「シロウ、今日はリリィとデートに行きなさい」
朝になるとイリヤがそう告げてきた。
昨日はリリィがイリヤと出かけろといってきたが今日はイリヤにリリィと出かけろと言われている。
「あのね、シロウはまだリリィとちゃんとお話ししてないでしょ。彼女は英霊メディアの分霊ではあるけどシロウと元の時間を過ごしたキャスターではないのよ」
「えっ、でもリリィは元の時間で俺と過ごした時のことをを知っていたぞ」
「それは記録であって記憶じゃないわ、英霊が召喚される際には「英霊の座」と言う場所から呼び出される。ただし、それは本体とは無関係な分霊なの。サーヴァントとして呼び出されたキャスターと金羊の皮で呼び出されたリリィは大元が同じだけの別存在なのよ」
そもそも、本来は召喚を跨いでは記録すらも引き継ぐことはないのだという。
キャスターが小聖杯を使い、自分の記憶を情報としてリリィに託したのだ。
「じゃあリリィは、俺とキャスターの過ごした16日間を本のような客観的な形で読んだメディアということになるのか」
「えぇ、バグで子供の姿と性格で召喚されているようだけどね」
そうだったのか……今の俺もサーヴァントとして英霊の座を通ってきたらしいが、キャスターと過ごした16日間は主体的な記録として覚えている。
一度死んで正規の英霊となったメディアと小聖杯の力で生きたまま無理矢理召喚された俺とでは勝手が違うのかもしれない。
キャスターなら何も言わずとも俺と共に戦ってくれると思っていたが、リリィが客観的な情報しか持っておらず、しかも幼少時の性格で召喚されているのであれば俺に対しての考え方も違うかもしれない。
リリィとは一度ちゃんと話をしておいたほうが良いだろう。
◇
「リリィはどこか行きたいところとかあるか?」
急に俺のことをどう思っているのかとは聞きづらい、どこかに連れ出してから話をすることにした。
「うーん、特にはありませんねぇ。シロウさまが私のことを考えてくださるというだけで満足ですから」
そう言ってリリィはニコニコと笑うがそれでは俺が困る。
昨日イリヤと行った服屋やレストランにでも行くか……
「あっ……そうだ、あそこに行けばいいのか」
一つリリィと行くべき場所に心当たりがあった。
俺としてもあそこにキャスターと行くのは心残りだったし、リリィの反応を見ればキャスターとリリィでどのぐらい乖離性があるのかが分かるかもしれない。
◇
「ここは……」
その光景を見てリリィが目を輝かせる、目の前にはたくさんの人形。
今、俺たちがいるのは商店街にあるヌイグルミ屋だ。
以前にキャスターと来た時は羊のヌイグルミを恋しそうに見ており、また来ようと話をしていたのだがソレが果たされることは無かった。
「おっ……よしよし、まだあるな」
俺のいた世界では羊のヌイグルミは売り切れてしまっていたが、この時間ではまだ売られていた。あるいは俺がこのタイミングで買ったから売り切れてしまっていたのかしれない。
「わっ……結構、大きいんですね。モフモフしていてとっても可愛いです。ありがとうございますシロウさま」
買った人形をリリィに渡す(金は遠坂から借りた)。
小柄なリリィは人形を両手で抱えると、それに顔をうずめて全身で喜びを表現する。
「あぁ、気に入ってもらえて良かったよ」
……やはり、リリィとキャスターでは性格が大きく異なるようだ。これがキャスターだったら顔を赤くしてそっぽ向きつつ、呟くようにありがとうと言うだろう。
「それでリリィ、ちょっと真面目な話があるんだが……」
良い雰囲気になったので、リリィに現在の状況と俺に対してどう思っているのかを聞こうとするが、口にする前にリリィは察したようにフッとした笑みを浮かべる。
「ここでは人通りもありますからね、もっと人の少ない場所に移動しましょう」
◇
冬木大橋
この時間帯は車はよく通るが歩行者は少ない、聖杯戦争絡みの話をしても誰かに聞かれることは無いだろう。
「それで、お話というのは何でしょうか?」
「あぁ、単刀直入に聞くがリリィは今の状況をどう考えているんだ?」
リリィはキャスターとは別存在だ。俺と16日の時を過ごし聖杯戦争が終わるまでずっと一緒にいると約束した本人ではない。俺に協力する義理はないはずだ。
「もし俺と共にいるという約束が、その事実がリリィを縛りつけてしまっているなら遠慮なく言ってほしい。ゴルゴーンとの戦いはきっと危険なものになる。無理をして俺についてくる必要はない」
そう告げるとリリィは傷ついたような表情を浮かべつつも強い口調ではっきりと宣言する。
「最初に言いましたが私はシロウさまに杖を捧げ、マスターとして認めています」
召喚された時リリィは『私はコルキスの王女にして、女神ヘカテーの弟子、そして今はあなたの使い魔です』と誇らしげに語っていた。
あの口上は形式的なものというわけでもないのか。
「記録としてであってもシロウさまが『魔女メディア』を信用して戦ってくれたというのは事実です。その恩を返すためにも私はシロウさまに全てを捧げたいのです」
恩のために全てを捧げるときたか、小さいころのキャスターは随分と情熱的だったらしい。
「恩なんて感じる必要はないよ、俺はリリィに対して何かをしたわけじゃない」
「いえ、そんなことはありませんよ。今、羊のヌイグルミを買ってもらったばかりじゃありませんか」
リリィがその白い指で愛おしげにヌイグルミの頭を撫でる。
「このヌイグルミは私の宝物です。英霊の座まで持ち帰ることはできませんがそれでも、この思い出があるだけで私は幸せです」
分霊たるサーヴァントや使い魔がどんな体験をしても本体にとっては本を読んでいる程度の感覚しかない。
だが全く影響が無いわけでもないらしい。
人の出会いに意味はある、強烈な出会いはそれだけで存在を変えることになるのだろう。
「私は……キャスターは、シロウと出会って救われました。だから今度は私がシロウさまの力になりたいのです」
リリィがその蒼い瞳で静かに俺を見つめてくる。
「……分かった。そういうことならリリィ、ゴルゴーンを倒しキャスターたちを救うまで俺に力を貸してほしい」
「はい、お任せ下さいマスター」
そうニッコリと笑顔を浮かばせるリリィの顔は、花のように可憐であった。