Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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RE2月10日 朝 果たされなかった契約

「今頃、この時間の俺は記憶を失ってのんきに学校に行っているんだよな」

 

 そう思うと怒りが沸いてくる、キャスターの願いを叶えると約束したのにそれを忘れてしまうなんて。

 

「あれは悪いのは私です、勝手な判断でシロウさまの記憶を奪ったのですから」

「いや、それでもだ、1日とはいえキャスターのことを忘れてしまうなんて」

 

 悔しさに拳を握りしめる、そんな俺にリリィは優しく語り掛ける。

 

「あの時はシロウさまを聖杯戦争から遠ざけるために記憶を奪い暗示まで掛けました、にもかかわらずシロウさまは来てくれた。きっと私との約束を心の奥底で覚えていてくださったのでしょう」

 

 ……リリィは生前に神々によって人格が変わるほどの呪いを受けたはずだ。人の心がどれだけ脆いかをよく知っているのだろう。だからこそ俺がキャスターのことを忘れた姿を見せてトラウマを刺激しないかは心配だったが大丈夫そうだ。

 

「そういえば、リリィとバーサーカー……ヘラクレスとは生前からの知り合いなんだよな」

 

 神々の呪い、その原因となった物語

 魔女メディアと大英雄ヘラクレスは共にアルゴー船伝説の登場人物だ。

 

 アルゴー船伝説

 王を目指すイアソンという男がヘラクレスやケイローン、アタランテといった高名な英雄たちと金羊の皮を求めてアルゴナウタイという船を駆る伝説だ。

 もっとも神々の呪いによってイアソンに恋をした王女メディアによってその伝説は悲劇となるのだが。

 

「やっぱり、バーサーカーに対して思うところがあったりするのか?」

 

 生前の知人への懐かしさだけを感じるという訳にはいかないだろう、アルゴー船での一件で何か負い目のようなものを感じているのなら解決しておいたほうが良い。

 そう思って問いかけたのだが――

 

「はぁ……そうですね、といってもアルゴー船にいたころは呪いによってイアソンさんにしか興味がありませんでしたし、ヘラクレスさんも途中でアルゴー船を下りていますしね。アルゴー船のことでヘラクレスさんには特に何も感じていません」

 

 何でもないという口調でリリィが語る。

 そういえばヘラクレスは行方不明となった召使いを探してアルゴー船を下りたという説がある。書物によって下りた時期はバラバラだがメディアとは関わりが浅いのかもしれない。

 

「そうか、いや、特に問題がないのならそれで―――」

「ただ、その後のことは今でも心残りですね」

 

 後悔のにじむリリィの声。

 

「その後?」

「はい、アルゴー船での探索を終え、私がイアソンさんに捨てられ、裏切りの魔女と呼ばれるようになった後の話です」

 

リリィの蒼い瞳が切なげに揺れる。

 

 それはデーバイという国での物語。

 なんでも裏切りの魔女として自身の治めていた国を追われたメディアは、大英雄にして高潔な精神をもったヘラクレスを頼ったらしい。

 イアソンとも深いかかわりを持っていたヘラクレス、最初はメディアのことを警戒していたが弟を殺めたことを悔いるメディアを見てこう言った。

 

「コルキスの姫よ、貴女は『裏切りの魔女』と呼ばれているが、私にはとてもそうは思えない。そこでどうだろうか、我が身に掛けられた狂気の呪いを解く、そうすれば私も貴女を守るために戦う……そう、契約しましょう」

 

 ヘラクレスに掛けられた女神ヘラの呪いを解く。

 その契約にデメリットはなかったし、同じく神々に運命を歪められた者としてメディアは彼の狂気を解こうとした。

 しかし、それは叶わなかった。テーバイの国の人々が『裏切りの魔女』であるメディアのことを許さなかったからだ。

 結局ヘラクレスの狂気は解かれることなく、メディアはまたもや国を追われることになる。

 

 これがメディアとヘラクレスの果たされなかった契約の物語らしい。

 

「あの契約を果たせなかったことは今でも心残りですね。ヘラクレスさんはあれからも女神の呪いによって人生を狂わされたそうですから」

 

 確かにこの契約が果たされていればバーサーカーが狂気による凶行を重ねることは無かっただろう。

 そしてメディアが逃げるために罪を重ねることも……

 

「……というか、リリィは女神の呪いを解けるのか?それなら今のバーサーカーの狂化も解けるんじゃないのか?」

 

 過去のことばかり考えていても仕方がない、考えるべきは現在のことだ。

 バーサーカーは狂化でステータスが上昇する代わりに技術が消滅している。

 もし、狂化を解くことができれば大幅な戦力アップにつながるはずだ。

 

「いえ、生前ならともかく今の私では魔力が足りません。残念ながら……」

 

 そういえばリリィは俺の宝具という特殊な条件で現界している。そのために扱える魔力も使える魔術も限られているのだ。

 

「そうか……なら、俺が『破壊すべき全ての符』を投影してバーサーカーに刺すってのはどうかな?狂化っていうのは聖杯とサーヴァントとの一種の魔術契約だろ。効果があるかも」

 

 その提案にリリィは難しげな顔をする。

 

「確かに、刺せれば効果はあるかもしれませんね。刺すことができれば」

 

 その言葉で思い出す。

 バーサーカーの宝具『十二の試練』

 ランクA以下の攻撃を無効化する神として迎えられたヘラクレスが持つ奇跡。

 『破壊すべき全ての符』はランクCの宝具にして剣だ、刺さらなければその効果が発揮できない。

 

「『破壊すべき全ての符』は私の人生の具現化、裏切りの短剣です。だからきっとヘラクレスさんの狂気を解くというあの時の契約も果たすことができないのでしょうね」

 

 自嘲めいた笑いをリリィは浮かべる、俺はただ黙ってそんなリリィを見つめることしかできなかった。

 


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