いつものように強化魔術の特訓に励む。
セイバーの犠牲を無駄にしないためにも必ずゴルゴーンを倒し、聖杯を無色に戻さねばなるまい。
「ん………なんだ?」
そんな中、甲高い音が響く。これは……結界の警戒音か?
「リリィ!」
「はい」
横で見ていたリリィを連れて慌てて外に走る、侵入者は誰だろうか。
セイバーとランサーは消滅している。アーチャー、バーサーカー、そしてアヴェンジャーである俺は既に遠坂邸にいる。キャスターやライダーも考えにくい。
となれば残りは1人―――
「ハッ、まだサーヴァントがいたのか。まったく……聖杯戦争はこの英雄王ギルガメッシュを楽しませる余興だというのに下らん馴れ合いをしおって」
庭に出れば黄金の男が立っていた。
英雄王ギルガメッシュ、いずれ戦わなければならないとは分かっていたが奴の方からやってくるとは……
「遅々として聖杯戦争が進まぬと思えば、肝心のセイバーが消滅してしまった。此度の茶番はもはや見るに値せん。我自らの手で早々に幕を下ろしてやろう」
そう言って奴の紅い瞳がイリヤ、バーサーカー、遠坂、アーチャー、リリィを射貫く。
最後に俺の方を見て僅かに眉を上げるがすぐに興味を失ったように目線をそらす。
「さぁ、せめて散り際で我を楽しませて見せよ」
ギルガメッシュの背後の空間が歪み無数の剣が現れる。
『王の財宝』
遠坂が宝石で、イリヤはワイヤーのようなもので、バーサーカーは振り回した巨剣で、アーチャーは投影した剣で、俺は強化した剣で、それぞれが打ち出された奇跡に対応する。
「ほう、中々に耐えるな。どれ、数を増やしてみるか」
打ち出さる宝具が数を増す、5人で応戦しているというのに完全に押し負けている。
「くっ……このままじゃ……」
元の歴史をたどるためにはここでギルガメッシュを倒す訳にはいかない。
だが、そんなことを考えていられる余裕はなかった。このままでは全員やられる。
「バーサーカーと私で特攻を仕掛ける、お前はマスターたちを守れ」
そう言ってアーチャーとバーサーカーがギルガメッシュに飛び掛かるが―――
「贋作家……か、下らんな我が財の前にはガラス細工と同義よ」
アーチャーの剣が波紋と共に出現した無数の盾に拒まれる。
「こちらは神の血を引いているようだが……まるで獣だな、暑苦しい近寄るな」
バーサーカーの歩みが伸縮する鎖によって阻まれる。
「仮にも大英雄と呼ばれるだけのことはあるらしいな、不死の権限……どれ、まずは1つ目だ」
英雄ヘラクレスが難行の功績として得た命、その命があっさりと消し飛ぶ。
馬鹿な……あの巨躯を誇るバーサーカーがこうも手玉に取られるなんて。
「……マスター、他の奴らを連れてここから引け」
戦慄する俺をよそにアーチャーが遠坂に進言する。
「何言ってんのよ……1人で戦う気?勝てるわけないでしょう」
「全員でかかっても全滅するだけだ、それに……私はここで消えるのが正しい歴史だ」
「それは衛宮君の主観的な歴史でしょ、あんたも逃げてどこかで隠れていれば……」
アーチャーの手を引く遠坂、そんな彼女を赤い弓兵はチラリと振り返って見る。
「召喚された時に言っただろう、私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でないはずがない」
アーチャーの視線が遠坂をジッととらえる、その目はいつもの擦れたような目つきとは違い、絶対の自信と信頼が見てとれた。
「……分かったわ。行くわよ、皆」
遠坂が振り返り、バーサーカーがイリヤを担ぐ。
「アーチャー……お前……」
「衛宮士郎、お前も早く行け。お前の進むべき道はキャスターを助けることだろう。こんなところで寄り道をしている暇はないはずだ」
その言葉に、俺はリリィの手をとって駆けだす。
去り際に遠坂が囁くような声で呟く。
「………ありがとうアーチャー、私のサーヴァントがあなたでよかったわ」
◇
「ありがとう……か、礼を言うのはこちらの方だというのに」
アーチャーは僅かに呟き、剣を構える。
イレギュラーな召喚での彼女との出会い、摩耗してなお忘れることないかつての出会い。2つの出会いを胸に秘めて。
「サーヴァントを置いて逃げたか……随分と薄情なマスターだな」
「私は最高のマスターだと自負しているがね。もっとも、マスターを持たぬキサマには分からないか?」
「…………」
ギルガメッシュは質問に答えず、ただ無数の剣を出す。
「贋作家風情が、よもや俺と剣を交えるつもりでいるのか?勘違いしているようだが今から行われるのは一方的な虐殺だ」
絶対的な王の宣言、しかしアーチャーはひるまない。
「さてね、私は…………俺は、俺の歩んできた道を進むだけだ」
詠唱をつづる、アーチャーの人生を表した言葉の数々、彼が歩んだ道の果てに得た奇跡。
『unlimited blade works』
広がる灰色の世界、そびえたつ無数の剣、これこそが赤き弓兵の心象世界。
「固有結界……か、この埃臭い世界で健気にも時間稼ぎをしようという訳だ」
その言葉をアーチャーは嗤う。
「時間稼ぎか、英雄王よ、キサマこそ一つ勘違いしているらしいな。私がマスターたちを逃がしたのはキサマからではない。この私の世界からだ」
投影された無数の宝具、その神秘が一気に解放され、溢れ出るエネルギーは爆熱となって吹き荒れる。
『壊れた幻想』
奇跡を破壊する、英雄にあるまじき行為。
「私もキャスターやライダーと同じく反英雄の類でね。何かを守る戦いより何かを壊す戦いの方が性に合っている」
そう、彼が自身のマスターを引かせたのはギルガメッシュから庇うためだけではない、壊すことを目的として形成されたこの世界から守るためだ。
「なるほど、確かに厄介な戦法ではある。だが、所詮は贋作。内包された神秘もたかが知れている。我が財の敵ではない」
無限の剣と無限の剣がぶつかり合う。
甲高い金属音をあげて砕け散る数多の奇跡。その様子を見ながらアーチャーは投げつける宝具の種類を変える。
アーチャーが紅蓮に燃える剣を出せばギルガメッシュは業火を湛えた剣を。
獣殺しの剣を出せば竜殺しの剣を、山を砕く剣を出せば大陸を割る剣を。
アーチャーの放つ宝具に対して、ギルガメッシュは見せびらかすように原点の宝具を投擲している。
高速で放たれる宝具を瞬時に看破する鑑定眼、対応した原点を汲んだ財は確かに英雄の王と呼ばれるにふさわしい。
だが――――
「むっ―――――」
ギルガメッシュの眉が僅かに歪む、投げつけられた宝具に対応する原点がなかったからだ。
すぐに高威力の宝具を投げつけて対応するがその様子をアーチャーは見逃さなかった。
「やはり世界の全てを治めた王といえど、あらゆる宝具を所有している訳ではないらしいな。個人の伝承や伝説が昇華された宝具は持ち合わせていない……そうだろう?」
「ハッ、そんな木っ端な宝具は我が蔵に収める価値もない、それだけの話よ」
三度、ギルガメッシュが無数の剣を投げつける。
「フッ、物量戦なら私のほうに分があるぞ」
互いに無限に等しい剣を所持しているとはいえ空間的にも魔力的にも同時に展開できる量には限界がある。
そしてここはアーチャーの固有結界の中だ。
剣の概念が内包されているこの世界では刹那で――否、それ以上のスピードでの投影が可能だ。
「我が財が数だけだとでも思ったか?贋作家には模倣できない真の奇跡を見せてやろう」
そう言って繰り出される宝具は先ほどまでとは桁外れの神秘を秘めていた。
(神造兵器……か、さすがは最古の王というべきか)
アーチャーの『UBW』とギルガメッシュの『王の財宝』は互いに無数の奇跡を内包しながらも、その細部は異なる。
アーチャーの『UBW』は瞬時の投影と同一宝具の投影が可能だ。さらに剣でさえあれば個人の伝説が具象化されたような宝具を投影できる。
対してギルガメッシュの『王の財宝』は蔵から取り出し撃つという2段階を踏んでいるためにアーチャーよりも展開速度が遅い。代わりに剣以外のあらゆる宝具も持ち合わせているしアーチャーが再現しきれない神造兵器も所持している。
(さて……この違いがどう転ぶか……)
互いの宝具がぶつかり合う。先ほどまでのような対応した宝具のぶつかり合いではなく、純粋な威力のみを競ったものだ。
初めは物量によってアーチャーが押していた。しかし、盾や補助用の宝具も併用し神々の奇跡すらも振るうギルガメッシュの前に再現された奇跡は脆くも崩れさる。
「フハハハ、所詮は贋作。我が財の前には塵芥と同義よ。かような脆い剣は我が身には傷一つ―――」
背後から飛来する白黒の剣。ギルガメッシュは咄嗟に黄金の鎧で身を守る。
「下らん小細工を……こんな低ランクの宝具では―――」
アーチャーの攻撃はまだ終わっていない。ギルガメッシュが飛来する剣に対して防御したということは、それ以外の場所はがら空きだという事だ。意識の空白をつく形で二撃目の剣戟が襲う。
「グッウウウウ」
身をかわしてなんとか回避するギルガメッシュ。しかし、その頬から血が流れ出ていた。
「かような脆い剣では我が身には傷一つ――――その続きはなんと言うつもりだったのかな、英雄王よ?」
「……思い上がるなよ……雑種風情が……」
取り出されるは最上位の奇跡『天地乖離す開闢の星』、銘の通りの天地開闢の一撃。
赤き弓兵は灰色の世界ごとアッサリと消滅した。
「チッ……まさかエアを抜かされるとはな……雑種ごときに」
血に濡れた頬をなぞりながら、怒りに身を震わせる。
勝負に勝ったとはいえ乖離剣を使用させられことはギルガメッシュにとって恥辱極まりない行為であった。
「我が財は至高だ……贋作ごときに劣るはずはない」
にもかかわらず、一撃を許してしまった。それはあってはならない事だ。
「今一度……ハッキリとした形で示さねばならんな。真が偽に劣るわけがないという事を」
脳裏に浮かぶのは第7のサーヴァント、アーチャーと起源を同一とする男だ。