「ハァアアアアアア」
剣が打ち合わされるたびに火花が飛び散り、鋭い金属音が鳴り響く。
アーチャーと実戦式の特訓。
肉体を鋼のように強化しながら奴の剣を捌き、頭の中に設計図を描き、投影したその存在を昇華する。
だが、強化したはずのそれはアーチャーの剣にあっさりと打ち砕かれ、ジワジワと追い詰められていく。
「そら、どうした。剣がもろくなっているぞ」
俺のハリボテの投影では奴の投影には適わない、そのまま真正面から打ち合えば俺の剣は打ち砕かれてしまう。そのためにわざわざ強化魔術によって存在の位階を上げるという手段を取っているのだ。
しかし、この方法ではやはり時間がかかる。投影に2秒はかかる。これではどうしても後手に回ることになる。しかも途中に攻撃されたりして集中力が乱されれば失敗のリスクも高まる、戦場においては致命的なスキだ。
「……ここまでだな。投影の錬度も落ちてきている。これ以上はやっても無意味だ」
「ハァハァ、ま、待て……まだ俺は戦える」
「これが戦場なら既に十回は死んでいるぞ。お前の選んだ強さを今一度見つめなおすのだな」
そういってアーチャーが部屋を去る、俺はその背中を睨みながらも疲労から膝をつく。
俺の選んだ強さ……か、キャスターから教わった強化魔術を鍛えてきたがそれだけでは足りないのか?
いや、俺の使い方が悪いだけだ。ただ攻撃に使うだけが強化魔術の真価ではない、強化魔術には、まだ可能性があるはずだ。
「シロウさま、ご無事ですか?」
隅で俺たちの戦いをハラハラとした顔で見つめていたリリィが駆け寄ってきた。
「あぁ、シロウさま手から血が!」
血相を変えてリリィが叫ぶ、見れば指から僅かに血が流れていた。アーチャーは剣を寸止めして戦っていたので俺がどこかで擦ってしまったのだろう。
「大丈夫だよ、これぐらい舐めとけば治るから」
傷を見て慌てるリリィになだめるように語る。リリィはしばらくじっと俺の指を見つめていたが、急に顔を近づけると――
「んっ―――ちゅ、へろっ」
そのサクランボのように赤い舌で俺の指をなめとった。
「なっななな、何してるんだ」
湿り気を含んだ柔らかな感覚に驚いて思わず飛びのいてしまう。舐めれば治ると言ったがホントに舐めてくるとは……
「違いましたか?申し訳ありません、治癒魔術が使えれば良かったのですが……」
「別に謝らなくても……ん?リリィは治癒魔術を使えないのか?」
リリィは現在サーヴァント以下の使い魔として顕現している。
そのために保有できる魔力に限界があり戦闘に使えるほどの大規模な魔術は行使できないと聞いた。
それでもこれぐらいのかすり傷は治療できそうなものだが。
「魔力の問題ではありません。私の……魔女メディアとしての存在の問題なのです。魔女の存在意義は他者を貶めることだけ、傀儡を繕い呪いを操ることができても誰かを救うことだけはできないのです。私にできるのは裏切り破壊することだけですから」
そう寂しげに語るリリィ、自嘲するようなその響きに思わず声を荒げて反論する。
「そんなことない、リリィは……メディアは誰かを貶める魔女なんかじゃない。俺に強化魔術をかけてくれた時の温かさを忘れちゃいない。あれは俺のことを想った魔術だった」
確かにメディアは悪行を犯した、弟を民を国を捨てたのは紛れもない事実だ。
だが、だからといって彼女の存在が悪という訳ではない。本当に全てを裏切って繋がりを破壊したというなら国に還りたいという願いなど持たない、俺やセイバーに強化魔術を掛けることだってできないはずだ。
それは彼女が他人を思いやる心があったからこそのはずだ。
「ありがとうございます、シロウさま。ですが今の私がシロウさまのお力になれていないというのは事実ですし……」
「いや、それだってリリィの勘違いだ。リリィの存在に俺がどれだけ助けられたか分かってない」
ションボリと語るリリィの言葉を否定する。
この時間軸に俺が一人きりで放り出されてどれだけ心細かったか、そしてリリィが召喚された時にどれだけ心強かったか。
それからも彼女は俺が特訓している間ずっとそばにいてくれた。行き詰まりそうになったら励ましてくれて傷つけば自分のことのように心配してくれる。
「俺はリリィがいてくれるだけで救われた、君が裏切りの魔女なんかじゃない。それだけは断言できる」
イリヤと仲良しそうに話をしたりパンケーキを食べるリリィの笑顔を思い出す。
神々によって運命を捻じ曲げられてしまったが彼女は本来、人の幸せを願う純真な少女だったはずだ。