「ここは…………俺の家、か」
鳥のさえずりで目が覚める、窓から射す日の光が眩しい。
「ゴルゴーンはどうなったんだ?」
伸びをしながら考える。
確か、ゴルゴーンと戦っていたら蒼く染まった聖杯から雨が降り出して……その後の記憶があいまいだ。ただ、何か懐かしい夢を見ていた気がする。
「…………」
胸にしまったままの金羊の皮を取り出す。
聖杯戦争がどんな顛末を迎えたのかは分からないが、終わったのだという確信はあった。
「今……何時だ」
時計を見れば8時34分を指していた。
「ゴルゴーンとの戦いが日付が変わるあたりだったから……そんなに時間は立ってないな」
言ってから気づく、日付が変わったのだ。
今までは繰り返しの時間を歩んできたが、今日は新しい日の朝を迎えたという事になる。
「とりあえず……朝飯にするか」
布団から抜け出して、俺は一歩を踏み出した。
◇
「…………?」
なんだか、居間が騒がしい気がする。
そういえば聖杯戦争中だからと、適当な理由をつけて藤ねえと桜に家に来ないように言い含めておいたのだったか。
長い間、連絡をしていなかったから心配になって見に来たのかもしれない。
そんなことを考えながら襖を開く。
そこにいたのは――――
「セイバー…………?」
金髪の少女がご飯を食べていた。
「あっ、シロウ。目が覚めたのですね」
俺に気づいたセイバーが花のような笑顔を浮かべる。
何故、セイバーがいるんだ……ランサーの槍にやられて消滅したはず。
「なんですか……あっ、もしかしてご飯が欲しいんですか、仕方がありません一口だけですよ」
マジマジと見つめる俺にセイバーがご飯をくれる、その仕草はなんだか騎士然としたセイバーとは違う気がした。
なんというか、普通の女の子というか使命感などに縛られていない純情な少女という感じだ。
着ている服も関連しているのかもしれない、現在のセイバーは青と銀の鎧ではなく白いドレスを着ていた。
「あー、士郎、新しい家族をほったらかしてやっと起きたのね」
台所から藤ねえが顔をのぞかせる。
「新しい家族……なんのことだ?」
「何言ってんの、切嗣さんの知り合いの子供たちがこの家で暮らすことになったんでしょ。私も様子を見に来てびっくりしたわよ」
何だその話は、そんな話を俺は知らないぞ。
いや、それより―――
「子供……たち?」
「えぇ、全員で7人でしょ。私に前もって言ってくれれば、色々と手配してあげたのに……」
7人?
セイバーだけじゃないのか?
「タイガー、洗濯物を干し終わったわよ」
子供らしい元気な声が響く、声のした方をふりかえると――
「イリ、ヤ―――?」
銀髪の少女がそこに立っていた。
「イリヤちゃんは偉いわね―、それに比べてネボスケ士郎は……」
藤ねえに撫でられながら、イタズラ成功と言った笑みを浮かべるイリヤ。
「ちょ……ちょっとこの子と話があるから2人きりにさせてくれ」
イリヤを連れて廊下に出る。
「どういうことだ、イリヤは聖杯になって消えたはず……それにセイバーも、なんで2人が俺の家に……」
もしかしてこれは夢なのか、イリヤたちの死を認められない俺の願望がこんな夢をつくりだしているのか。
「アハハ、シロウってば自分の頬っぺたを引っ張っちゃっておもしろーい。でもこれは現実よ、私はこうして生きている」
そう言って華麗なウインクを決めて見せる。
「うーん、どこから説明したらいいかな……そうね、ゴルゴーンとの戦いで雨が降ってきたのは覚えてる?あれは、聖杯がキャスターの魂に染まった結果なの」
アンリマユの魂は聖杯を黒く染めたがキャスターの魂は蒼く染めた。そして泥の代わりに雨が流れ出してきたということらしい。
「これは前から理論的には考えられていたんだけど、変色した聖杯は取り込んだサーヴァントの魂を染め上げて吐き出すことができるの。アンリマユのときは『黒化』とか『オルタ化』って呼んでたんだけどね」
「そして、蒼く染まった聖杯でも同じことが起きた……なぜか若い時の姿で再召喚されちゃったんだけど」
なるほど、先ほどのセイバーの仕草が幼かったのはそれが原因か。
『白化』や『リリィ化』とでもいうべき現象だ。
「でもイリヤは?イリヤはサーヴァントじゃないだろう」
「うーん、それは私も不思議なのよね。中身が器に影響するってことはありえない話じゃないんだけど、なんで死ななかったのかはよく分からないの」
不思議そうに首をかしげるイリヤ、なににせよこうして再会できたのは良いことだ。
そう感動する俺に、イリヤは上目遣いで口を開く。
「これからよろしくね、お兄ちゃん」
今のは不覚にもドキドキした、妹萌えなんて趣味はないはずなのに。
そんなやり取りしていると……突然、ドンッという轟音が家を揺らす。
「なんだ?今のは剣道場からか?」
慌てて走り去る俺にイリヤが小さく呟く。
「さて……あっちのほうは順調かな」
◇
「さすがはギリシア神話の頂点と呼ばれた大英雄、戦いがいがあるぜ」
「私もこれほどの戦士と武を交えるのは久しいことだ、腕がなる」
剣道場につくと、槍を持った獣と巨剣を持った巨人が戦っていた。
動くたびに地響きが起き、武器が交わるたびに轟音が鳴り響く。
「ストップ、スト―――ップ。やめろ、近所迷惑だろ、というか家が壊れる」
慌てて止めると2人はあっさりと武器を下ろした。
「あんた達は……ランサーとバーサーカーか?」
軽鎧をまとい、髪を荒立てた青年。
その瞳は『奴』と同じく、好戦的にかがやいていた。
「あぁ、まさかこんな形で復活するとは思わなかったがよ、生きてるからには楽しもうと思ってこうして戦ってたのさ」
そう言ってバーサーカーを見る。
こちらも幼い姿で召喚されているようだが、その強大さと筋肉に変わりはなく、理性もキチンと残しているようだ。
「マスターの兄上よ、迷惑をかけて申し訳ない……それより、コルキスの姫君にはもうお会いになったかな?」
コルキスの姫君……そうか、サーヴァント達が復活したのならメディアもいるはずだ。
「どこにいるか分かるか?」
「……まだ、お会いになられていませんでしたか。そうですか……それなら、和室に居ます」
なぜか、まずいことを聞いたというように目をそらしつつバーサーカーは答える。
「和室だな、ありがとう」
手を振って走り去る俺の後ろで2人の話し声が聞こえる。
「いやー、青春だねぇ、若さってのはいいな」
「我らも今は若い姿なのだがな」
◇
和室の襖を勢いよく開けると、そこには桜と少女がいた。
「あれ、メディアは?というか桜、その子は?」
「あっ、先輩、おはようございます」
桜は少女を膝に乗せ、絵本を読みきかせていた。
猫耳のようなフードと紫の髪をした少女。
「えっと……君の名前はなんていうのかな?」
「……………」
「アナちゃんっていうんですよ、無口ですけどとっても可愛いんです」
口をつぐむ少女の代わりに桜が答える。
可愛い可愛いといって抱きしめる桜の抱擁を、アナと呼ばれた少女は困ったように、しかし嬉しそうに目を細めて受け入れている。
その黄金の瞳は見覚えがあった。
この少女はライダーで間違いないだろう。
マキリ・ゾォルケンのサーヴァントとして召喚され、ゴルゴーンとして使役された彼女は常に苦しげな顔をしていた。
だが桜に抱かれる今の彼女は幸せそうに見える。
「っと、それよりメディ……青い髪をした少女を見なかったか?」
「青い髪?私は知りません」
首をかしげる桜。
おかしい、何処にいるんだ。
「…………中庭」
ライダーがぼそりと呟く、中庭?なんでそんなところに?
とにかく一刻も早くメディアに会いたい。怪訝な顔をする桜を置いて走り出す。
「変な先輩ですね……それより、アナちゃん。今日の夜は何が食べたい?嫌いなものはあったりする?」
「…………ワカメ」
◇
中庭につくと一人の少年が立っていた。
くそ、またメディアはいないのか、舌打ちしつつ少年を見る。
人懐っこそうな顔に利発そうな目をした少年。
誰だ?こんな奴、記憶にないぞ?
「あれ、分かりませんか?僕ですよ、ギルガメッシュです」
その言葉に目を見開く、確かに赤い瞳と金色の髪に面影はあるが……えぇ、あの傲慢不遜な男の幼少時代はこんな素直そうな少年なのか。
「いやー、僕もあんな風に成長するのは嫌なんですけどね、まぁ未来っていうのはいつだって残酷なものです」
軽快な笑みを浮かべる少年、何故かその言葉が胸に響いた。
「メディアがどこにいるか知らないか」
「…………ちなみにアーチャーさんは再召喚されなかったみたいですねぇ、いや、ある意味ではいるのかな。アーチャーリリィとアヴェンジャーリリィとでも言うべき存在が」
ギルガメッシュは俺の質問に訳の分からない答えを返す。
「アハハ、そんな顔しないでくださいよ。そうですね……そろそろ終わってるだろうし……
さぁ、貴方が探し求めている姫はあちらにおられますよ」
そう言って指さしたのは土蔵だ。
俺はゴクリと喉をならして、その扉を開いた。
◇
扉を開けると少女が立っていた。
青い髪を一つに束ね、穢れを知らぬ純白の服を纏い、海のように深い瞳でこちらを見つめている。
「リリィ……か?」
「はい、私はコルキスの王女にして、女神ヘカテーの弟子、そして今はあなたの家族です」
柔らかな笑みを浮かべる少女。
その言葉はリリィを召喚した時とよく似た、しかし少し違った言葉だ。
『家族』か、確かにこれからは同じ家で暮らすのだからそう言ってもいいのかもしれない。
ずいぶんと大所帯となった家の喧騒を聞きながらそんなことを考える。
「ん?……リリィ、後ろに隠しているのは何だ?」
見れば彼女の周りには道具箱から取り出されたリボンやテープが散乱している、土蔵にいたのは何かを作っていたからか。
「はい……あの、魔術に頼らずにこういうのを作るのは初めてだったんですけど、イリヤさんに教わって、がんばって……その、気に入らないかもしれないですけど……」
恥ずかしそうに差し出されたのは本ぐらいの大きさの箱だ、デパートでされるような丁寧なラッピングがなされている。
「開けていいのか?」
コクリと頷くリリィを見て、ラッピングをほどいていく。
そうして箱の中にあったのは―――
「チョコレート?」
ケースに収められた小さな球状のチョコレート、色とりどりのそれは宝石のように見える。
「あの……バレンタインデーはチョコを贈るものって聞いたんですけど……違い、ましたか?」
その言葉で思い出す、今日は2月14日のバレンタインデー。
感謝のしるしにチョコレートを渡す日だ。
「いや、違わないよ、ありがとう。じゃあ早速食べるな」
ホワイトチョコのかかったショコラを口の中に放り込む。
とてもとても甘い、優しい味がした。
「どうですか?」
「あぁ、うまいよ」
「そうですか……よかった」
ほっとしたようにリリィは笑う、そんな彼女を見ながら俺はある言葉を口にした。
「――――おかえり、リリィ」
その言葉にリリィは一瞬キョトンとして、それから先ほど以上に美しい花のような笑顔を浮かべる。
「はい、ただいまシロウ」