「何か甘いものでも食べたいな」
今の俺はサーヴァントなので食料の摂取は必要ないはずなのだが、日ごろの習慣だろうか?夜通し投影魔術の特訓をして疲れ切っていた俺の体は糖分を求めていた。
「冷蔵庫に入ってるものなら好きに食べて良いわよ」
家主である遠坂から許可をもらい、冷蔵庫の中を探る。
「うわっ、こりゃひどいな」
冷蔵庫の中は食料がギュウギュウに押し込まれていた。見れば大特価のシールがついたものばかり、安売りの時に大量に買って食べきれずに余らしているのか。
「これなんて賞味期限が切れかけだし……あぁ、押し込んでいるせいで底のものが潰れてるじゃないか」
整理しながらも食えそうなものを探す。
「パンケーキの素か、これでも作るか」
そういえばキャスターにパンケーキを作ってあげた時もあったな。リリィに振る舞ってあげたら喜ぶかもしれない。ついでにパンケーキだけでは味気ないので付け合わせを探す。
「あとは……おっ、これなんて良いな」
ブルーベリーがあった。いつ購入したモノか分からないのが不安だが炒めてジャムにでもすれば平気だろう。
台所で鍋やフライパンを準備しているとイリヤとリリィが寄ってきた。2人は割と仲が良く、いつもガールズトークに花を咲かせている。
少女同士(厳密な意味では2人とも18歳以上だが)馬が合うのかもしれない。
「なになに、何を作ってるの?」
「シロウさま、料理なんて雑事は私が行いますよ。特訓で疲れているのですからシロウさまは休んでいてください」
イリヤは興味に目を光らせ、リリィは俺のことを労わる言葉をかけてくれる。
「ありがとうリリィ、でも俺は料理を作るのも好きだし心配してくれなくていいよ。それよりパンケーキを作るから2人とも手伝ってくれないか?」
俺は1人で黙々と料理を作るのも好きだが、皆でワイワイと作るのも好きだ。
人によって料理の仕方は違っていて見ているだけでも面白い。
「わーい、パンケーキなんて美味しそう。それで何をすればいいの」
イリヤも乗り気なようだ。俺と何か家族っぽいことができるというのが嬉しいのかもしれない。
「えーと、まずはこのボウルで卵と小麦粉を――」
「シロウさま、そんな面倒くさいことをする必要はありませんよ」
手順を説明しようとする言葉をリリィが遮る。そういえばリリィは料理ができるのだろうか?手先は器用だし下手ではないだろうが……、そう思い眺めているとリリィは材料に対して指を振る。
「えいっ☆」
瞬きほどの間に、手つかずだった材料たちがパンケーキに変わっていた。
ホカホカと美味そうな湯気を上げている。
「どうですか、シロウさま?」
「これは……魔術を使ったのか?」
確かにできたパンケーキはしっとりとしていて美味しそうだが……
「もう、3人で料理を作ろうとしてるのに一瞬で作っちゃたら意味ないでしょ。過程を楽しまなきゃ!」
「あぁ、そういう趣向でしたか。申し訳ありませんイリヤさん。それではこのパンケーキはもう一度材料に分解を――」
「いやっ、そこまでしなくていいよ。まだブルーベリージャムを作るから、それを3人で作ろう」
そんな再分解された材料でパンケーキを作るのは何となく不安だ。
それにしても、リリィは意外に天然なところがあるな。イアソンに騙され外の世界を知ることでキャスターのような素直になれないような性格が形成されたのかもしれない。
「鍋に水と砂糖とブルーベリーを入れて……これでしばらくかき混ぜるんだ」
「はいはーい、私がやりたーい」
イリヤとリリィは身長が足りないので台を用意して料理させる。
「シロウさま、私は何をすればよいでしょうか」
「そうだな、灰汁が出てくると思うからそれを取り除いてくれ」
「はい!」
そうやってしばらくは2人で作っていたのだが5分ほどたってイリヤが声を上げる。
「かき混ぜるの結構疲れるわ。リリィ、交代しましょう」
今度はリリィが鍋をかき回す。
既に水は煮立ってきておりグルグルとかき回すたびにドロドロとブルーベリーは潰れていく。
鍋の中で透明な水が青く染まっていく様子を眺めながら俺は一つの逸話を思い出していた。
『魔女の大鍋』
それは魔女メディアの逸話の一つにして、聖杯伝説の原型ともいわれる物語だ。
メディアの夫であるイアソンの計によってペリアス王を失脚させるために講じた作戦。
まずメディアは老いた羊を切り刻み鍋に放り込む。鍋の中身は青く光り、羊を元の姿に戻す。そうしてメディアはペリアス王の娘たちに告げた。
「私のこの魔法であなたたちの父上を若返らせてあげましょう」
その囁きを聞いた娘たちは嬉々としてペリエス王を八つ裂きにし、青く光る大鍋の中に放り込む。
しかし、どれだけかき混ぜても王は若返るどころか息を吹き返すこともなく、王は死に娘達は親殺しの罪を背負わされる。
『魔女の大鍋』はそんな話だ。
この時、メディアは何を考えていたのだろうか?
単に王を殺すために魔術を使わなかったのか、そもそも死者蘇生の魔術なんて使うことはできず羊を生き返らせたのは何かのトリックだったのかもしれない。あるいは本当に若返らそうとしていたが何らかの原因で失敗したのかもしれない。
真相を知るには目の前にいるリリィに聞くしかないが、そこまでする必要もないだろう。きっとリリィにとっては苦い記憶だろうから。
「シロウさま、こんなものでよろしいでしょうか?」
リリィの声で我に返る、鍋を見ればいい具合にジャムが煮立っていた。ブルーベリーの独特な香りがあたりに広がっている。
「いい感じだな、さっそく食べよう」
◇
「んー、美味しいわね」
イリヤが口いっぱいにパンケーキを頬張って叫ぶ。
「はい、魔術を使わない料理というのも中々に興味深いものですね」
リリィは細かく切ってジャムを絡めながら上品に食べている。料理の醍醐味というのは一生懸命作ったモノを食べておいしいと言ってもらうことだ。この喜びは魔術で一瞬で作ってしまえば味わえないだろう。
「イリヤさんは料理がお上手なのですね」
「エへへ、そうでしょ」
「……実は、作りたいお菓子があってご教授いただきたいのですが」
イリヤとリリィが女の子らしいキャピキャピとした話をする。
そんな微笑ましい2人を見つめて、しばしの休息を楽しんだのであった。