「強化魔術は昨日の特訓で一応の形になったからな。今夜は投影魔術を習得してもらう」
昨日に引き続きアーチャーから指導を受ける。しかし今日の内容は強化魔術の特訓ではなく投影魔術の習得らしい。
「存在の昇華による強化で飛躍的な威力の向上が見込めるとはいえ、その辺の剣を強化したところでゴルゴーンは倒せまい。そこで投影魔術によって強化した宝具を使用する」
「宝具の投影……そんなことが可能なのか?」
「あぁ、そもそも強化、投影、変化と別々の呼び方をしているがこれは一般的な魔術師が行った分類だ。衛宮士郎の場合、『剣』という一点が絡んでいれば根本的な原理は同じ。すでに限定的とはいえ体をセイバーの剣に変化させるという域にまで至っている、宝具の投影もすぐにできるようになるだろう」
俺の投影や強化魔術は普通の魔術師のやり方とは大きく異なるらしい。
キャスターは『固有結界』がどうとか言っていたが、意識しすぎるとよくないと言って詳しくは教えてくれなかった。
「投影するには見本がなくてはできないだろう、すでに用意はしてある」
そういってアーチャーが指し示したのは剣、剣、剣、床一面に敷き詰められた形も色もバラバラな数百本の剣だった、それもその一つ一つが宝具。
ギルガメッシュのように無数の宝具を持つサーヴァントがいることは知っていたが、アーチャーもその類なのか。
かの英雄王のように世界全てを治めたという感じはしないが、アーチャーの正体は一体何者なのだろうか。
「今夜は、ここにある全ての宝具の創造理念を基本骨子を構成材質を製作技術を憑依経験を蓄積年月を余すことなく読み取って完璧に再現して見せろ」
創造理念 (何の意図で)
基本骨子 (何を目指し)
構成材質 (何を使い)
製作技術 (何を磨き)
成長経験 (何を思い)
蓄積年月(何を重ねたか)
それを追想し、あらゆる工程を凌駕することで幻想を結び剣とする。
アーチャーの真名は気になるが今考えるべきは目の前にある剣の事だけだ。
◇
「順調にシロウさまは強くなっているようですね」
シロウさまはすでに剣を前にして自分の世界に入り込んでいるようです。
邪魔をしないように小声でアーチャーさまに語りかけます。
「あぁ、今日の夜に宝具の投影を、明日に宝具の強化をマスターさせ、その後は実戦経験を積ませるつもりでいる。このペースならゴルゴーンに勝てる可能性も十分にあるだろう」
シロウさまは本来ならありえないようなハイスピードで強くなっています、強化を駆使した瞬間火力ならサーヴァントを倒せるほどに。
「きっと教え方が良いのでしょうね。人によって詳細が異なる固有結界という特異な能力。しかしアーチャーさまはシロウさまの固有結界の全てを知り尽くしているわけですから」
私はシロウさまとアーチャーさまが同一人物だと気づいています。きっと彼は別の時空で英雄となった衛宮士郎なのでしょう。
ただし、それがシロウさまの目指した『正義の味方』なのかまでは分かりませんが。
「……やはり、私の正体に気づいていたか」
「はい、こんな特異な魔術を使える人間はそういませんから」
アーチャーさまは僅かに肩をすくめます。その仕草はどこかシロウさまにそっくりで少しだけ笑ってしまいました。
シロウさまが一日で存在昇華の魔術や投影魔術をマスターできているのは彼のおかげでしょう。なにせ、どうすれば良いのかを全て知っているわけですから。
私や他の人物が教えてはこうはいかなかったでしょう。
「確かに私と奴は同一人物だ。だが起源が同じでも歩んだ歴史が違えば固有結界は異なる形で発露する。私にできるのは入り口に導くことだけだ。それに……魔術の教え方が良いというなら私ではなく君の方だ、私の時は魔術回路を開くだけでも一苦労だったからな」
シロウさまの力になれないと落ち込んでいる私に慰めるような言葉をかけてくれます。
私……正確にはキャスターの私はシロウさまの魔術回路を開きましたが、シロウさまが独力でやろうとすれば拒否反応による後遺症が出ていたことでしょう。
そしてアーチャーさまが魔術回路を開くときに苦労したということは彼の歩んだ歴史では私はそばにいなかったのかもしれません。
「アーチャーさまの知っている『私』は……どんな存在だったのですか?」
「……『俺』がかつてマスターとして参加した聖杯戦争で君は、町中の人々から魔力を吸い上げていたよ。吸い取った人間を殺しまではしなかったがその凶行が他の陣営に警戒されてね、結局『俺』とセイバーで君を倒した」
なるほど、アーチャーさまと初めて出会ったときに異様に警戒されていたのはそれが原因ですか。
しかし、『私』が人を襲っていたというのは意外です。裏切りの魔女と呼ばれるのを嫌い、そういう行為はしないようにしているはずですが。
「『君』は……ある男に恋をしていてね。その男を勝たせるため、そして守るためにそのような凶行に走ったのさ」
恋……ですか。
話の流れから推測するに相手はシロウ様ではなく、私の知らない誰かなのでしょう。
その誰かと出会って、恋をして、燃えるような感情に従って『魔女』となって聖杯を求めたのでしょう。
「とはいえ、今の君には関係のないことだろう。君は衛宮士郎と出会うことで私の知っている歴史とは別の運命を歩んでいるようだ。もっとも……それが良いことか悪いことかは分からないがね」
キャスターの私はシロウ様と出会ったとき、彼を利用してやろうと考えていました、しかしシロウさまの愚直なまでの誠実さに惹かれ彼を信頼することにしたのです。
けれども、それは恋や愛といった感情ではないのでしょう、少なくとも今の私はシロウさまのために一般人を襲おうなどとは考えていません。
信頼から共に戦うことと、魔女となるほどの燃えるような恋を知ること、どちらの運命が幸せなのかは今の私には分かりません。
「……シロウさまも、あなたのような運命は辿りませんよ。私と出会うことでシロウさまの歩む道筋は変わっているはずですから」
自惚れるわけではありませんが『私』という存在がシロウさまに与えた影響は中々に大きいと思います。
私と出会いイリヤさんとも和解した今のシロウさまはアーチャーさまのような『英雄』になることはないのでしょう。
もっとも……『正義の味方』を目指す彼にとってそれが良いことなのか悪いことなのかは私には分からないことですけれど。