。