この時間の俺たちはライダーを見つけるために使い魔を放つ準備をしているはずだ。
街に使い魔が放たれてしまえば動きづらくなる、その前にいくつかやっておかなければならないことがある。
「さて、ついたな」
アインツベルン城の大きな門をくぐる。目的はイリヤが聖杯戦争のために持ってきた魔術礼装の数々の回収だ。
「バーサーカーがいれば十分だと考えていたから、それほど強力な礼装はもってきていないけどね」
「ないよりはマシでしょう。私の道具作成スキルやシロウさまの強化魔術でパワーアップさせることもできますし」
そういって2人は積まれた魔術礼装の数々をあさりだした。あまり多くの魔術礼装をもって移動すれば他のサーヴァントに気づかれてしまうのである程度の数に絞らなくてはならない。
「これなんてどう?治癒のスキルがついてるし攻撃にも転用できるから……」
「いえ、それでは即時性が薄いです。ここは回避などに重点を置いて……」
魔術礼装と言ってもその種類は武器のようなものから、煌びやかな宝石、毛糸、何かの肝、羽に種と多種にわたる。だが俺は剣に関すること以外の魔術知識は疎い、二人が吟味するのを黙って待つ。
「……それにしても、この城は広いな」
前にもアインツベルン城には来たことがあるが改めてみるとかなりの広さだ。パッと見ただけでも数十個の部屋があるし、庭もかなりの規模だ掃除なんかもかなり大変だろう。
「ん―、私がドイツで住んでた時のお城はもっと広かったわよ」
俺のつぶやきを聞いたイリヤがサラリととんでも発言をする、この城よりも大きいというのか……アインツベルンは千年も続く魔術の名家だとは聞いていたが予想以上だったようだ。
「……イリヤは、寂しくなったり怖くなったりしたことは無いのか?そんな広い城に住んでいて」
「寂しくは……なかったかな?セラやリズがいたわけだし」
セラとリズというのはイリヤのメイドだ、今はいないがドイツにいた時はずっと一緒にいたらしい。
「でも……ベッドに一人で眠っているときにお母さまやキリツグのことを思い出すことはあったわね」
そう語るイリヤの声は僅かに震えていた、しまった、嫌なことを思い出せてしまったか。
切嗣たちはイリヤが小さい時にいなくなっている、それまでは子守唄を歌ってもらったり手を握ってもらって眠っていただろうに、ある日突然にそれがなくなったのだ。何も感じないわけがない。
変な事を聞いて悪かったと謝ろうとしたとき、イリヤはこちらを向いてニコリと笑った。
「けど、今は違うわ、傍にシロウがいてくれるもの」
その笑顔には寂しさや不安は欠片もなく、暖かな感情であふれていた。
「シロウの方こそ、夜中に怖くなったりしたことはないの?」
正直にいえば……ある、切嗣からもらった俺の家はこの城よりもずっと小さいけれど、それでも孤独を感じるには十分な広さだった、夜中に桜や藤ねえが帰ったあと夜の闇と静けさが痛いくらいに感じられた。
あの家は一人で住むにはあまりに大きすぎた。
「ふーん、そうよね、シロウだって家族を小さい時に無くしてるんだもんね……ごめんなさい私がシロウの傍にずっといられればいいのに……」
イリヤが悲し気に目を伏せる。
そうだ、イリヤはこの戦争で誰が勝者になろうとも最後はその聖杯としての役割を果たし、人としての生涯を閉じる。
俺はまた『家族』を失うのだ。
「ずっとずっと一緒にいられれば良いのにね」
イリヤが祈るように天を見つめる。
家族を失い、一人で過ごすというのはツライ。だが必ず誰もがいつかは経験することだ。
キャスターやセイバーだって家族を失い、悲しんだだろう。特にキャスターは自らの手で弟を殺めてしまったのだ。
夜、一人きりで過ごす、がらんとした家の静けさを思い返す。
そうだな、ずっと一緒にいられればいいのにな。
イリヤだけじゃないキャスターやセイバー、桜や藤ねえなんかとも。ずっとずっと。
一人では広すぎる俺の家でみんなと一緒に暮らす、そんな『奇跡』が叶えば良いのにな。