Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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RE2月9日 夜 特訓、ランサー先生

 俺が2月13日にキャスターを助けるには、この時間の俺に元の世界と同じ出来事を経験させる必要がある。

 そして、そのためには一つのイベントをこなしておかなくてはならない。

 

 ランサーのことについてだ。

 

 奴は6騎すべてのサーヴァントと戦えと命令を受けていたらしい。実際に2月11日の朝の時点で他のサーヴァント全員と一度は交戦したと話していた。

 つまりアヴェンジャーのサーヴァントである俺とも戦かわなければならない。

 

 この時間のキャスターとセイバーは俺からマスター権を奪い、次の陣地を探したりと忙しいはずなので暴れることになっても気づかれる心配は無い。ランサーと話をつけるには絶好の機会だ。

 

 アインツベルン城下の森で魔力を発して奴がくるのを待つ。

 あまり警戒されても困るのでイリヤや遠坂たちは連いてきておらず俺とリリィだけだ。目的は戦闘だけでなくアンリマユや俺のことについても説明することだからだ。

 

「あーん、こりゃ一体どういうことだ?魔力を察知したから来てみれば……坊主は確かキャスターとセイバーのマスターだろう。そっちの嬢ちゃんは何者だ?」

 

 声のする方を見れば、いつの間にかランサーが立っていた。

 ギルガメッシュが来る可能性もあったので少し心配だったが期待通りに釣れたようだ。

 

 月明かりに照らされたその瞳が、警戒というよりも珍妙なものを見るかのようにこちらを覗いていた。朱色の槍も構えることなくダランと下げている。

 いきなり戦闘になるという事はなさそうだ。かつて心臓を穿たれた苦い記憶を抑えながらランサーにこれまでのことを説明する。

 

 

「はん、坊主も随分と因果な運命に巻き込まれちまったらしいな。キャスターを拾っちまったせいで聖杯戦争なんぞに巻き込まれて、俺に刺されてバーサーカーにふっ飛ばされて、石にされたと思ったら記憶を奪われて……今は時間跳躍してまでコソコソと動いている。俺が言うのも何だが相当に運がないな」

 

 説明を聞いたランサーが同情の目を向けてくる。

 確かに俺のステータス上の幸運はDだしな、運がないのかもしれない。

 だがキャスターと出会い聖杯戦争に参加することになったからこそセイバーやイリヤとも出会うことができたのだ。そのことについては不幸だとは思っていない。

 

「それで……あんたには矛盾が発生しないように2月11日の朝にこの時間の俺達と戦い、その時にアヴェンジャーである俺のことは黙っていてほしいんだ」

 

 その言葉にランサーが目を細める。

 

「それをして……俺に何か得があるのか?」

 

 それはそうだ、ランサーにとっては矛盾が発生してこの世界がパラレルワールドに分岐しようとも関係はない。むしろ自分が負ける運命を回避しようとするのが自然だろう。

 

「もし、もしアンタがこの条件を呑めないのなら……」

「呑めないのなら?」

「力づくで言う事を聞かせる」

 

 低い声で囁き、ポケットから服従のギアスロールをのぞかせる。

 

「へぇ……俺に一度串刺しにされている癖にそんな口が利けるとは……力ずくねぇ、できると思ってんのか?」

「できるできないじゃない、俺はキャスターを救う。そのためには何だってする、ただそれだけだ」

 

 そう断言する俺をランサーはジッと見つめていたが、目に好奇の光を灯らせると槍を構える。

 

「いいぜ……どちらにせよ各サーヴァントと1度は戦うという命令を聞かなきゃならねえし、ゴルゴーンとやらを倒すためには力がいるだろう。俺が稽古をつけてやるよ」

 

 稽古……か、キャスター、セイバー、アーチャーの特訓を受けてきたがサーヴァントというのはどいつもスパルタ方針らしい。

 

「リリィは下がっていてくれ、――――投影開始」

 

 不安げに後ずさるリリィを確認すれば、軽く息を吐き『干将莫邪』を投影する。

 その様子を見てランサーは奇妙な顔をするが無視して構える。

 

「その剣は……その魔術、と言うべきか……なるほどアーチャーの……マジで坊主は因果な運命を歩んでるらしいな。もっとも、今のお前には関係ないのか?キャスターに随分とお熱らしいし―――なぁっ」

 

 朱槍の穂先が俺めがけて伸びる。

 ランサーはなにか呟いているがそれを聞き取る余裕はない、体を鋼のごとく強化して受け止める。

 

「へぇ、なるほど肉体の強化で俺の槍を」

 

 感心したように頷きながらもランサーは追撃の槍を放つ。それを剣で受け、勢いのままに投げつける。

 ライダーとの戦いでアーチャーが見せた『鶴翼三連』を再現したのだが――

 

「……くだらねえなぁ」

 

 先ほどまでとは一転した冷たい声、投げつけた剣が叩き落される。

 

「投影魔術……確かに厄介な魔術だ、だが……弱点も分かりやすい」

 

 瞬間、目の前が白色に染まる。

 遅れて感じる炎の熱さ、ランサーがルーン魔術で炎を発したのだ。それほど大きなものでは無いが突然のことに思わず手が緩む。その隙をついて槍が干将莫邪を弾く。

 

「しまっ――くっ、投影開――」

「はっ、遅えんだよ」

 

 慌てて投影しようとするが間に合わない、ランサーの蹴りが腹にめり込む、体を強化してなお脳を震わすほどの衝撃。

 

「強化魔術はそこそこ使い慣れてるみたいだが……投影魔術は数日前に習った付け焼刃だろ?剣を投影するまで時間がかかりすぎだ。強化して誤魔化してるが中身のないハリボテだしよ。あるいは―――もっと実戦で投影を使用したりアーチャーとガチンコで戦っていたりすれば違ったのかもしれないが……」

 

 弱点を見抜かれている。

 俺が使用する投影魔術は時間がかかるのだ、アーチャーのように刹那での投影はかなわない、2秒はかかる。それは殺し合いの場では長すぎる時間だ。

 

「そらそら、投影できなきゃ強化することもできないぜ」

 

 嵐のような乱舞。

 なんとか投影したハリボテの剣が強化する間もなく砕かれる。

 ダメだ、完全に後手に回ってしまっている。

 

 くそ、もっとだ、もっともっと

より早く投影を、アーチャーのような刹那の再現を

より多く投影を、アーチャーのような無限の剣製を

 

「それが―――お前の戦い方なのか?」

 

 焦る俺に対してランサーは静かに語り掛ける。

 

「アルスターの戦士は自らの選んだ道を歩むことを誇りとする。その道こそが己の運命……そして強さだとな」

 

 ランサーの言葉が夜の森に響く。

 

「別にまねっこ戦法や投影魔術自体は否定してねえよ、その道も歩んでいけば究極の一へと繋がっているだろう、だが―――お前が選んだのはそうじゃねえだろう」

 

 俺の選んだ道……選んだ強さ。

 

「お前は――アーチャーじゃあないだろう」

 

 俺はアーチャーではない、当たり前の言葉だ。

 だが、なぜだか俺は世界がくらむほどの衝撃を受けていた。

 

 そうだ今の俺の投影魔術では時間がかかる、それは俺が投影魔術を主力として選択しなかったからだ。

 

 チラリと後ろを見る。

 俺とランサーの戦いを不安げに見つめるリリィの姿、その蒼い瞳を見つめる。

 

 海のような蒼い瞳はあの時と変わらない、かつて教会の前にて俺に強化魔術をかけたキャスターの瞳。

 思えばあの時から俺の歩む道が、目指すべき強さが決まった。

 

 そう、投影魔術に莫大な時間がかかるのが俺の選んだ弱さだというのなら、

 俺の選んだ強さとは―――

 

「――強化開始」

 

 肉体を強化する、血を鉄に、鉄を鋼に、鋼を剣に、より強くより硬く、その存在を昇華する。

 

「分かってるだろ、守ってるだけじゃ俺には勝てない」

 

 再びランサーの槍が振るわれる、熾烈な攻撃を強化した肉体で耐える。焦って投影したところで錬度が甘くてはすぐに砕かれる。

 頭の中で設計図を描き、魔力をためる、投影と同時に強化ができるように。

 

「投影開始――――基本骨子・強化開始」

 

 投影した『干将莫邪』を根本から造りかえる、なだらかな曲線を描いた剣は『挟み裂く』ための鋭利な切っ先と長い刀身を得る。

 名づけるなら『スーパー干将莫邪』……いや、それは流石にダサいな、『干将莫邪オーバーエッジ』とでも呼ぶべきか。

 

 アーチャーの強さが刹那の投影による無限の剣製ならば、俺の選んだ強さは強化魔術による究極の一撃だ。

 

 強化した肉体で相手の攻撃を耐え、投影した奇跡をより高位の奇跡に昇華する。

 一撃を、一瞬を無限へと引き延ばす。

 

 腕をクロスさせてバツを描くような斬撃。

 『干将莫邪・オーバーエッジ』の『挟み裂こう』と発生する磁力によってスピードに補正がかかる。

 

 ランサーの余裕ぶった笑みが僅かに歪む、剣の切っ先が奴の喉下へと迫り――

 

「分かった分かった、俺の負けだ。つーかここで決着をつけるわけにはいかないんだろ」

 

 ランサーの覇気の抜けた声で我に返る、しまった、熱くなりすぎた。

 目的はランサーに言う事を聞かせることだった。

 

「しかし……クッ……ハハハ、いや驚いたぜ。8日前にあったときは……いや、時間跳躍してるからもうちょっと経ってるのか。なににせよ前とはまるで別人だな」

 

 何がおかしいのか、傑作だというようにゲラゲラと笑う。

 

「安心しろよ、もともと世界を分岐させて俺が勝つ歴史に改ざんさせるなんて、空気読めない上に恰好悪いことをするつもりはねぇ。アルスターの騎士は死の予言を受けても己の道を突き進む、お望み通り2月11日の朝にセイバーたちと戦ってやるよ」

 

 そういってランサーが槍を掲げる。

 

 ランサー・クーフーリン。

 彼は生前も死を予言された戦いに勇敢に赴いたらしい、それは奴の英雄としての矜持なのだろう。

 

「ただ、元の歴史通り俺が負けるかは分からないぜ、やるからには勝つつもりで戦うからよ」

 

 真面目なトーンでランサーが話す、負けるために手を抜いてくれとも言えないし仕方がない。この時間の俺たちに頑張ってもらおう。

 

「いやー、それにしても。マジで前に会った時とは別人だな、漢らしくなったじゃねえか」

「シロウさま、お怪我はありませんか。後ろで見ていて心臓がしめつけられていると錯覚するほど心配いたしました。あっ、ですが強化魔術を駆使するシロウさまのお姿に胸が高鳴ったのは錯覚ではありませんよね」

「……それに比べて嬢ちゃんのほうは、随分とちんちくりんになったみたいだな」

 

 俺のもとに駆け寄ってきたリリィをランサーは興味深げに見つめる。

 確かにリリィはキャスターと比べて随分と幼い印象を受ける、それは身長などよりも振る舞いや性格的な問題なのだろう。

 

「ふーん、しかしこれが、あのキャスターに……ねぇ、エルフ耳とかに面影はあるが」

 

 そう言ってリリィの耳に触れようとする不躾なランサーの手を払う。

 

「リリィに気安く触るな」

 

 威圧すような俺の言葉、だがランサーはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ちなみに坊主はこの嬢ちゃんとあの大人姿のキャスター、どっちが好みなんだ?」

 

 ランサーが面倒な質問を振ってきた。

 

「別にどっちが好きとかはない、2人とも俺の大事な――」

 

 無難な答えを返そうとして言葉をつぐむ、ランサーの眼を見てしまったからだ。

 ニヤニヤと笑う口元とは裏腹にその目は笑っていなかった。

 

「人生は、運命なんてのは選択の連続だ。強さに関する選択の答えは出たようだが……守るべきものの選択も早めに出しておいた方が良いぜ」

 


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